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第五百二十一話【夢の終わるとき】


 夢を見た。あの世界に行って、もう一度ふたりと……マーリンと、フリードと一緒に戦う夢を。

 もっとも、そのときの俺に身体はなかったし、剣を握って一緒に魔獣を倒したわけでもない。

 でも……もう一度だけ、隣にいてあげられた。じゃあ、これ以上を望むのは贅沢過ぎるよな。


 あれは夢じゃなかった。そう思いたいんじゃなくて、これは確信だ。

 あのとき俺は、肉体とは無関係に、あの世界に呼び出された……いや。こっちから乗り込んだんだろう。

 なんの因果によってそれが成立したのかはわからないけど。


 でも、それは問題じゃない。大切なのは、俺がまたあの場所に行って、マーリンを助けてあげられたってこと。

 ずっとずっと助けられていた治癒の力が……最期の瞬間に未来を託した絆が、瀕死の彼女を救う手立てになってくれた。

 それだけがわかっていれば、あんな最期でも報われたと思えるから。


 どうやらあの力は、あの世界の魔術師に受け継がれたらしい。あるいは、あんな力があったからこそ、魔術師になったのかな?

 どんな因果かはわからないけど、でも……おかげでマーリンを助けられた。今の勇者には、どれだけ感謝してもしきれないや。


「……それにしても……うーん。奇妙……と言うか、都合が良過ぎるような……」


 さて。目が覚めて、夢が夢じゃなかったことをハッキリと認識して、それでも現実へと意識が戻ってきた……辺りで、変な考えごとを始めてみる。

 意味はないけど、気になっちゃうからね。じゃあ、自分の中で答えを出しておくべきだ。


 まず、なんで俺がもう一度あの世界に行けたのか……から、もうわからない。

 手段って意味でも、要求って意味でも、俺があの世界に行くことはもうあり得ない……と、思ってたからさ。


 初めて会ったとき、ドロシーは言っていた。誰でもいいから、友達になってくれる人に来て欲しかったって。

 それはつまり、俺を選んだわけじゃない――友達になってくれそうな人を選べたわけじゃないってこと。

 だから、もう一度誰かが召喚されたとしても、それが俺である可能性は限りなく低いんじゃないかな、って。そう思ってた。


 そして、俺を呼ぼうと思う理由がないだろうとも考えていた。

 マーリンやフリードがどうしてもまた俺に会いたいって思ってくれたら……いいや。そうだとしても、きっとその発想には至らない。


 そもそもフリードは、俺が異世界から召喚されたなんて知らないんだから。召喚のしの字も浮かばないハズ。

 そしてマーリンも、死んでしまった人間を呼び出すことは出来ない……と、さすがにそれくらいは理解してるだろう。出会ったころの彼女ならわからないけど。


 総じて、偶然にもまた別の誰かに呼ばれる可能性は絶無で、ふたりがまた俺を呼んでくれる選択肢も存在しなかったわけだ。

 だからこそ、俺はもう一度を諦めたんだし。いや……未練がましく縋ってはいたけど。


 それがどうして、もう一度あの場所に呼ばれたのか。ここに、奇妙さと言うか、作為みたいなものを感じざるを得ない。


 俺としては、念願叶って、ふたりの助けになれた。マーリンを救うことが出来たんだ。じゃあ、なんの文句もありはしないだろう。

 そしてそれは、自身の命を繋いだマーリンとしても、フリードとしても、新しい勇者としても、同じことだろう。


 そうだ。この一件は、あまりにも都合のいいほうに進み過ぎている。あまりにもきれいに、全員の願望が叶うように出来過ぎているんだ。


 別に、それで問題が起こるわけじゃない。こちらに都合よく話が進んでいるんだから、むしろ喜ぶべきことだ。

 でも……こうして部外者になってしまった今だからこそ、その事実が気持ち悪い。


 もしも、マーリンとフリードを勝たせようとしている何かがあの世界にいるのだとしたら。

 あるいは、マーリンとフリードと、そして新たな勇者を、もっと危険な地帯へと招き入れようとする何かがあるのだとしたら。

 無意味な思考だとはわかっていても、奇妙さを前には悩むことをやめられない。


「……考えても無駄なんだけど、どうにも……性分だな、こればっかりは」


 うん。まったくもって意味のない悩み、思考なんだけどさ。

 だって、それで何かとてつもなく大きな問題に直面したとして。でも俺には、それを対処する方法はおろか、関わる権利すら与えられていないんだ。


 だから、悩んだら悩んだだけ損をするんだけど……悲しいかな、十六年前のあのとき、ドロシーと出会って以来、ずっとそうやって暮らしてきたからね。

 問題は排除する。そうしないと一緒にいられない。と、半分強迫観念みたいな理由で、どうしても考えてしまうわけだ。


「そうだ。アギト氏に会えば何かわかるかも。結局、アギト氏があの場にいたのかどうかはわからなかったけど……でも、いないならあんな空気を感じないよな」


 もしかして、治癒を受け継いだ魔術師はアギト氏なんだろうか? とは、一瞬たりとも思わなかった。

 なんとなくだけど、そうじゃない気がする。根拠はないんだけど、本能的にそう思うんだ。


 もしもアギト氏が治癒能力を受け継いでいたら、こっちの世界で会った時点でわかった気がする。完全に無根拠な自信でしかないけど。


 それと……まあ、うん。信頼……ってやつですな。その……悪い意味で。

 悪い意味で……アギト氏では、あの世界で魔術師になるのは……無理だろうなぁ……と。うん……そんなに賢いほうじゃないので……どう見ても……


 となると、王様と一緒に戦っていた戦士の中に紛れていたんだろうか。もしそうだとしたら……とんでもない出世をしたものだ。

 俺達はフリードが連れて来たって前提ありきであの立場を手に入れてるから、それを抜きにあんな部隊に抜擢されたんだとしたら……


「……あ、いや。マーリンに見込まれた……って線なら、条件は俺と同じなのか」


 いや、むしろもっと条件は緩くなってる可能性がある……? マーリンもフリードも、あのころよりずっと王宮内での発言力が高くなってるだろうから……


 いや。いやいや。アギト氏もきっと頑張った。あのころの俺と変わらないか、同じくらい頑張ってるハズだ。

 あの場所にいれば……の話だけど……いやいやいや。あの場所にいなくても、頑張ってるに決まってる。

 アギト氏はどんな世界でも同じだけ頑張るだろうから。だから……効率悪く、ただがむしゃらに頑張ってそうですなぁ……


 なんにしても、ひとまずは遊ぶ約束でも取りつけるかな。

 向こうの様子を探りたいのも本音として、あれだけ緊張した様子を見せていたんだから、ちょっとは労ってあげないと。


 もちろん、俺があの世界にいたこと、アギト氏からそれを感じ取っていることなんて向こうは知らないわけだから。

 あくまでも、ただ一緒に遊ぶだけ……あるいは、店についての悩みから一時的に解放される会って名目になるんだけど。


「さてさて、そうと決まれば先にメッセージだけ入れておくか。営業時間中はお互い忙しい身だし、疲れてから連絡すると寝落ちしかねないし」


 まあ、寝落ちして翌日に話が進むんでも困らないけど。でも、こちらとしては一刻も早く結末を知りたいんですな。

 そんなわけで、今度また遊びに行こう……と、アギト氏にメッセージを送って、すぐに開店作業に取り掛かった。


 そして、その日の閉店間際。やっと開いたスマホには、残念ながら返信はなかった。

 それどころか、一日が終わるまで……終わって翌日になっても、さらに次の日になっても、返事はなかった。


 それから三日。ようやく返信があって、その週末にお店へと遊びに来たアギト氏からは、あの世界の匂いは失われてしまっていた。

 それで……俺は、すべてを悟った。あの戦いの結末はわからないけど、少なくとも彼は、俺と同じ結末を辿ってしまったんだな……と。


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