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第四百九十六話【檻と鳥籠】


 夜も更けるころに街へと戻った私達は、部隊には解散命令を出し、そしてふたりだけで玉座の間へと向かった。

 私とマーリンのふたりだけで。


 本来ならば、ここへは吉報を持って戻るつもりだった。

 王宮の無謀を私達で乗り越えた、我々にはこれだけの力があるのだ。と、それを突きつけるために。


 けれど……私が手にしているものは、血に塗れた勇者の剣と、大き過ぎる喪失感だけだった。


「……王よ。フリードリッヒ、ここに帰還した。不甲斐ないと、無様だと、嗤いたくば嗤うがいい」


「……っ。フリードリッヒ……マーリン……」


 私はこの男に、何を求めてやって来た。

 お前のせいではない、王宮の暴走を止められなかった私の責任だ。などと、くだらない慰めを貰いたかったのか。

 それとも、友を守れなかった痛みを想い、憐れんで貰いたかったのか。


 幼い子と父の間柄のように、ただこの感情の行く末を受け止めて貰いたかったのか。


 いいや。いいや、違う。違う筈だ。私は……私には……


「……デンスケが戦死した。もはや、打つ手は残されていない。今すぐに、指令の撤回を。そして……指揮者気取りの愚か者どもから、権限を剥奪してくれ」


 隊長であり、特別な戦力でもあったデンスケはもういない。ならば、もはや作戦の続行は不可能だろう。

 ああ、そうだ。そうなるようにと彼は自らを投げ出した。ならばせめて、私はその意志を引き継ぎ、まっとうしなければならない。


 報告を受けた王の顔は、今までに一度として見たことのないほど青ざめていた。

 それは……絶望だろうか。それとも、悲嘆だろうか。あるいは……私達の未熟さに激怒しているのだろうか。


「……併せて、指揮権の返還を。隊長亡き今、部隊の指揮権を握るべきは私だ。私に、皆の命を」


「……皆の命を預かり、如何とする。隊長の仇を討つべく、全霊を以って吶喊とっかんするか。それとも……」


 決まっている。と、私が怒鳴れば、王は引いた。気圧されたのではない。ただ、若輩である私の言葉に耳を傾けようとしているらしい。


「――部隊は逃がす。これより先、然るべきときが訪れるまで、特区調査殲滅部隊は凍結するつもりだ。万が一にも、貴重な戦力を失わぬために」


 馬車一台、人ひとり、矢の一本に至るまで、無為に失うことは許さない。でなければ、彼が私に遺してくれた意味がない。


 彼の望みはただひとつ。すべての民の平和だ。

 そこに軍人や市民の隔てはなく、国民全員が希望を抱き、勇気を掲げて戦う世界を夢として語ってくれた。


「私達はこれから、ひたすらに力を蓄える。泥人形を、不死身の魔獣を、未明多き山の脅威の、あらゆるを寄せつけぬだけの力を」


 マーリンひとりでは足りなかった。彼女と並ぶ力が必要だ。彼女と並び、彼に匹敵するカリスマが揃えば、この理想は成就される。


 ならば、私が成ればいい。私が、魔導士マーリンに匹敵する騎士となればいい、勇者デンスケに劣らぬ黄金の輝きを放てばいい。

 黄金騎士が、ほかの何よりも強くあればそれで――


「……フリードリッヒよ。今の其方に、部隊を預けることは出来ぬ」


「な――っ。王よ、それはどういうことだ。私以外に、いったい誰が皆を纏めると言うのだ」


 だが、私の主張は拒まれた。


「自惚れと嗤うか。だが、ほかになんとする。私だ。彼の意志を継いだ私こそ、皆を守り、纏め上げねばならない。私以外に、いったい誰がそれを成すというのだ」


 私では不足だと、ゆえに認めないと言うのならば、しかし誰が皆を守るのだ。

 デンスケの言葉を知る者はほかにいない。彼の意志を引き継ぐ者は、私以外にはないのだ。


 これは義務感ではない。責任でも、懺悔でもない。

 事実として、私だけが彼の後継足り得るのだ。この国に、今、彼と同じ視座に立ち、道を切り拓くのは、彼と共に戦った私以外に……


「……では、まずその娘をどうにかせよ。ただひとりの仲間を守れぬ其方に、いったい何を任せると言うのだ」


「娘……マーリン……? 彼女がどうしたと……」


 マーリン……は、彼女は、私の隣にいる。私と共に、同じく王の前に立っている。

 彼女は王を前にもひるんだことはなかった。その偉大さ、権力というものの意味を把握していないという側面もあるが、それを抜きにも、彼女は王を前にもひるまない。


 今とてそうだ。死別を理解し、そのうえでここに立っている。

 たとえ王とて、そんな彼女の在りかたを否定するのなら――


「――マーリン――」


 彼女は……笑っていた。幼い子供のように、何も理解していない顔で、何もかもを受け入れることを拒み、無邪気に微笑んでいた。


「ただひとり、かの勇者の意志を継ぐ……と言ったな。それは、そこな娘を切り捨て、独力のみによって民を守ると、そのような妄言であったか」


「――っ。違う! 断じて違う! 私がデンスケの意志を継ぐ、そのうえで彼女と肩を並べる。あと一手、たった一歩が及んだならば、そのときには――」


 愚盲よな。と、王は嗤った。口角をピクリとも上げず、目を細めることもなく、冬の鉄剣よりも冷たい眼差しを私へと突き刺して。


「フリードリッヒ。其方を、しばらくの禁固刑に処す。この王宮の片隅で、己が未熟を恥じ、盲目を自覚するまで、先の言葉を悔い続けるがよい」


「――っ! 王よ――っ! 私を縛ってなんとする! 私でなければならぬ! 私が――彼から意志を遺された私だけが――」


 私だけが、ただひとり彼の願いを……と、言いかけたところで、王は私を強く睨みつけた。

 それは、明確な否定だった。


「――其方ではない。かの勇者の跡を継ぐ者があるとすれば、それは其方などではない。思いあがるな、フリードリッヒ。今の其方は、わきまえぬだけの愚かなわらしだ」


「……っ。だが……だが、ならばなんとする! 私が指揮を取らず、皆をどう纏めて……皆に、彼の意志をどう伝えるつもりだ!」


 もはやこれは、王と騎士の問答ではない。ただ、偉大なる父と、その影に怯える子供の言い争いに過ぎない。

 いや……一方的にたしなめられるばかりで、争いにすらもなっていないのだろう。


 それでも王は、鋭い眼光を私に向け続ける。それを受け止めなければならないと、責任感を説くように。


 そんな王に、私は己が内の疑問を投げかける。いいや、疑問ではない。それほど立派なものでも、大仰なものでもない。

 私でないなら、誰に頼むのだ。よもや、彼を失うきっかけとなった王宮に、いつまでも指揮権を預け続けるなどと……


「……おるではないか、そこに。其方よりもふさわしい、かの勇者の意志を継ぐ者が」


「……何を……っ! 王よ、まさか……まさか貴方は――」


 そこに。と、王は眉間のしわをほどき、優しい眼差しを向けた。私の隣に立つ、未だ無垢なままの彼女へと。


「――魔導士マーリン。其方に、特区調査殲滅部隊の指揮権を与える。余の直属として、この王宮でその手腕を振るうがよい」


「――王よ! ふざけるな! 彼女は――彼女を縛りつけることだけは、断じて認めぬ――っ!」


 認めてはならない。受け入れてはならない。そして何より、受け入れさせてはならない。


 王の直属として、部隊の指揮権を振るう……だと。ふざけたことを。

 それはつまり、傀儡かいらいとしてそばに在れと言っているに等しい。


 彼女の自由を奪い、彼女の素養を封じて、この狭苦しい檻の中で飼おうなどと、そんな暴挙を認めてなるものか。


「王よ――っ! それは認めぬ! そのような暴虐は――っ。アンドロフ――ッ!」


「……退がらせよ。そして、両の手に拘束を。牢の壁を破壊するのならばいざ知らず、自らの喉を掻き切られては困る」


 退がれ。ではなく、退がらせよ。と、王は命じた。私にではなく、近衛に。

 もはやその目は、こちらを向いてなどいなかった。


「――アンドロフ王――っ! 私は――私は断じて認めぬ――っ! マーリンを――彼女を貴様の思い通りになど――」


 拳を振るえば、力任せに暴れれば、近衛など簡単に蹴散らせるだろう。だが……それをすれば、私の言葉は二度と王には届かない。

 頭でわかってしまっているから、感情がどれだけ突き動かそうとも、私は拳を握れなかった。

 彼女を守るためには、王子のくらいなどは叩き捨て、その手を引いてこの街から逃げる以外にないと知っていたのに。


「……初めから、こうするべきだった。かの少年と相見あいまみえたそのときから、この手に鎖で繋ぎ止めるべきだったのだ」


「――ッ! アンドロフ――ッ‼」


 それは許さない。許されない。だが……だが……っ。


 私は……言われるがままに刑を受け入れるしかなかった。

 この地位を、力を、ただひとつある今の武器を手放せば、彼との約束を果たせなくなってしまうから。


 マーリンはこの王宮に繋ぎ止められ、理解もないままその力を勝手に振るわれるのだろう。

 それがわかっていながら、私は……っ。


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