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第五百十六話【オンライン】


 ケーキ屋を初めて三年。お店は……すっかり地元に定着し、人気のパティスリーとなっていた。

 個人のお客さんだけでなく、企業や団体からも注文が入るようになったのは、店が、そして俺自身が、この街に受け入れて貰えた証拠でもあるだろう。


 もちろん、それにあぐらをかいていたらすぐに人気はなくなってしまうだろう。

 だから、毎日毎日試行錯誤の繰り返し。気になった食材……とくに果物については、自分の足で買いに行って、片っ端から試したりしてる。


 三年。三年で、完全に軌道に乗った。この店はもう、不況や流行り廃りでどうにかなる地点に立ってない。

 それを乗り越える自信があることと同時に、そうなっても平気なくらいの貯えが出来たから。


 うん……そう。三年だ。もう、三年が経った。


「……早いもんですなぁ」


 あの夢の日々から、十六年が経った。あのときから歳がちょうど倍になるだけの長い時間を、俺はこの世界だけで過ごしたんだ。


 まだあの世界に戻りたいとは考えてない。あれは美しい記憶で、かつ、今の俺を形作る、とても大切な経験だった……なんて、そんなふうには思えない。

 まだ、あの世界に未練はあるし、だからこそ、それを糧にして、この世界で成功するんだ……なんて、無理に張り切ってる自覚もある。


 ドロシー。俺は……俺は、やっぱりもう一度君に会いたい。君に会って、謝って、それから……また、いっぱいお話しをしたい。


 友達と呼んでくれるかはわからない。もう、それを信じてあげられないくらい記憶がおぼろになってしまった。

 それでも……また、君と世界を旅してみたい。


 もう三十路になったのに、俺の心はかつての夢に捕らわれたまま。

 いや……それを克服したと、大切な思い出として向き合ったからこそ、やっぱりもう一度……と、そう考えてしまうようになっていた。


「……はあ。まあ……うん。自覚はあるんですぞ。自覚……どころの騒ぎじゃないと言いますかな。我ながら……きっしょいことやってますなぁ……」


 さて。そんなナイーブな考えごとをしてしまう理由は、何も将来への悩みが原因ではない。

 こんな気持ちにさせるのは……今、目の前でくるくる動いているゲームのキャラクター。

 銀色の髪で、魔女みたいな恰好をして、頭の上にどろしぃと名前が浮いている、あからさまに彼女に寄せた姿こそが原因だ。


 ボーリングストーリー。という名の、いわゆるMMORPG。目の前で動いているのは、そういう類のゲーム。

 別に、このゲームそのものが問題というわけではない。と言うか、このゲームに限った話ではないんですな。


 あれからもう十六年。十六年もあったら……そりゃあ、ゲームの進化はとんでもないことになるってものでして。

 昔は、主人公の見た目は同じで、名前を変えられるかどうかすらもゲーム次第だったんですがな。

 今のゲームは、自分の見た目をかなり自由に決められるものも多いんですぞ。


 そんなわけで……そういうゲームのほとんどにおいて、拙者は……どこからどう見てもドロシーにしか見えない見た目のキャラばっかり作ってるんですなぁ……

 これ自体は普通のことではあるんですが……実在の、本当に好きだった娘を投影してるとなると……途端に危険で気持ち悪いやつになるんですなぁ……っ。


 そうだ。俺は結局、あの世界の思い出に捕らわれたままなんだ。

 だから、女の子のキャラクターの髪は銀色にするし、名前はどろしぃにする。男は選ばない。野郎の尻を見ても面白くないので。


 そうやって、楽しいゲームの時間を、あの世界の思い出を投影する場所……にしちゃってる事実が、もう……とんでもなく……キツイ自覚が出始めて、本当に……っ。


 しかしながら、そんな自覚はとっくにあったわけで。それだけなら今更どうにかなったりはしない。

 じゃあ、なんでどうにかなってるのかと問われれば……その夢の投影場所が、これからなくなってしまうから……なんだよな。


「えーと……実は今度、ギルメン同窓会……つまり、当時いたギルメンで集まってオフ会を……」


 ゲームはとんでもない発展を見せた。それと同時に、数も莫大なものになった。

 それは当然、消えてなくなってしまうゲームも多くなっている……という意味でもある。


 そして、目の前で起動しているボーリングストーリー……略称ボーストは、そのサービスを終了することがアナウンスされてしまったゲームだ。

 どろしぃって名前の、彼女にそっくりなキャラクターが、この世界からもひとり消えてしまう。それが……ちょっとどころじゃなく、重たいダメージになったってわけ。


 いやはや、こんなことは予想出来てたのに。

 オンラインゲームに終わりはつきもので、それはどうあっても避けられるものじゃない。だから、こんなになるまで入れ込むべきじゃないんだ。

 なのに俺は、どうしてもあの世界を映しておくものが欲しくて……どんどんおぼろになる思い出を、なんとかして形に留めたくて。


 未練がましいなんて話じゃない。これはもう、醜いとさえ思える執着だ。

 それでも……やっぱり、忘れたくないんだ。ドロシーと過ごした、かけがえのない時間を。


 で……そうとなったら、せめてこのゲームの終わりを、あの世界との断絶ではなく、この世界の悲しい出来事として消費しよう……と、逃げの一手を打っているところ。

 具体的には、ゲームの思い出を語り合って、ゲームの終わりをみんなで見送ろう……と。

 あくまでも、あの世界は関係ないんだ……って、自分に言い聞かせるために。


 そのために、一緒に遊んでた人で、連絡がつく相手みんなにメッセージを送っていた。

 オフ会……ゲーム内じゃなくて、ゲームの外で――この世界と確信出来る場所で、思い出を語りませんか、って。


 とりあえず、マルッペ氏、鬼竜氏と呼んだ仲のネットの友達には快諾の返事を貰えた。

 で……そのふたりにオーケーして貰うまでに、十人くらいには断られちゃったんですなぁ。


 まあ、三人も集まればそれで十分とは思うんですが。けれど、どうせなら繋がりのある人みんなに声をかけておきたいな……と、そう思った次第で。


「懐かしい昔話に花を咲かせる会なので是非是非……と。ふー、あんまり絡まなくなっちゃった人との距離感難しいなぁ。それでどうにかなるわけじゃないけどさ」


 今でも一緒にゲームする相手なら、簡単に誘えるんだけどな。

 もっとも、今も一緒に遊んでる相手に限って断られたりしてるんだけどね。そこまでの熱量じゃないなぁ……みたいな。そもそも、いつも話してるじゃん、って。


「……おっ。案外早い返事。几帳面なんだな、意外と。まあ……ネットから見える表面なんて、なんのあてにもならないか」


 何通も送ったメッセージのひとつに、さっそく返信が来た。

 その内容は……


「……えーと……お久しぶり…………おっ。そっか、出てみたい……か。自称ヒキニート童貞三十歳のくせに、社交性あるの面白過ぎるだろ。えっと、それじゃあ……」


 これで参加希望者は三人……か。みんなどこに住んでるかわからないけど、出来れば負担が平等になるようにしてあげたい。

 となれば……まず、みんなが住んでる都道府県……地区くらいは教えて貰えると助かるかな……?


「えー……返信、そして参加表明、誠に感謝ですぞ。今住んでる都道府県と……」


 それから、日時も出来るだけみんなの都合に合わせたい。

 まあ、こっちから提案してるし、明確に決めておいて、それに合うか合わないかで判断して貰うほうが本当はいいんだろうけど。

 でも……本当に、ひとりでも多く出て欲しい……話し相手が欲しい、現実のものとして実感させて欲しい……から。

 そう思うと、とにかくみんなの予定とすり合わせるやりかたのほうがいいかな、と。


 しかし、そんなメッセージを送ったのももう夜遅く。返信はさすがに明日になりそう……かな?

 じゃあ、俺もさっさと寝よう。明日も朝早いんだから。


 願わくば、もう絡まなくなった人も来て欲しい。そういう人にこそ来て欲しい。

 そうなれば、この別れがゲームのものだって、より強く思えそうだから。あの世界とは無関係だって、ちゃんと……




 翌朝、参加を希望してくれたみんなからの返信をひとつひとつ確認する。

 で……その中に、見慣れた地名が……と言うか、今、足元に存在する県の名前があって……


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