第四百八十七話【過信に応える】
王宮からの命令を受けて、部隊はこれから山へと調査へ向かう。そんなことを聞かされては、俺もマーリンも動揺を隠せなかった。
山には近づかないと、もう部隊には無茶をさせないと、そういう話をしたのに、どうして、って。
だけど、それを問い詰めたって、悩んだって仕方がない。だって、もう部隊はこんなところまで来てしまってるんだから。
王宮は命令を下した。危険だろうと、無謀だろうと、なんでもいいから成果を出せ、と。それだけが事実だ。
フリード不在で、かつ一刻を争う問題を前に、俺は部隊に待機を命じた。
実際には、俺にもうそんな権限はないんだと思う。指揮系統を一新して……とかなんとか言ってたから。
たぶん、言うことを聞かない隊長は挿げ替えられてしまったんだ。
だけど、ここにいるのは部隊員だけで、貴族も政治家も、話を聞かれてまずい相手は誰もいない。
だったら、どのみち一日二日で結果が出るもんじゃないんだから、ここで数日待機させたってバレやしないだろう。
そのことはみんなもわかってくれたみたいで、もう上官でもなんでもない俺の言うことを聞いてくれた。
しかし、どうする。どうすればいい。
フリードが合流し次第、俺達だけで山を調査する……とは言ったけど、しかしこれまでずっとそうやってきた結果、山には近づくべきじゃないって結論を出してるんだ。
それを、今から本気出す……みたいなことしたって、何かを変えられるとは思えない。
進歩があるとすれば、ゴーレムを破壊出来そうなことがわかった……くらいで、結局は魔獣の問題も解決していない。
こんな状況で、俺にいったい何が出来る。
「……ゴーレムを置換する……そうすれば、もしかしたら魔獣は止まるかも。それに賭ける……として、それで……俺とフリードであいつらを……」
フリードが出してくれたアイデアに……ゴーレムを破壊して、その代わりのものをこっちで設置するって作戦に賭けるしかない。
ここまでは腹をくくった。と言うより、今から新しい作戦を考える余裕も、考える足掛かりもないから。これに託す以外に手はないだろう。
問題は、そもそもそれが可能なのかどうか。
強化魔術を使えば、俺でも岩石を破壊出来ることはわかった。でも、それはあくまで、ここらにある砂岩について、だ。
あの山が火山だって言うなら、それを構成する岩石はここのものよりもずっと硬いものになるだろう。
とすると、強化を貰っても壊せない可能性が高い。
強化魔術で破壊出来ないとなれば、こちらから打てる手は、マーリンの高火力魔術で破壊する以外にない……けど。
それをすると、上層の魔獣を刺激しかねない。これを、一か八かの一発勝負でやらないといけないなんて……
「……くそ。ほんの少し……一度でいい。たった一度、この作戦を試す機会さえあったら……その結果をまとめて、ちゃんと対策を練る時間があったら……」
どうする。部隊をここに残して、もう一度王宮へ直談判へしに行くか。
いや、その必要はない。それはもう、フリードがやってくれているって話だ。
そして……もしもフリードでも意見を変えられなかったなら、俺の言葉が届くとは思えない。
あとはもう、今日か明日か、もっと先か、とにかくここへ来たフリードからの報告次第だ。
「……デンスケ。どうしよう。僕達、本当にごーれむを倒してもいいのかな。倒したら、魔獣が暴れたり……」
「……もう、そのことは一度忘れよう。こうなったら、打てる最前の手を打つしかない。少なくとも、王宮の目を覚まさせる……あるいは、実権を取り戻すための手を」
結果だ。兎にも角にも、明確な結果を突きつければいい。
それが成功でも失敗でも、なんでもいい。とにかく、俺達が指揮を取り返せるような、あるいは部隊を進ませるべきでないと思わせるような結果があれば……
「……あっ。デンスケ、ザックだよ。ザックが来た。フリードも一緒……だよね、きっと」
「っ! フリード、来たか。急いで来てくれた……ってことは……」
どっちだ。指令を撤回させて、部隊進行に間に合わせるために急いだのか。
それとも……王宮の暴走を知って、それでも食い止められなくて、せめて自分の指揮下で……と、俺と同じことを考えたのか。
答えは……
「――デンスケ――っ! デンスケ、話は聞いているな! 緊急事態だ!」
「……ああ、聞いてる。さっき、みんながここへ来て教えてくれた。最悪のタイミングだ」
まだ着陸していないザックの背中から飛び降りて、フリードは慌てた様子で俺の前へと駆けつけた。
その表情は……とても、苦々しいものだった。じゃあ、そういうことなんだな。
「……行くぞ、フリード。こうなったら、俺達で明確な答えを突きつけるしかない。指揮権を取り返す。俺達がやったほうがうまくいくって、そう思わせるしかない」
「っ。奇遇だな、私も同じ考えだ。連中の目を覚ませぬ以上、力ずくで黙らせる以外に道はあるまい」
最悪だ。最悪の状況だ。
王宮はフリードの意見にも屈さず、部隊への指令を撤回しなかった。
このままじゃ、本当にみんなが危ない。なんの作戦もなしに、危険地帯へ放り出されてしまう。
もうダメだ。王宮は……あの組織は、もうなんのアテにもならない。
俺達がみんなを守る。俺達が指揮権を取り戻す。俺達で、何もかもを守るしかないんだ。
「……王様は。王様は……反対してなかったのか?」
でも……一個だけ、どうしても気にかかることがあった。
そんな決定を、どうして王様が見過ごしたんだ。王様は俺の話を聞いてくれた、山には本当に理不尽な危険があるって知ってくれた。
それなのに、どうして……
「……おそらくは、王の反対を押し切るための強硬策だろう。順序が逆なのだ。作戦を認めさせるのではなく、認めさせるための作戦を命令したのだ」
「結果さえ出れば王様も認めざるを得ないから……ってことか。なるほど、だから俺達が……お前がいないあいだに、ちょっとでも反対する人間が少ないときに決めたんだ」
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、呆れとか、怒りとか、嘆きとか、そういうものの隙間に、ちょっとだけ理解が生まれた。
もう、引き下がれないんだ。特区調査殲滅部隊は、どんな困難も突破出来る最強の部隊なんだ……って、それを売り出して得た立場があるんだろう。
だから、部隊の停止、撤退、そして事実上の敗北宣言は、どんなことがあっても認められない……認めてはいけない。
どんな手を使ってでも成果を出す。たぶん、俺達とは違う理由、違う目的、そして違うほうを向いて、同じことを考えた誰かがいるんだろう。
そしてそれは、ただ私利私欲のためだけのものじゃない。
部隊の撤退は、それだけで国民に不安をもたらしかねない。王宮騎士団から人を引き抜いてまで作り上げた武装組織の敗北は、国の敗北にも等しいのだから。
妄信だ。結局のところ、最強の部隊であれ……と、そんな盲目的な考えがそうさせていることには変わりない。
だけど、ほんのちょっとだけその考えに納得してしまった自分がいる。
俺が無理だって言ったとき、勝てる相手じゃないって伝えたとき、みんなはすごく悔しそうな顔をしていた。
それを王都にいる全員に味わわせたくない……って、そう思ったんだとしたら……それは、責められるものじゃない。
「……やるぞ、フリード。俺達が結果を出せば……結果を出して、大丈夫だって見せつけて、そのうえで指揮権を取り戻せば、全部丸く収まるんだから」
「無論だ。我々の目的はここよりずっと先にある。ならば、この程度の些事は越えて突き進むほかにない」
いちばん明確な成果は、ゴーレムを破壊して、魔獣も全滅させて、その死骸を持ち帰ること。
だけど、現状ではあの魔獣を倒す手立ては思いついていない。
だったらせめて、その一歩手前……ゴーレムを破壊して、かつ魔獣を食い止める仕掛けを設置したって結果があれば、王宮も俺達を再評価するハズ。
いや、再評価せざるを得ない。だって、部隊の能力を信じたからこその命令なんだから。
まだなんの準備も出来ていない。模造品相手の練習だって、俺がちょっと遊んだ程度でしかない。
それでも俺達は、最低限の装備だけでザックに乗り込んだ。もう一度、あの山へと向かうために。




