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第四十九話【知ることの意義】


 小さくない誤解を抱えられたままになってしまったが、しかしどうやらオールドン先生はマーリンを受け入れてくれたようだった。


 人より土いじりに興味がある……なんて言葉の通り、他人がどんな事情を抱えていようとどうでもいい……ってところなのかな。


 それよりも、マーリンの扱うすごい魔術のほうに関心を向けたみたい。

 どことなく浮かれた様子で、サンプルを採取するポイントとやらへ案内し始めてくれる。


「さあ、着きましたよ。はじめに調査するのはここです。と言っても、何もありませんが」


 何もない。と、先生がそう言ったように、到着と言われたその場所には、これと言って特徴的な地形も、調査のための機材も、何も存在しなかった。


「……一番最初でこれ……ってことは、この先もずっとこんな感じなんでしょうか」

「説明を思い返してみると、魔術でサンプルを回収するのが目的で……となれば、人がいないから手が回っていないんじゃなくて……」


 この何もない場所で、今から何かをして調査を進める。

 そして、このあとにも似たような場所を……いや。

 似てるか似てないかも決まっていない、アトランダムな地点を調べようという話だろうか。


「ふむ……貴方は魔術師ではないとのことでしたが、観察眼はむしろ彼女よりも優れているのでしょうか」

「その通りです。この先にも、別段面白いものは現れません」


 マーリンより観察眼が優れている……か。

 それはきっと、そうしないといけないから、そうしなくてもいいから……って、その差の話だけだと思う。


 マーリンは現れた脅威に対して、後手を引いても対処出来てしまう。

 それにそもそも、彼女が脅威として認めているものがどれだけあるだろうか。


 それに対して俺は、一度は魔獣なんてものに襲われてしまったわけだから。

 守って貰えるとわかっていても、恐怖心はどうしても拭えない。

 つまり、俺のほうがビビってるって話だ。


 単純な観察力については、マーリンは圧倒的に優れてる。これは間違いないだろう。

 でないと、誰に習うこともないまま服を作れるようになるものか。


 と……そんなことを言ってマーリンを庇ってみたくもなるものの。しかしながら、それをしても甲斐がない。

 なんせ、俺が褒められたと思って、当の本人がちょっとうれしそうなんだもの。


「……違ったら違うって言うべきなんだけどね。話がややこしくなるから、今はいいけど……」


 恋人だとか兄妹だとか言われると、友達だよって訂正しようとするのは知ってるから。


 単に自身の能力を客観的に把握出来てないだけ……なんだろうな。

 あと、わざわざ自分はすごいってアピールしたがらないだけ、とも。


「それでは、ここでサンプルを回収します。少しだけ離れていてください」


 採取を始めると言って、オールドン先生は何やらポケットからハンカチを……いや、違う。

 それよりもひとまわり大きい、けれどシーツよりは小さな、薄い布を取り出した。


 その布を使って……何かをするんだろう。

 そのくらいはわかるんだけど、それはつまり何もわからないってことで。


「先生。それで、採取はどうやるんですか? 他の人に頼まなかったということは、やっぱり魔術を使わないといけないんですよね」


 マーリンも不思議そうな顔で先生のやることを見ているから、ちゃんと説明を聞いておかないと。

 あとになって出来ないなんてことにもなりかねない。


 そんなわけで、やりかたの説明からお願いする。


「そうですね……ふむ。一度見ていただくのが早いでしょう。少なくとも、貴女には」


 先生はそう言って、布を地面に広げて……それ以外にも、大小さまざまな瓶や、金属製の謎の機器を取り出した。


 見れば、布には奇妙な文様が描かれていて……もしかして、魔方陣的なものだろうか?


「では……」


 魔方陣のようなものを中心に、金属の杭を地面へ五本差し込み、そしてそのすべてが濡れるくらいに、何かの液体……ただの水ではなさそうなものを注ぎ掛ける。


 きっと魔術の準備なのだろうそれが終わった……のか、先生はしばらく目をつむって、そして……


土を掘り起こす(メード・ディガウフ)


 マーリンがやってたのと同じように、言霊……と呼ばれるものを唱えた。すると……


「……どうでしょうか。貴女ならばあるいは、これだけで式を作ってしまえるのではないでしょうか」


 地面の濡れた部分……杭に囲まれた部分が、ちょうど五角柱の形でせりあがり始めた。


 そして……大体五十センチくらいで、土の柱は地面から抜き取られる。

 先生はそれを、金属製の長い筒へと収めた。


 なるほど……と、簡単には納得出来ないが、しかし理解はした。

 これはつまり、ボーリング調査なんだろう。


「人の手で掘り起こせば、上下も何もわからなくなるくらい混ざり合ってしまいますから」

「十分な設備と機器があるのでないなら、こうして錬金術を用いるほかにないのですよ」


「なるほど、だから誰にも手伝って貰えなかったんですね。魔術師にしか手伝えないと……ん……?」

「あれ? 先生、錬金術……っていうのは……?」


 なるほど理解……したはいいんだけど。今度はまた別のよくわかんない単語が飛び出した。


 錬金術。その言葉自体は知ってて、さっきもちらっと話に出していたな。


 魔術師だって言ってたけど、錬金術もわかるよね? そういう痕跡があるから。

 みたいなことを、マーリンに尋ねてた。


「そうですね……次のポイントまではしばらく歩きますから、その道すがらに少し説明しましょう」

「ふふ……あんな大出力の術を発動させる貴女を相手に、どうして私が教鞭を取るようなことをしているのでしょうね」


 オールドン先生は、俺とマーリンを見て……何もわかってなさそうなふたりの子供を見て、困った顔で笑いながらそう言った。


 けれど、それは嫌味なんかじゃなくて。

 本当の本当に、マーリンの実力を認めたうえで、それに知識が伴わないことに困惑している様子だった。


「そもそもの、五属性についての知識から確認しましょう」

「魔力には……いいえ。自然界には、大まかに分けて五つの属性が……性質が存在すると、魔術の世界ではそう考えられています」


 その部分からわかっていないのですよね。と、先生はマーリンを見ながらそう言って、それに対して頷く彼女に、やはり困り切ってしまった。


 信じていた常識を覆された気分……とでも言うのかな。

 イメージ的には、犬かきで水泳自由形の大会を優勝する怪物が現れた……みたいな?


「世界を構築しているのは、合わせて五つ」

「火、水、風、土、金。それぞれの属性によって、物質が構成されていると考えられています」


 火はそのまま、炎。

 熱であり、あるいは冷気でもあり。

 物体を燃焼させるエネルギーであり、燃焼によって得られるエネルギーでもある。


 そして、風の属性。

 空気であり、完全には混ざり合わない、最小の粒の集合。

 火の性質によって変化し、また火の性質を活性化させることも出来るもの。


「このふたつの属性を用いた反応こそを、魔術、と」

「古くは天術と呼び、空に浮かぶ、手には掴めないあらゆる自然を指す言葉です」


 それと対になるものこそが、錬金術。

 古い名前を、地術。その名の通り、足元に広がる、手で触れるのが精いっぱいの自然を指す言葉。


 水の属性は、そのまま液体を。

 けれどその実態は、姿形を変幻自在に変えてしまえるもの。

 冷やせば固まり、圧せば固まり、しかし何をせずとも霧散する。

 最も重要でありながら、最も取り扱いの難しいもの。


 土はすべて、焼けてなくなってしまうもの。

 けれど、なければ何も燃やせないもの。

 生命を構成する肉であり、はたまた目には見えないガスでもあるもの。


 金はつまり、すべてを焼いたあとに残るもの。

 焼けないものであり、燃やさないものでもある。

 硬度が高く、魔術以外でも実用性が高い。


「これらの属性をすべて充足させ、それらに作用することで、大自然はあらゆる現象を引き起こします」

「土が燃え、その火によって水が温められ、風が育って嵐が生まれるように」


 魔術はそれをなぞるものなのです。と、オールドン先生はそう言うと、またマーリンへと視線を向けた。

 その目は、慈しみの心に満ちたものに思えた。


「貴女はきっと、大自然に最も近いところにいるのでしょう。すべての魔術師はそれを、術の最奥と呼びます」

「自然に起こされる現象そのものの再現。それこそが、私達術師の悲願なのです」


「……術の……最奥……?」


 先生の言葉に、目に、マーリンは小さく首を傾げた。

 けれど……どことなく、うれしそうな顔をして見えた。


 きっと彼女は、自分に向けられた期待に気付いているんだ。

 期待と、羨望と、称賛に。


「どうでしょうか。先ほど見せた私の術と、そしてたった今得たばかりの初歩的な知識。これだけで、貴女はどれだけの術を組み立てたのか」


 見せてください。と、先生がそう言うから、そこが次のポイントなんだと俺もマーリンも理解した。理解した……から。


「……うん」


 マーリンは一歩前へと歩み出て、そしてゆっくりと両手のひらを地面へと向ける。

 何かを乞うように、手を差し伸べるんだ。


「――穿たれる岩床(デル―ヴ・プラッタ)――」


 そして言霊が唱えられると……マーリンの呼びかけに答えるように、地面はゆっくりと、細く、その身をよじるようにして伸び始めた。


 先生がやったのよりも長く、細く。

 欠けも混じりもどこにも見られない、土の柱を抜き取ったのだ。


 先生はそれを見て、もう何も言わなかった。ただ、感心そうにうなずいているだけ。


 けれど……その顔は、どこか……


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