第四百九十八話【途絶えた足跡】
すごく、すごく長いあいだ、馬車に乗って旅をした。旅……なのかな?
昔みたいに、お話ししながら、楽しく進んだわけじゃない……から……えっと……
「……ビビアン……」
知ってる道も進んだ。知らない道も進んだ。馬車から見える景色は、ほとんど知らないものだったけど、でも、思い出がいっぱい残ってた。
ガズーラおじいさんと友達になったキリエ。でも、デンスケがお腹を刺された場所でもあるから、ちょっとだけ胸が痛くなった。
おじいさんを探しに行ったクリフィア。マグルは……いる、かな? もしかしたら、旅をしてるかな? そんなお話しもしたよね。
それから……アーヴィン……は、えっと、あんまり思い出はない……けど、もうすぐガラガダだ……って、うれしかったから、覚えてる。
それで……すっごく時間がかかったけど、僕はまたガラガダへやって来た。
ビビアンに会うんだ。あのころと違って、楽しくお話しをするためじゃない……けど、会って、いろんなことを教えて貰わなくちゃ。
「えっと……あれ? ビビアン……の……」
街に着いて、またビビアンの工房へ行こうと思ったんだけど……
街の様子が……みんなの様子が、ちょっとだけおかしい気がした。
それに……なんでだろう。街の中に、ビビアンの魔術痕が……あんまり残ってない……?
「……? ちょっとだけ、街の人とお話ししてもいい? えっと、えっとね、ビビアンがね、薬を作って、それをあげてるお店があるんだ」
どうしたんだろう。街の人が、みんな……ちょっとだけ……ううん。昔に来たときより、ずっと……ずっと、つらそうにしてる。
これは、僕がつらいから……? あのころは、楽しみで、ずっとわくわくしてたから、みんなも元気……に、見えてたのかな?
だから、今は僕がつらいから、みんなもつらいように見えてる……だけ?
でも、魔術の痕跡が少ないのはなんでだろう。それが気になるから、お話しをしに行こう。
デンスケなら、きっとそうすると思う。気になったら、ちゃんと調べて、もやもやしなくなってから進むんだ。
みんなにいいよって言って貰って、僕はまたビビアンが薬をあげてるお店を目指した。
昔に来ただけだから、道はあんまり覚えてない。それに、魔術痕も消えちゃってるから、探すのにちょっとだけ時間がかかっちゃった。
でも、ちゃんとお店には着いた。着いてから気づいたけど、触る魔術で探せばよかったんだよね。
やっぱり、デンスケがいないとダメだ。デンスケがいてくれたら、こんなことすぐに教えてくれたのに。
やっぱり……僕は、デンスケがいないと……
「……ううん、違う。そうじゃないよ」
ぶんぶんって頭を振って、かなしい気持ちを追い払う。
これで追い払えたことはないけど、ちょっとだけ頭が痛くなって、かなしいのが気にならなくなるから。
僕は、デンスケがいなくても大丈夫になるんだ。そのために、ビビアンに教えて貰うんだ。
ビビアンに魔術を教わったら、きっともっとすごくなって、そうしたら、デンスケがしてくれてたことも、ちゃんと自分で出来るようになる……よね?
「こんにちは。えっと、えっと……」
じゃあ、早くビビアンに会わなくちゃ。そのためには、お店の人とお話しして、みんなが元気じゃないのはなんでなのかを教えて貰って……?
あれ? それは、僕が気になっただけだから、ビビアンに会うのとは関係ないのかな?
でも、気になったままはダメ……だから、じゃあ、お話ししなくちゃいけないよね。
「……あら? 貴女は、ええと……そう、マーリンさん。マーリンさんですよね?」
「え? ぴっ! え、えっと、えっと……うん。僕は、マーリンだよ。お姉さん……は……あぅ…………あっ、メーインさん……だよね?」
お店に入ってすぐに、お姉さんに声をかけられた。
緊張して、ちょっと怖かったけど……でも、この人は、知ってる人だ。
僕達をビビアンのところに連れて行ってくれた、お店の人……メーインさんだ。
「お久しぶりですね、お元気そうで何よりです。本日はどうされたんですか?」
「えっと、えっとね……みんな、元気がない……の? えっと、久しぶりにね、ガラガダに来て、えっと……」
ええっと、なんて言ったらちゃんとわかって貰えるかな。
いつも、デンスケが説明してくれてたから……僕は、いつもお話しするだけだったから。
ルードヴィヒさんのところでも、それでちょっとだけがっかりされた……んだよね。じゃあ、出来るようにならなくちゃ。
「えっと、えっと……街の人が、元気じゃない……みたいだったから。何かあったの? 前に来たときは、みんなもっと元気だったよね?」
出来てるかな? 伝わったかな? 不安だったけど、でも、メーインさんはうなずいてくれて……じゃあ、ちゃんとわかってくれたんだ。
だけど……メーインさんは、ちょっとだけさみしそうな顔になって、こくんって、また、今度はちょっとだけうなずいた。
うなずいたけど……何も、言ってくれなかった。言わないほうがいい……って、思ってるみたい。
でも……知らなくちゃ。だって、みんなが落ち込んでるんだ。僕は、みんなを守るんだから。デンスケなら、きっとそうしたから。
「教えて。みんな、なんでかなしいの? 僕がみんなを守る……から、だから……」
あれ? って、ちょっとだけ胸の奥に言葉が引っかかった。
もしかして……って。ちょっと待って、って。僕の中で、嫌な気持ちがちくちくして……
「……ビビアンの薬……ない、の? 街に、魔術痕もなかった……よね? ビビアンは……ビビアンはいないの?」
「……っ。さすがに……貴女には簡単に見抜かれてしまいましたね。さすが、先生が見込んだ魔術師さんです」
ビビアンがいない? ビビアンがいないから……ビビアンが、薬を作ったり、畑をよくしたりしてあげてないから、みんな元気がないんだ。
それがわかったら、胸の奥のほうがぎゅって熱くなった。早く行かなくちゃ……って。早く、ビビアンに、街の人を助けてあげて……って、伝えなくちゃ、って。
「――呼んでくるよ! ビビアンなら、みんなをまた元気にしてくれる。僕が、ビビアンにお願いしてくるよ」
それが決まったら、僕は急いでお店を出て、そして……
「――ザック! 来て!」
一緒に来て……って、言ってないけど。でも、いるよね? だって、ザックは――
来て。って、呼んでからすぐに、影が僕の周りを暗くした。そして、みんなが驚いてるところに、ザックはゆっくり降りて来てくれた。
「ザック、えっと……あっち。あっちの、山のふもとに行って。ビビアンに会いに行くんだ。急いでね」
くるる。と、ザックはいつもみたいに返事をしてくれて……でも、どこかさみしそうな顔で、僕のことを乗せてくれた。
ザック……やっぱり、ザックもさみしいんだね。いつもだったら、デンスケも一緒だもんね。僕しかいなくて、大好きなデンスケを乗せてあげられなくて……
「……っ。行こう、ザック」
また、かなしい気持ちで胸が痛くなったから、頭をぶんぶん振って、それを追い払ってからザックに乗った。
そして、ビビアンの工房があったところへ……街の外の、山のふもとに向かう。
ビビアンがいない。ビビアンが、街の人を助けてあげてない。
ビビアンは優しいから、いじわるしてるんじゃないと思う。じゃあ……出来ない理由があるんだ。
研究が忙しいのかな。それとも、別のことをしてるのかな。ビビアンは僕よりいっぱいいろんなことを知ってるから、全然わからないや。
行って、お話しして、お願いしなくちゃ。また、街に行ってあげて、って。それから……僕に、これからどうしたらいいのか、教えてって。
ザックに乗って、昔来たときよりずっと早くにあの場所へとやって来た。
でも……そこに、ビビアンの工房はなかった。壊れた建物があって、ビビアンが住んでたあの家は……




