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第五百十一話【幕引き】


 明確な敵組織が登場しても、組織の中核となる怪人を倒しても、バイカーが新たな力を手に入れても、覆面バイカーという作品の評判が持ち直すことはなかった。


 どこまで行っても、作品全体が陰鬱な雰囲気に包まれていて、見ていて楽しくないという評価を下されてしまう。

 最初についた印象を払拭出来なかった……だけじゃないんだろう。作品のコンセプトそのものが、視聴者に受け入れて貰えなかったんだ。


 それはつまり、小田島さんの……監督としての信念みたいなものが否定されたって意味でもあった。


 もちろん、悪評だけが書き込まれてるわけじゃない。ちゃんとファンもついてるし、面白いと思ってくれる層も間違いなく多くいる。

 それでも、曖昧な評判ではない、視聴率という数字による明確な評価は誤魔化せない。


 盛り上がるシーンは多かった。グッズの販売のタイミングに合わせて、新しいバイクパーツも登場した。何より、派手な演出だって増えていたんだ。

 それでも……暗くてつまらない。というのが、世間からの評価で間違いなかった。


 俺は……俺には、それをどうにかする方法はなかった。

 俺は所詮、ひとりの演者に過ぎない。俺に出来ることは、覆面バイカーというキャラクターを全力で演じることだけ。

 その魅力について伝える方法は、残念ながらひとつとして存在しなかったんだ。


 俺がいい演技をすれば、人を惹きつける力を持って入れば……って、最初はそう思ってた。

 でも、違った。そうじゃなかった。


 結局のところ、俺に出来るのは作品の中で芝居をすることだけ。作品の外で起こるあれこれに対しては、これっぽっちも影響出来ないんだ。

 事実、俺を含めた演者への悪評みたいなものは書きこまれていなかった。


 これは、俺達に非がないって話じゃない。これは……演者の演技力なんてものは、そこまで重要じゃない……って、そういうことなんだ。


 もちろん、演技がひどければボロクソに叩かれもする。でも、そうじゃないなら触れられることすらない。

 特別に素晴らしい演技ってものはきっと、誰にも何も感じさせない、自然なものを指すんだろう。

 そういう意味では、まだ未熟な部分は多かったと思う。でも……それがもっと上達したからって、評価を覆す一手にはならない。


 それでも、撮影現場は熱気に満ちていた。まだ……まだ、この作品はよくなる。俺達はみんなに愛されるヒーローを作り上げられるんだ、って。

 空元気が混じってないと言えば、それはきっと嘘になる。でも、全部が全部虚勢なわけじゃないのもたしかだ。


 で……当の俺は、その虚勢じゃない側……には、残念ながらいられなかった。


「……なんか……いっつもこうだな、俺。ほんと……」


 自分には何も出来ない。全霊を以って尽くしても変えられない。どれだけ成果を挙げても意味がない。

 無力。この感覚には、うれしくない馴染みがあった。


 いつかの俺は……この世界ではない場所にいた俺は、自分の活躍で大勢を守ると息巻いていた。

 けれど、自分がどれだけの成果を挙げても、みんなからの信頼を勝ち取っても、変えられないものがあると思い知らされた。


 今、目の前に立ちはだかっている閉塞感は、王宮の暴走を前にしたときの焦燥感によく似ている。

 部隊長にまで上り詰めたのに、みんなを守ってやれるだけの発言力も持たず、なんの影響力もない。あのときと同じなんだ。


 そんなだから、撮影終わりにひとりで電車に揺られていると、疲れとは関係ないところから来る倦怠感に見舞われた。

 もういっそ、このまま知らない駅まで乗せて行って貰えないかな……なんて、くだらないことを考えてしまうくらい。


 もちろん、そうはならない。出来ない。だって俺には、まだやるべきことが残ってるから。まだ、バイカーは完結してないんだから。

 こうやって責任感だけで無理矢理前に進もうとしてるのも、あのころと変わってないな……なんて、考えるとまた虚しくなる。


「……だったら……っ。だったら、今度こそ……」


 心の真ん中に穴が空きそうになって、でも……その凹みに熱いものを無理矢理注ぎ込んで、俺はいつもよりひとつ前の駅で電車を降りた。

 別に、なんの用事もないけど。ただ、演技の糧になるものがひとつでも手に入れば……と、街の風景を見ながら歩いて帰ることに決めたんだ。


 あのときは、結局何も出来なかった。誰も守れず、自分の身を引き換えにして希望を託すことしか出来なかった。

 それだって……本当に上手く行ったかどうかを確かめる手段はないから。俺目線では、何ひとつ成し遂げられなかったって結果だけが残ってる。


 あんな思いはもうこりごりだ。今度こそ……勇者ではない、覆面バイカーというヒーローとしては、みんなを守って大団円を迎えてやる。

 虚勢でもハリボテでもなんでもいい。ちゃんと胸を張って、最後まで戦え。せめて、そうあったかつての自分に恥じないように。




 翌日の撮影現場に向かうと、そこにはいつもよりいくらか明るい空気が満ちていた。

 もしかして、いい結果が出たんだろうか……とは、さすがに考えない。だって、視聴率はもう出てるんだから。今更変わりっこない。


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「おお、おはよう隆太君。いやいや、さすがにオーラが出て来たねえ。それでこそ、主役にふさわしいってもんだ」


 な、なんだか奇妙な持ち上げられかただけど……いったい何があったんだろう。

 もしかして……ついに主役の演技にも悪評判が……? で、それを気取らせないように、みんなで明るく振舞おう……みたいな……


「おはよう、坂本君。今朝の朝刊、見てないのかい? スポーツ紙の、ほんの小さなトピックなんだけどね。君の名前が取り上げられたんだよ」


「えっ、お……自分がですか? 本当に?」


 助監督から伝えられたのは、身構えていたのとは正反対の、大きな朗報だった。

 そして、渡されたスポーツ紙を見れば……たしかに、タバコの箱くらいの小さな枠だけど、バイカーの話と、主演の俺についてのトピックが掲載されていた。


「デビュー作でこれだけの演技が出来る俳優を、世間が放っておくわけないんだ。君はこれからどれだけでも大きくなる。これはその第一歩ってわけだ」


「スター誕生の瞬間……なんて、そんな取材がいつか来るかもしれないねえ! 隆太君、やっぱり俺が見こんだ金の卵なんだよ、君は!」


 助監督も監督も、ちょっと大げさでは……? と、うれしいハズなのにちょっと引いてしまうのは、心のどこかに不安があるから……だろうか。

 それとも……喜ぶ前に喜ばれ過ぎて、ちょっと気恥ずかしくなってるだけだろうか。


「いくらなんでも大げさですよ。それに、これは自分だけを評価してくれてる記事じゃない。新聞で取り上げられるくらい、バイカーそのものが輝き始めてる証拠です」


「おうとも、いいことを言った! さあ皆の衆、隆太君に負けていられないぞ! ライバルたる演者はもちろん、技術班も足を引っ張れなくなったからな!」


 なんでそんなプレッシャーになるような言いかたを……とは、この人相手には言うまい。

 誰よりも一番重圧を受ける立場だからこそ、みんなに発破をかけなくちゃいけないんだ。それも、笑いながら。

 だからこれは、本気で言ってるやつなんだろう。本気で、ここにいるみんななら、それこそ新聞の一面を飾るくらいの偉業を成し遂げられると信じてるんだ。


 やってやろう。と、その日もみんな張り切って撮影に取りかかった。

 物語は盛り上がりの最高潮に達し、悪の組織そのものを解体するべく、敵本陣に乗り込むんだ。

 この先には今までよりもずっと強い怪人がいて、バイカー自身が乗り越えなくちゃならない精神的なハードルも多く待ち受ける。

 今まで卑屈なところもあったバイカーが、自分に自信を持って、自分の正義を信じて戦えるようになる。そんな瞬間がもうすぐそこに迫ってるんだ。




 そして日は流れ、世間に第三十二話が放送され、これから三十四話の撮影に取りかかろうというときのこと。

 覆面バイカーは、当初予定されていた五十一話を待たずして、二ヶ月前倒しでの放送終了が決定された。


 俺達の……監督の奮闘は、実ることなく終わりを迎えたんだ。


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