第五百五話【沈めど昇りて、また照らす】
部屋を出た。ご飯も食べた。もう、ひとりで泣いてばかりいる自分は捨てた。
「――では、私はここでお待ちしております。どうか、貴女の意志を陛下にお伝えください」
「うん。ありがとう、ユーリ。僕は……僕は、デンスケのお願いを叶えるよ。だって僕は……」
魔導士マーリンとして、僕は戦うんだ。フリードも、みんなも、デンスケのお願いも、全部守るために。
「王様、お話しをしたいんだ。聞いてくれるかな」
もう迷わない。そう決めたから、僕はユーリにお願いして、王様のところへ案内して貰った。
泣かないよ。かなしまないよ。苦しいって、逃げないよ。それを伝えるために。
「……自らの意志で部屋を出た……か。よかろう、聞いてやる」
いいよ。って、そう言った王様は、僕が来る前からいた人達を部屋の外に追い出した。
ふたりだけでお話ししたいって、なんでわかったのかな。やっぱり、王様もデンスケやフリードと同じ、すごい人なのかな。
「……僕は……僕は、強い……よ。いっぱい、いっぱい、いろんなことが出来るよ。僕は、デンスケが褒めてくれた、魔導士マーリンだから」
もう、ひとりじゃ何も出来ない弱い僕はいらない。僕は、デンスケとビビアンが褒めてくれた、すごい魔導士マーリンになるんだ。
それ以外の僕は、もういらないんだ。
でも、すごい魔導士になっても、僕は何をしたらいいのかがわからない。それじゃダメだ。
だから、僕はこの人に教えて貰うんだ。これから何したらいいのか。何をしたら、デンスケとの約束を守れるのかを。
「――どんなに重たいものも運べるよ。どんなものでも燃やせるよ。何があっても、どんな敵でも、絶対に倒せるようになるよ。それに……僕には、未来が視えるよ」
「……ほう。未来が視える……か。それはまた面妖な」
僕の身体には、デンスケにあげた、未来を視る力が戻ってる。これは……きっと、すごい力のひとつだと思う。
僕はこれの使いかたを知らなかった。視えた未来は、どうやっても変わらないから。だから、視えてもどうしようもない、って。
でも、きっとデンスケは違った。デンスケは、すごく頭がよかった。だから、僕に出来ないようなことをいっぱいしてたんだと思う。
僕もそうなるんだ。未来をいっぱい視て、それを……えっと……きっと、いっぱい視たら、何か出来るようになるかもしれないから。
「僕は……僕は、デンスケが出来なかったことを全部やるんだ。ごーれむを倒すよ。魔獣も倒すよ。みんなを、僕が守るんだ。だから……」
この力の使いかたを教えて。そう言ったら、王様は目を丸くした。
驚いてる? でも、なんで驚くんだろう。だって僕は、いつもそうして貰ってた。
ああ、そっか。まだ、デンスケがいないといけないまま……だから、がっかりしたんだ。
でも、僕はまだ弱い。弱いのは……もう、隠さない。僕は、弱くても強くなるんだ。
「僕の力は、いつもデンスケに教えて貰って使ってた。デンスケが言った通りにすれば、みんなが幸せになった。僕も、自分でそれが出来るようになりたい」
「……力の使い道を示せ……と。其方の素養のすべてを活用出来る立場を、仕事を寄越せ……と、そう言うか」
やっぱり王様の言葉はわかりにくいけど、とりあえずそうだよって頷いた。
僕には出来ないことが多過ぎるから、怖い人だとしても、王様に手伝って貰うんだ。だってこの人は、デンスケともお話しをしてたから。デンスケも、頼りにしてたから。
「では……そうさな。其方には、新たなる役職を用意しよう。巫女……と、便宜上、そのような肩書きを与えたが……しかし、ふむ。奇縁も縁よな」
「……? みこ……? 僕は、魔導士だよ。僕は、魔導士マーリン……」
いいや。と、王様は首を横に振った。僕は……魔導士じゃない……の?
でも、僕はデンスケとビビアンが褒めてくれた魔導士だ。魔導士マーリンになるんだ。だから……
「……其方にはこれより、星見の巫女の肩書きを授けよう。未来を見据え、この国を守る、ただひとりの傑物として在るがよい」
「……星見の……巫女……魔導士じゃなくて、星見の巫女……なんだね。そうすれば、僕は……」
デンスケがいなくても、大丈夫になるんだね?
そう聞いたら、王様は怖い顔で笑った。その意味は、ちょっと違うかもしれないけど、でも……きっと、よくわかった。
僕は、デンスケも、ビビアンも、誰もいなくても大丈夫にならなくちゃいけない。
じゃあ、魔導士じゃダメなんだ。王様はきっと、そういうことを言ってるんだよね。
「わかったよ。僕はこれから、魔導士じゃなくて、星見の巫女マーリンだ。だから……星見の巫女を頑張るから、フリードにはひどいことしないでね」
「ふ、くく……よかろう。約束は違えぬ。其方が生きている限り、あれには手出ししないと」
ちょっとだけ笑いながら、王様は約束を守るって言ってくれた。じゃあ……大丈夫。フリードが大丈夫なら、僕は頑張れるよ。
「……それと、やりたいことがあるんだ。デンスケが言ってたこと……なんだけど。僕ひとりだと、よくわからない……から。だから、フリードと会わせて欲しいんだ」
「ああ、それも構うまい。イルモッド卿に案内させよう」
ユーリが? ユーリも、フリードがいる部屋を知ってるの?
僕がそれを聞くと、王様は小さく頷いて、そして……もう、ここに用はないよねって、そういう顔をした。
もう、僕を見ていない。僕の代わりに出て行った人が入ってくるのを待ってるみたい。
「じゃあ、僕は行くね。きっと……ううん、ぜったいに。僕は、デンスケがしたかったことをするからね」
「……期待しよう」
王様にそれを言ったら、僕は急いで部屋を出た。ユーリにお願いして、フリードのところへ連れて行って貰わないと。
部屋を出てすぐ、ユーリに声をかける前に、部屋に入ってく人と目が合った。
その人達は……ちょっとだけ、怖がってた。僕……を? それとも……
「……ううん、関係ない。僕は、僕がやることをやるんだ」
気になった。でも、気にしてる場合じゃない。
だから僕は、ユーリと一緒にフリードのところへ急いだ。
早く話をしなくちゃ。デンスケがやろうとしてたこと、フリードならきっと、僕よりちゃんとわかってるから。
「殿下はこの奥の部屋におられます。私はここでお待ちしておりますので」
「……ユーリは来ない……の? そっか……うん、わかったよ」
出来れば、一緒に来て欲しかった。ユーリも、手伝ってくれるよって、フリードに教えてあげたかったから。
でも、来ないなら、それでいい。きっと、僕がひとりでやるべきだって、ユーリもそう思ってるんだ。
大丈夫。僕も、ひとりで出来る。
デンスケは、いつも僕を褒めてくれた。すごいって、頑張ってるって、いつだって褒めてくれた。
僕は、すごい魔導士に……じゃない。魔導士……よりも、もっとすごくなるんだ。
じゃあ……いつまでも、怖がってたり、誰かの後ろに隠れてたら、ダメだよね。
「……ビビアン……なら、もっと……」
マーリンちゃん。って、元気に僕を呼んでくれるビビアンの声を思い出す。
ビビアンは、いつも元気で、僕と違って、うつむくことはなかった。
ビビアンみたいにならなくちゃいけない。ビビアンが褒めてくれた魔導士よりすごくなるなら、ビビアンよりもすごくならなくちゃいけない……んだ。
じゃあ……
「――フリード! 僕に……僕に力を貸しておくれよ!」
「……マー……リン……っ。ああ……ああっ! 無論、言われるまでもない!」
ちょっとだけ、ビビアンになったつもりで。胸を張って、元気に、誰にも隠れずに、お話しするんだ。
フリードにだけじゃない。まだ友達になってない人とも、女の人とも、ちゃんとお話し出来るようにならなくちゃ。
「フリード、君ならデンスケがしたかったことがわかるよね。それを僕にも教えて欲しいんだ。きっと、わかるように頑張るから」
「……っ。彼の意志を共に継ぐ者として、私も……いいや。俺も、君に背中を預けよう。我らは互いに、彼の願いを果たす代行者として生きるのだ」
えっと、えっと……よくわからないけど、ビビアンなら、はっきり頷く。だから、僕もちゃんと頷いた。
それを見て、フリードは手を……拳を僕に向けた。それは……デンスケと、やってたのだ。
僕も……それに、自分の拳を合わせる。デンスケがしてたみたいに。
これから僕達は、デンスケがしたかったことを全部やるんだ。ふたりで、全部。
みんなを守る……そのために、何をしたらいいのか。を、ちゃんと話して、わかって、叶えるんだ。
「おそらくだが……まず、特区調査殲滅部隊は凍結、解散されるだろう。それに、月影の騎士団の存続も危うい。ゆえに……新たな力を、俺達の手で集めるところからだ」
「部隊も、騎士団も、もうなくなっちゃう……んだね。えっと……うん、わかったよ……わかった。じゃあ、みんなに声をかけて、また一緒に戦ってくれる人を……」
僕達は、ふたりで旅を始めた。そこに、フリードも来てくれた。そして、いつの間にかみんなが一緒に戦ってくれた。
じゃあ、今度も大丈夫。僕達が頑張っていれば……デンスケみたいに頑張れば、また、みんな手伝ってくれる。
新しい騎士団の名前は、太陽の騎士団。僕と、フリードと、そして……ユーリも、一緒に戦ってくれる……よね。
僕は……騎士団に入ってくれるみんなを、今度こそ守るんだ。今よりもっと、もっと、もっともっと、強くなって。
だって僕は、デンスケも、ビビアンも、フリードも、ユーリも、みんなも褒めてくれる、星見の巫女だから。