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第五百二十九話【中核】


 フリードを助ける。そのために、勇者と合流する。さらにそのために、こちらの存在と、そしてフリードの危機を報せる方法が必要になる。

 街を流れ回って、ほかに何も許されないまま考え続けて、そして俺はひとつの答えを出した。


 魔術痕だ。魔術師である勇者を誘導するには、魔術の痕跡を――この世界にはあり得ないものを見つけさせるしかない。

 それが、俺にも行使出来るかもしれない、数少ない手段だった。


 無論、それがほぼ不可能に近いものだってのも理解している。

 俺は魔術師じゃないし、たとえ魔術を使えたとしても、肉体すらも持ち合わせていないんだ。出来ると考えるほうがおかしいだろう。


 身体がないゆえに、何にも干渉出来ない……のも、さすがにわきまえてるつもり。

 フリードが目の前で倒れてても、それが機械人形に運ばれていくのが見えても、何も出来なかったんだから。


 それでも、俺がここに呼ばれている以上、何かを成し遂げる必要がある……と、そういう事情は必ず存在するハズだ。


 誰の意志で、どんな目的があるのかは知らないけど、その意図と俺の目的とを近づけられれば、フリードを助けるチャンスは必ず巡ってくる。

 直接手を出すことが出来なかったとしても、何かに干渉する……干渉させようとして来る瞬間はきっとある。


 今はそう信じて、やれること……は、ほとんどないけど、どうにかしてそれを増やす方法を考えるんだ。


「……止まった。ここは……ここも、機械人形の倉庫か。さすがに多いな。もしかして、普通の人間よりも数が多い……なんてこと、あり得るのか……?」


 さて。そうと腹をくくったものの、しかしまだこの世界の意図は俺を解放してくれない。

 人間の住居を見せたあとには、機械人形の安置場所をいくつも巡らされて……これでもう八件目だ。

 厳密には、人用のアパートが五件。そして、機械人形の倉庫だけでもう八件。かれこれ十三箇所も回らされてしまった。


「その割には、そこにいる人が何やってるのか、機械人形がどうなってるのかは教えてくれないんだよな。なんなんですかな、このいけず」


 ぷんぷん。と、ボケたくなるくらい進捗がない。なんにも得られない時間ばっかりだ。


 でも、こうまで繰り返している以上は、これ自体にも何かの目的はあるんだろう。

 可能性としては、俺にこの街を覚えさせようとしているか、見えないカメラとして監視させているか、はたまた……


「……っと、今度は早かったな。もしかして、文句はちゃんと届いてる……? 言えばちゃんと聞いて貰える感じか? もしかして、愚痴り得?」


 そんな馬鹿な。と、簡単には一蹴出来ない。だって、それを否定する材料はないんだから。肯定する材料もないけど。


 ただ、滞在時間が短くなった……というわずかなものでも、変化があったことには違いない。

 じゃあ、このあとの行動にも……案内されるルートにも変化がある可能性は高いだろう。


「気合い入れとかないとな。ちょっとした見落としひとつで全部台無しになるような役割を担わされてる可能性だって否定出来ないんだ」


 ぎゅっと拳を握っ……握ったつもりになって、深呼吸ひとつ挟んだ気分で目を凝らす……凝らしたと言えるくらい視界に集中する。

 あれだな……本当に、身体の一部分さえ存在しないせいで、とんでもなく……出鼻をくじかれてる感じがする……っ。


 ただ、疲れないという点ではありがたいか。かれこれもう丸一日以上こうしている気がするけど、それでも眠たさすら感じない。

 うん……ありがたい……と、そう思っておこう。気も狂えない状態で二十四時間同じ光景を見せられている……のだとしても、それを気遣いということに……


 さ、ボケる時間はこれで終わり。ここからは本当に集中しなくちゃ。

 たとえ変化がなかったとしても、また同じような時間で移動させられるのか、もっと早まるのか、気にしてなくちゃいけない要素は増えたんだから。


 そしてまた、俺の意識は建物の前で停止する。

 ここも……機械人形の倉庫だろうか。見た目はそう変わらない、窓のない建物……だけど……


「……ちょっと……いや、結構。大きい……のは、どういう意味があるんだろ」


 ここの倉庫は、さっきまでに見せられた八件よりも明確に大きい。それだけ大きな倉庫……多くの機械人形を格納しているってこと……だろうけど。

 それが意味するものをちゃんと考えないと、重要な手がかりを見落としかねない。だってこれも、些細ながらもれっきとした変化なんだから。


「ここが街の中心部に近いから、より多くの人手が必要になる……とか。警備を固めるためか、単に労働力としてか。ふむ……」


 これが本当に機械人形の倉庫なら、この近くに重要な建物がある……と、そう考えるべきだろうか。

 あるいは、単にここが一番新しいから、需要を鑑みて、これまでよりも大きく作っただけ……なんて可能性もある。

 もっと単純な理屈で、ここの土地が余っていたから、どうせなら……と、大きく作った、とか。

 はたまた、ここは風水的に縁起がいいから……とか、そんなオカルトな理由があったりする……のかな?


「……それとも、そもそもこれは、今までに見たものとは用途が違う……とか」


 今までのは倉庫。でも、ここはそれより大きい……のなら、それ以上の広さを求める用途に用いられる建物だ……とも考えるべきか。

 たとえば……演習場。月影の騎士団の施設で最も広かったのは、訓練で動き回るための演習場だった。

 それと同じように、機械人形を試験作動させるための場所だとするなら、ここがほかより広いことにも納得がいくだろう。


 ただ……なんにしても、この場所からでは想像することしか出来ない。

 どんな現実を見せつけられても動揺せず、かつ慎重な観察を続けられるようにと、起こり得ることは全部予想しておくつもりだ。

 けど、ひとつとして答えが明かされないんじゃ、もどかしくって仕方がない。余計に集中出来なくなりそうだよ。


「……おーい。もし聞こえてるんでしたら、ちょっとくらいネタバラシプリーズ。これじゃあおちおち昼寝も出来ませんぞー」


 寝れないんだけどね、寝たくても。寝たくもならないし。ああもう、なんて理不尽。

 しかしながら当然、返事なんてありはしない。そもそも、俺は声を出していないのだから。出したつもりだし、出したいけど、出せないんだ。身体がないから。


 けど……俺の頼みが届いたか否かは定かでないままに、意識はゆっくりと移動をはじめ、本当にゆっくりと、目の前の大きな建物へと近づいていく。

 もしかして……入らせてくれるんだろうか? え、もしかして本当に愚痴が聞こえてる感じ……?


「……声? 誰かの話し声……いや、でも……」


 建物へと近づけば、さすがに緊張もする。だって、やっと中を見せて貰えるかもしれないんだから。

 しかし、それよりも前に気を持って行かれたのは、建物の近くを通った人の……普通の人間の話し声だった。


 そりゃあ、それすらも久しいものだったんだから、当然のように気にはなる。

 でもそれ以上に、気にしなくちゃいけない内容……だったような気がしたから。


 例の。運び。ドロイド。ポスト。トライス。これが、ギリギリ聞き取れた単語……あるいは、単語の一部。

 これだけじゃ何もわからない……のはそうだけど、しかしながら、例の……という単語から、直近で話題になったものについて話し合っていることは推測出来た。


「……運び……込まれている。この建物に。としたら……予定されていた例の新型が運び込まれた……とか、そういう流れか。でも……」


 あるいは……と、思い浮かべるのは、話題に挙げられて然るべき異常事態。異世界から現れた、黄金の髪の偉丈夫。

 今の通行人がフリードについて話題に挙げていたんだとしたら……それは吉報か、それとも凶報か。


 なんにしても、この建物をしっかり調べさせて欲しい。間違いなく、ここには俺に必要な手がかりが存在するんだから。


「……おっ。なんだ、やっぱり言えば通じるんじゃないか。そうそう、そのまま……」


 え? 本当に愚痴が行動を左右してる? と、疑ってしまいそうなくらいあっさりと、視界は建物全体から、その入口へと焦点を移した。

 このまま中へ入ってくれれば、まず、この建物がどんなものなのか……用途がなんであるかから確かめられる。

 どうか、気が変わらないうちにささっと……


「……っ。ここ……なんだ、これ……」


 願いが通じたか否かは不明だけど、都合のいいことに、俺の意識は丁寧に入り口からその建物へと入っていった。

 けど……そうしてようやく確認出来た建物の内側は……


「真っ暗で何も見えない……のは、外も暗いから……? 機械人形に明かりは必要ない……んだとしたら……」


 窓もなければ玄関扉を開けもしなかったせいで、せっかく入った建物の中は、真っ暗闇の空間でしかなかった。

 ちょ、ちょっとー、そうじゃないんですがー? 中の様子がわからないんじゃ、入った意味も……


「――ああ、なんと哀しいことだろう。まさか、ついに現れた客人が、このような結末を迎えてしまうとは」


 声が聞こえた。けど……それは、人の……人間の、声帯から発せられる音……では、ないように思えた。

 発音に違和感はなかった。発言にも不自然さはなかった。けれど、その音の根っこに、息づかいを感じなかった……と、あとからはそう説明することも出来るだろうか。


 けれど、俺がそれに違和感を覚えた最初の理由は……


「な――んだ、ここ――っ。なんなんだよ、ここは……っ!」


 ここは、特別な機械人形が集まる場所。それを知ったのは、真っ暗闇の中をうっすらと照らす光が――機械人形から発せられるわずかな光が見えたから。

 そして……その光に照らされた空間内部に、街で見たよりもずっと人に近い形の人形が――人間であると誤認しかねないような存在が立っていたからだった。


 ここは……この施設は、まさか――


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