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第五百二十六話【手も足も出ない】


 建物の近くに流れ着いたものの、しかしその中へと入ってくれることはなくて。

 俺の意思とは無関係に漂うだけの視界は、それからずっと……日が暮れて、また朝が来るまで、ずっとその建物の前にあった。


「……眠たくならないのは助かるけど、逆にキツイでござる……」


 その長い長いひと晩のあいだ、俺は眠ることも暇つぶしをすることも許されず、ただじっと同じ景色を眺め続けて……眺め続けさせられていた。

 なんだこの拷問。俺がいったい何をしたんだ。あれか? フリードを助けられなかったから、詰みセーブ状態に陥ってしまったのか?


「……合理的に解釈するなら、やっぱりここでやるべきことがある……それも、ずっと見張ってないと見落としかねないような問題がある……んだよな」


 どこに理があるのかという話は別として、これに意味があると仮定するなら、俺はここを見張ってなくちゃならなかった……んだろう。

 あるいは、俺の認識、認知については無関係に、俺の意識がここに存在する必要があった……とか。

 いわゆる、観測者が必要だった……みたいな。この世界に干渉出来ない、そして干渉されない俺が、観測者と呼べるものかは定かじゃないけど。


「なんにしても、せめて話し相手くらいは準備して欲しいもんだよなぁ。それが無理でも、何か時間を潰せるもの……」


 現代の嗜好品に溢れた生活に慣れ過ぎて、完全なる虚無の時間を過ごす方法がわからない。

 いや、そんなのどんな時代に生きててもわからないだろうけど。


 話し相手……が難しいなら、せめて手足があってくれればな。

 誰からも認識して貰えなくて、こっちからも触れなくていいから。せめて、自分の足で立って歩き回るくらいの自由はくれてもいいのに。


 そんな愚痴をこぼして……実際には声も出ていないけど、不満を抱きながらじっと待っていると……やっと、景色に変化が現れた。

 朝日が昇った……とかじゃなくて。建物のドアが開いたんだ。


「……誰が出てくるんだ……? フリードか、それとも勇者か。あるいは……」


 俺をここへ呼んだ張本人か。誰が出てきても驚く自信があるし、驚いたとて何も出来ない実感もある。


 しかしながら、身構えた甲斐もなく、現れたのはまったく知らない人……人達、だった。

 ただこの建物の住民が、時間になったから出勤し始めたんだろう。


 ふと、いまさらながらに思い返す。そう言えば、昨日は真っ暗になるよりも前にはここにいたのに、出入りする人の姿を見なかったな、と。

 結構大きな違和感にもかかわらず、いまさらになってから思い出したのは……ボケっとしてたから、じゃなくて。


「やっぱりここ、集合住宅だったんだ。となると……あの人達のあとを追えば、この街の仕事を観察出来るかもしれない」


 そもそもここが住居である確信がなかったから。あるいは、やたらと立派な物置だって可能性さえ考えたくらい、あまりにも静かだったから。


 けど、こうして人がぞろぞろと出てきたのを見るに、やっぱりここは社員寮みたいなもので間違いないだろう。

 じゃあ、この人達について知ることが出来れば、この世界をもう少し理解出来る……んだけど。


「……おーい。おーい、動かないんでござるかー? 変化あったんですが。人がいっぱい出てきたんですがー? ちょっとー、もしもしー?」


 困ったことに、俺の視界はそこから動こうとしない。人が歩いて行く先を追いかける気配がない。

 うーん、困った。何が困ったかと言うと、これ以上この場所だけ見てると……もう……気が滅入る……


「なんという人間監視カメラ状態……いや、そんなの聞いたことがありませんな。自宅警備員でももうちょっと動きますが……」


 しかし、こうして視界が変わらないこともまたひとつの変化、学びだ。


 この結果から推察されるに、俺がこの場所にいる目的は、この世界の人を見張る……延いては、この世界そのものを理解することではない。

 つまり、俺がこの世界に呼ばれたのは、やっぱりフリードや勇者に関係する何かを……見届けるのか、阻止するのか、観測するため……なんだろう。


「でも、その割にはフリードの窮地をなんてこともなく見送らされた……のは、なんでだ? フリードが何かのきっかけになるわけじゃない……とか?」


 あるいは、あの段階のフリードではない……とか。

 勇者の肉体と俺の意識がある以上、間違いなくあいつを助けるターンは訪れる。これは前提として考えておこう。

 としたうえで……じゃあ、治癒で復活したあとのあいつが、何かしでかす……のだとしたら……


「……それでも、あんな状態のあいつを無視していい理由にはならないよな。少なくとも、大ごとを起こす力があることは間違いないわけだし」


 俺が知る限り、あいつ以上のカリスマは王様くらいしか思い当たらない。そのくらいの影響力を持つ男だ。

 そんなあいつだからこそ、異世界であるここでも何かを成し遂げる……と、そう考えたら、やっぱりあの状態でも無視は出来ない。


 じゃあ、フリードではないという確信があるんだろうか。俺をここへ呼んだ何かには。

 でも、その割には勇者やアギト氏がいる場所にも移動しないし……


「……っ。まだ、誰か出てくるのか……?」


 うーん。うーん。と、うなることも出来ずに考え込んでいれば、もう全員出て行ったかな……? と、人の出入りがおさまったあとに、また人影が建物から現れた。

 それは……やっぱり、フリードでも、あの世界の匂いを感じる誰かでもない、この世界の……


「……人間……だよな? えっと……」


 人……だと、思うんだけど。どうしたことか、俺にはそれが……まるで、人ではないように思えて……


「――っ! ちょっ……ま、待てっ! 今から何か変わるのに、なんだってこのタイミングで……」


 あれはいったいなんだ。と、じっと目を凝らして……凝らそうとしても、焦点の位置さえずらせなくて。

 視界の一部にぼんやりと捉えたまま、輪郭を頼りにそれがなんであるかを推測していると……俺の意識は、またしてもこの街を漂い始めてしまった。


「……あいつじゃないのか……? あいつはまったく関係なくて……? いや、そんなわけない。だって……」


 あれは本当に人間なのか。そんな疑問が強く胸の奥に突き刺されば、とてもじゃないけど無視していられなかった。

 なのに、世界は、俺を呼んだ何かの意志は、お前が見るべきものはそれではないと言わんばかりに俺を引きずり回す。


「……見せたくない……のか? 不都合があるから隠してるのか。それとも……」


 まだ見せるべきではない……見せるものの順序が決まっている……と、そういうことなのか?

 もしそうなら、あのときフリードのそばを離れさせられたことにも合点は行く。行くが……


 そうまでして見せたものが、あの大きな建物が宿泊施設であるという証明だけ。

 そして、その宿泊施設から出てきた人のような何かを見ることよりも、また更に優先されることがある……なんて。

 そんなの、いくらなんでも話が合わなさ過ぎる。いったいどんな都合で振り回されているんだ。


 しかし、文句を言う相手も、それを口にする能力もない俺は、黙って街を引き回された。

 そうしてしばらく漂って……また、似たような場所に……


「……今度はなんだよ……っ。答えに繋がりそうなものをちらっとだけ見せて、もう一回同じこと……なんて話だったら……」


 もうマジで許さない。なんだその嫌がらせは。

 あ、いや……本当に嫌がらせの可能性もあるのか。俺が何かの権限を持ってて、その裁定を狂わせるために……みたいな理由で。


 けど、今度はすぐに変化が……この場所へ来させられた理由が判明した。

 ここもどうやら人が住むための施設みたいで、そして……また、大勢がぞろぞろと出て来て……


「……え? い、今の話……お、おい。ちょっと! もっと近く……もっと、ちゃんと聞こえる場所まで……っ!」


 数人の話し声――近くを通った男ふたり組であろう声が聞こえて、その会話の断片を聞き取った。

 その内容は……


「……人が……瀕死の人が運ばれてきた……って……っ。やっぱり……やっぱり俺は、あいつのところへ……」


 黄金の髪の男が、危篤状態で運び込まれた。そんな話題だけを聞き取った時点で、俺の身体はまた別の場所へと移動し始める。


 やっぱり……やっぱり、俺はあいつを助けなくちゃいけないんだ。だとしたら……じゃあ、俺はそれを、一度失敗して……?


「――っ! あのとき……あのときも、助けなくちゃいけなかった……ってことか。でも、それに失敗したから……」


 二度目のチャンスが与えられた……のか。それとも……


 事情はあいかわらず何もわからない。でも……やっぱり俺は、あいつを助けるためにこの世界へ呼ばれたと見て間違いない。

 それだけでもわかれば、モチベーションはいくらでも保てる。たとえ、一日中同じ景色の前で考えごとだけしてろと言われても平気なくらい。


「今度は助けるからな、フリード。今度こそ……」


 今度……の機会には、果たして勇者は現れるのか。そして……もしもいないのなら、そのとき俺には、いったい何が出来るのか。

 待っていてもしょうがない。どうせほかに何も出来ないんだ。なら、そのときに出来るかもしれないことをちょっとでも想定しておこう。


 手も使えない。声も届かない。治癒能力も発揮出来ない今の俺が、瀕死のフリードを救う方法。

 それをいくつも考えては否定し、のんびりと移り変わる景色をじっと観察し続ける。これが、俺に出来る唯一のことだった。


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