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第五百二十七話【肉と鉄】


 フリードを助ける。これこそ、俺に与えられた使命だ。

 勝手な思い込みかもしれないけど、それが今の俺のモチベーションだった。


 まったく知らない世界へと意識だけで来させられて、何をすることも許されないまま、ただゆっくりと街の中を連れ回される。

 それでも、あいつを助けられるなら……って。


 そうして気分が高まった状態で、俺はひたすらに似たような場所を……人々が暮らす寮のようなものを、そこから住民が出て行く様を、何度も見せられた。

 何度も何度も……都合五回も、これといった変化もないままに見せつけられたんだ。


「……この街のルーティンを知れ……ってことか? なんのために? たとえば……街の人に見つからずに何かを成し遂げるため……とか?」


 それでも、気持ちは切れなかった。


 十六年だ。十六年以上、ずっとずっと心に引っかかっていたものを取り除ける機会がやって来た。

 今の俺は、どんな苦行も乗り越えられる。たとえあのゴーレムが相手として立ちはだかったとしても、絶対に乗り越えるまで諦めないでいられる自信がある。


 ある……が、しかしながら、それとこの状況をどうにか出来るかは別の話。

 やる気は満ちてるし、なんとかしてやろうという気概もあるけど……


「ダメだ……さっぱり意図が読めない。もしかして、俺がここにいる意味はないのか……? 本当に、ただ偶然……勇者の力に引き寄せられただけ……なのか……?」


 知識も経験も、たくさん積み上げたつもりだったけど。それでも、こんな状況への対処、理解に必要なものなんて持ってない。

 そもそもの話、異世界を渡航するなんてのは、フィクションの中にしかないんだ。

 それの知識なんて言われても……そんなの、与太話みたいな思考実験か、あるいは流行りのアニメくらいでしか得られない。


 それに、何かしらの意図があって俺が呼ばれている……って前提でものごとを考えてるけど、根本的にはそれさえ怪しい。

 だって、俺を呼べるとしたらドロシーか勇者しかいないんだ。

 そのふたりからの接触がない以上、ふたりが意図しない形で……偶発的に呼んでしまった、事故の可能性のほうが高いだろう。


 モチベが高いのにもかかわらず、そういうネガティブな考えが浮かんでしまうくらい、本当の本当になんの手がかりも得られない。

 フリードを助けるためならなんでもやるけど……でも、俺はいったい何をすればあいつを助けられるんだ……


「……また移動か。もうずいぶん経ったし、みんな出ただろ。まだ残ってるのか……?」


 そりゃあ出勤時間なんて会社によるし、今から家出る人もいるだろうけどさ。

 しかし、これまでの様子を見るに、本当の本当になんの変化も見られないんだ。

 建物から十何人の男が出て来て、談笑しながら揃ってどこかへ行く。視界が限られているせいで、得られる情報はたったそれだけしか……


「もしかして、答えが出るまで繰り返す……なんて話じゃないだろうな。今まで見せられたものの中に、ちゃんと答えが隠されていた……とか」


 だとすると……結構絶望的なクイズなんだけど。

 まあ、もし本当にそうだとしたらまだマシ……か。だって、クイズですらないただの手違いだって可能性も否定出来ないんだから。


 そしてまた、俺は街の中をゆっくりと漂い始める。

 汚くて暗い道を、歩くこともなくゆっくりゆっくりと流れて……


「……? あれ? そういえば……みんな、どこ行ったんだ?」


 ふと、今になって当たり前の違和感に気がついた。

 あんなに大勢が出勤していったのに、その姿を……歩いている姿を、ここまでで一度も目にしていない。

 建物から出たところまでしかわかってなくて、そのあとのことはこれまでのどのタイミングでも見てないんだ。


「もしかしてこれか? 街の人がどこへ行ったのか、それがわかれば先に進める……とか」


 いや、その進んだ先を見せて欲しいって話なんだけどな、どちらかと言えば。

 それとも……その先を見せることが出来ないから、今はまだこれを繰り返してる……ってことか?

 みんなが無事に会社に着いたら、それからゆっくりと街の中を案内して貰える……みたいな……


 もしそうなったら、そんなことが起こったら、俺がここにいるのは、この世界の何かの意図によるもの……ってことになるだろう。

 少なくとも、ドロシーやフリードがそこまで把握してるわけもないし、偶発的にこうなってしまっただけって線も消えるハズだ。


「よし、それじゃあ……そうなったと仮定して、そのときに俺は何をするべきか……だな。フリードを助けるには、やっぱり勇者との合流は必須で……」


 まだそうと決まったわけじゃないけど、ほかに考えることもない。

 妄想を軸に予定を立てるなんて、これっぽっちも合理的じゃないけど……この際、贅沢は言ってられないだろう。


「街の人の行動は見せない、けど何かはして欲しい。ただプライバシーに配慮してるだけ……だったら、そもそも寮から出入りするところも見せない。とすると……」


 フリードを助ける。そのために勇者と合流する。それじゃあ、ステップと呼ぶにはあまりに大雑把過ぎる。

 これらを目標として明確にするには、やっぱり今の状況をきちんと推測しなくちゃならない。


 俺にして欲しいことがある。でも、それはあの場所でフリードを助けることじゃなかった。

 それを念頭において、かつ、その目的と、俺が勇者と力を合わせられる状況を引き合わせるには……


「……? あれ? なんか……ここは雰囲気が違うな。もしかして……今までの考えごと、全部意味なかった感じか……?」


 悩みながら街を流れて、そしてしばらくのこと。俺はまた、大きな建物の前で停止した。

 けど……そこにあるのは、人が暮らすためのアパート……って感じではなくて……


「……柵があって、門があって、厳重に鍵もかけられて……いるんだろうな。でも……中の建物は、どこからどう見ても……」


 窓はない。ほかの建物にあった、小さな枠取りが存在しない。つまり、換気や光の取り込みが必要とされない建物……ってことだ。

 そうなると、さすがに人は暮らしてないんだろう。牢屋でももうちょっとマシなつくりをしてるハズだから。


 となると……じゃあ……


「……っ! 何か来る……? あれは……」


 がちゃん、がちゃん。と、少しゆっくりな――人が歩くよりはせわしなく、しかし急いでいるとは言い難いテンポで、金属性の足音が聞こえてきた。

 もしかして……ここは、あの機械人形の……家? いや、えーと……管理用の倉庫……みたいなもの、なんだろうか?


 だとすると……だとしたら……だったら、えっと……


「なんで今になって変わったんだ……? ついさっきまで、人が暮らしてる場所を見せるだけだったのに」


 これにはどんな意味が……意図があるんだろうか。それを考えると……困ったことに、まったくと言っていいほどそれらしい回答が浮かばなかった。

 わざわざ変えたからには、変わるきっかけがあったハズ。単にもうみんな出勤したからこれ以上は見ることもない……なんて、そんな馬鹿な話があるか。


 なんだ、そんなきっかけなんて本当にあったか? だって、さっきまで本当に何ひとつ変化がなくて……


「……変わってない……のか? この街では……この世界では、あの機械人形も……」


 まさか……同じものとして、延長線上にあるものとして、この場所を見せられている……のか?

 としたら……この街では、機械人形も人として扱われて……いや。あれが、人間として存在している可能性まで考えられる……なんて……


「もしそうだとしたら……じゃあ、あのときフリードを運んでたやつらは……」


 街を掃除するロボット……なんてものじゃなくて、命令に従って、あるいは自らの意思で、遺体を片づけた人間……ってこと、なのか……?

 じゃあ……じゃあそんなの、フリードがあんな目に遭った理由も……っ。


 まだ、状況証拠と呼べるものすら揃っていない。

 けれどこの街は、この世界は、俺が思っている以上に人間みに溢れた、汚らしい場所なのかもしれない。


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