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第五百十九話【戦いの予感】


 アギト氏とリアルで知り合って、おおよそ三ヶ月が経った。

 そのころになると、あの頼りなくて情けなくて、いかにも怠け者って感じの風体は……残ってるけど、でも、ちゃんと頑張ってるのが伝わる表情にはなった。


 あの、いえ……悪意があるとか、嫌いとか、そういう話ではなくてですな。

 友人として、かつ、意志を託した後輩勇者として見ると……やっぱり、もっとしっかりして欲しいもんだと、老婆心ながらそう思ってしまうわけですぞ。


 初めて会ったときに比べたら、ずっとずっとマシになった。それも間違いない。

 けど、まだまだ足りないなあ……とは、どうしても思ってしまう。


 たとえば、彼が働くパン屋さんについて。

 経営はかなりギリギリな状態にありそうだけど、しかし、店長さんはかなりの切れ者と見た。

 アギト氏はそれをどのくらい理解しているのかな……と、そんなふうに考えてしまう。


 別に、ただのアルバイトだから、そこまで重たく受け止めなくちゃいけない……なんて考えてはないけど。

 でも、身近な人のすごさ、頼もしさを、どの程度まで正確に把握出来ているのかな、って。


 彼はどうも、卑屈と言うか、自分を下げてしまう言動や思考が多いから。

 自己肯定感が低いものは、今からはなかなか簡単にはよくならない。それはわかってるし、だからこそ文句もない。

 ただ……自分を下げるから、低い位置に見積もるから、そのせいで周りの人が本当はどのくらい凄いのかって、ちゃんとわかってなさそうな節が……ね。


 たとえば、アギト氏は美菜ちゃんをとんでもなく買っている……けど、それはどうかな? と、疑ったこともないんだろう。

 たしかに賢い子だけど、まだ幼くて、大人から期待を乗せられ過ぎれば潰れてしまうような脆さも併せ持っている。

 アギト氏はまだ、他人を正確に推し量れない……上にも下にも見積もり過ぎないってことが出来ないんだ。


 まあ、この歳になって生まれて初めてのアルバイトってことだから、そうそう簡単なことじゃないのもわかってるけどね。


 でも……あの世界に呼ばれているのなら、あんまり子供扱いもしていられない。そもそも子供じゃないし。

 少なくとも、十六歳の俺じゃ何も出来なかった。俺が、ドロシーとフリードの力を借りても突破出来なかった問題が残ってるハズなんだ。

 じゃあせめて、ふたりと出会ったそのときに、ガッカリされないような振る舞いくらいはして貰わないとね。


 とまあ、偉そうなことを考えてはいるけど、実際のところ、アギト氏の成長は目覚ましいものがある。

 年齢に対して適正か否かという話を無視すれば、ずいぶんと立派になったと言えるだろう。


 店長さんや美菜ちゃん、それ以外にもかかわっているであろう大勢への認識の甘さは拭えないけど、本人の能力はもう立派な大人のものだ。

 お店のことで悩んでいる姿を見て、そのときにこぼす言葉を聞いて、ほうほうと感心してしまうくらいには。


 これはたぶん……いや、絶対に。あっちの世界での生活も強く作用しているんだろう。


 どうやら彼は、俺のときとは違って、どっちの世界でも並行して生活を送っているみたいだ。

 そう聞かされたわけじゃないけど、ひと晩のあいだに何年も向こうで暮らしていたなら、成長曲線はもっと急なものになっただろうから。

 そうとまではならず、しかし普通よりも伸びが早いところを見るに、通常の倍の時間を体験していると思うべきだ。


 しかし……もしもそれが俺の妄想でないのなら、アギト氏はとんでもない精神力の持ち主……ということにもなるんだよな。

 だって、むこうとこっちとじゃ生活レベルが根本的なところから違うんだ。それで頭がおかしくならないのは、よっぽど適応能力が高くないと無理だろう。


 あるいは……そういうのに悩まないくらい考えてないだけ……だったりとかも、あり得るんですかな……?


 って……そういうのを考えながらの三ヶ月……だった、わけだけど。

 どうやら俺の心配なんかは関係なしに、彼には大きな試練が迫っているようだ。


 そう思ったきっかけは……特にない。強いて言うなら、直感だろう。

 なんとなく、ゲームやSNSの浮上率が低い……気がした。そんなハッキリとわかるほど普段から追ってないから、本当にそういう気がしただけ。

 あるいは、お店のことで悩んでいる姿が、別の悩みから逃げているように思えた。もちろんこれも、そりゃあプライベートの悩みがないわけもなくて。


 だから、本当の本当になんとなく、直感だけでそう思ったんだ。

 たぶんアギト氏は、あの場所に辿り着いた……あるいは、辿り着こうとしているんだろう、と。


 そんなふうに思ってしまったからには、先輩として、そして……友人として。出来る限りの力で支えてあげようと思った。

 と、いうわけで……


「うう……はあ……おええ……」


「アギト氏……」


 おっさんふたり、電車に揺られて、猫カフェを目当てに街を目指していた。


 いえ、ふざけてなどいませんな。真剣に、本気で、アギト氏を心配しての行動なんですぞ。

 決して! 前に遊びに行ったとき、猫ちゃんに全然構って貰えなかったんだよなあ……なんて、悔しさからのリベンジではないんですな!


 で……アギト氏がなんか吐きそうな顔してるのは、ただの乗り物酔いらしい。

 もしかして、向こうの世界での緊張をこっちにも持ち込んで……なんてのは、さすがに心配し過ぎなのかな。


 でも、それがまったくないとも思えない。事実、美菜ちゃんからもちょくちょくタレコミがありましたからな。

 最近はまた何かに悩んでそうだ……と。


「しかしなんでまた猫カフェに……前回割と悲惨な目に……」


「それでも最後には構って頂けましたからな。でゅふふw」


 そんなわけで、こうして気の置けないオタク友達として、ちょっとでも心休まる時間を提供しよう……と、そのための猫カフェなんだよね。

 もちろん、ただ一緒に遊びたかったってのもありますけどな。なにせ、気の置けないオタク友達なのは本当なので。


 しかしまあ……なんと言うか。かつての拙者がそう言われていたように、この男も考えが透けて見え過ぎますなぁ。

 ちょっと何気ない会話をするだけで、今にも吐きそうなのが伝わってきますぞ。

 いえ、緊張ではなく乗り物酔いで。まだ気持ち悪いんですかな……


「アギト氏、アギト氏。前回のあの子を探すでござる、拙者に拝謁を許可してくださったあの子を探すでござるよ」


「拝謁…………そんな単語、猫カフェで使わないと思うんだけどな……」


 む? もしや、ここ最近で拝謁って単語と近くなりましたかな? なんか、言葉への反応が不自然でしたぞ?

 なんて、さすがにそのレベルまでは透けない。透けるわけない。それがわかったらもうエスパーですな。


 しかし……今の小ボケが的中していた場合……ふむ。

 王子であり黄金騎士でもあるフリードか、それともドロシーか。あるいは……王様にまで辿り着いてたりするんですかな?

 だとすると……本当に、本当の本当に、もうあの場所まですぐ……なんですな。


「……アギト氏。今日お誘いしたのはほかでもありませぬ。アギト氏の様子がおかしかったのが気にかかったゆえ」


「……? 僕の……ああ、もしかして花渕さんから……」


 そうだけど、そうだって答えるとそこで納得されそうだからちゃんと釘指しておこう。

 美菜ちゃんに余計な心配ばっかりかけるんじゃありませんぞ。あの子、自分のことでもいっぱいいっぱいなんですからな。

 おっさんの予後とか、そんないらんことで悩みを増やすんじゃありません。


「……いやはや難しいですな、説明が。本当に……本当に理由なんてないんですな。ただ……」


 似た境遇を一度味わった者として、放ってはおけなかったのですぞ。

 そんな言葉をうっかり口にしてから、すぐに自分の愚かさに思考が及んだ。


 似た境遇……なわけないだろうに。

 アギト氏は俺よりももっと大変な境遇で、俺のころよりもずっと大きくなった問題と向き合ってるハズだ。


 それを、まるで訳知ったような顔で……はあ。

 本人の知らないところで先輩風吹かせてたら、なんとも嫌なやつになってしまった気分……


「……お店のこと、乗れる相談には全部乗りますぞ。水臭いでござるよ、アギト氏。身近に似た業種の先輩がいるのですから」


 で、まあ……そんなのを見透かせるアギト氏ではないと知っているので。大雑把に誤魔化して、とりあえずそれらしく体裁だけ整えてみる。

 アギト氏はそれで本当に騙せてしまうから……ううむ。なんか……まだ王都にいれば、だけど。バケットさんとは出会わないほうが身のためですぞ。


 それからまたしばらく猫カフェで遊んで、街をぶらついて、おっさんふたりの休日は終わった。

 これでちょっとでも肩の荷が下りたら……とは、さすがに恩着せがましいかな。

 でも、本気の本気で心配はしてるんだ。なんたって、遺したものが遺したものだからさ。


 朝よりはいくらか元気になったアギト氏と別れて、俺も店へ……家へと帰る。

 願わくば、今晩眠ったあとに、またドロシーのもとへと……ドロシーとフリードと、そして……アギト氏のもとへと駆けつけられたら……


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