第四十六話【求められているもの】
熱と鉄鋼の街とでも言い表せそうなこのボルツで、熱とも鉄とも縁遠そうな湖の痕跡について調べなければならない。
と言っても、手がかりを探す手がかりすら持ってないもんだから。
こっちから動いて何かを求める……ってのは、ちょっと難し過ぎるだろう。
だから、ここは予定通りにしよう。そして、今まで通りに。
「すみません、ちょっといいですか」
しばらく……うん、しばらく。かなり……結構……ずいぶん長い時間を、露店巡りに費やしてから、ようやく。
俺達は繁華街らしいところを抜けて、公的機関を……警察組織か、役所なんかがありそうな場所を探し当てた。
いや本当に反省してます。
楽し過ぎて楽し過ぎて、時間が経つのも忘れていろいろ見て回っちゃった。
連れ回され過ぎて、マーリンがちょっと疲れた顔してるよ。俺より体力あるのに……
でも、反省はいったんここまで。まずは、役所らしきところを訪れた理由から。
「旅をしていて、今日ここに着いたんですけど。何か仕事を紹介して貰えませんか。俺達で出来る仕事を」
第一に、最初の街での成功例をなぞりたかったから。
単純な思考回路だとは思うけど、しかしその選択をして大きく外す可能性は低くなるハズだ。
俺達はその街で、マーリンの魔術を……戦う力を誇示することで、一定の信頼と需要とを勝ち取ることに成功した。
そのときに力を見せつけた相手は、憲兵……つまり、街を守る存在だった。
早い話が、一番その価値を理解し、欲し、かつ直接的に交渉し得る相手が、街の治安を守る組織だってことだ。
「はいはい、旅のかたね。ここじゃ珍しくもないから、どんなとこだって、どれだけの期間だって、仕事は回してあげられるよ。あんたたち、何が出来るんだい」
街の治安を……守る組織……だと、思って入ってみたけど。
受付にいたのは、なんとも気さくなおばちゃんだった。あれ……間違えたかな、入るところ……
と、まあボケはよくって。
受付は受付、あくまでも人の相手をする役職だ。
今の対応を見るに、どっちかって言うと職業案内とか、斡旋所って感じだけど、まあそれもよくって。
「……俺達は、魔獣と戦えます。こう見えて、凄腕の魔術師なんです。こっちの子が」
大切なのは、自分達の力を正しく誇示することが出来るか、だ。
かつてのマーリンは、それをやり過ぎてしまって不信感を買った。
けれど反対に、不足があれば信頼など到底得られない。
その加減は……正直、まだまだ測りかねてるとこではある。
この世界の常識――魔獣の脅威がどの程度で、どんな街がどの程度それを警戒してるのかを把握出来てないから。
でも、そんな不安なんかおくびにも出さない。
自信満々に、けれど謙虚に。なんでもやれるから、なんでもやらしてください。って、そんな姿勢を見せるんだ。
「……魔獣を倒せる……ってねえ。それも、あんたじゃなくてそっちの女の子がってことかい? そりゃあまた……」
そんな姿勢を見せて……結果、バカなこと言ってないで、ちゃんと働きなさい。と、お叱りの言葉を貰ってしまった。
ご、ごもっとも過ぎるけど……そうじゃなくて。
「いや、その……信じられないかもしれませんけど、本当ですから。俺達はここまで……どこから……だっけ。いや、そこはいいか」
「少なくともこれまでに、十や二十じゃ済まない数の魔獣を倒してるんです。必要なら、力を示して見せますから」
この反応自体は想定内なのだ。
と言うかまあ……この部分も含めて、最初のなぞり直しみたいなとこあるし。
何回も見た反応だし、話にも聞いてるから、さすがにもう理解してる。
魔術はあくまでも学問、戦うための力じゃない。
だからこそ、マーリンの力は貴重なんだ。
魔獣を退ける力としての魔術。それは、これまでには想像もされなかった武器になる……って、そう売り込めるハズ。
「いらないいらない。女の子を戦わせてちゃ、ボルツの男どもの名が廃るってもんだよ」
「ここいらの町や村は全部、ボルツの憲兵が守ってるんだからね」
売り込める……ハズ……あれ?
いや、待て。まだ線は切れてない。
兵力があるということは、戦わなくちゃならないだけの危険がそばにあるってことだ。
なら、どれだけ優れた兵士が、軍があったとしても、より効率のいい力がいらないわけ……
「それより……魔術師だって話は本当かい。だったら紹介出来る仕事はいくらでもあるよ」
「鉱夫ばっかりのこの街じゃ、学者様なんて居着かないからね」
「あ……は、はい。じゃあ、そっちで……」
あれ……? まあ……魔術師として仕事が貰えるなら、どういう形でもいい……んだけどさ。
しかしながら、筋書き通りには一切進まなかった。
進まなかったのに、結果としては……戦わずに済んで、かつ仕事を貰えるなら……万事オッケー……なのかな?
「それじゃあちょっと待っててね。まさか魔術師が来るなんて思ってもなかったから、担当もろくに決まってないんだよ」
「地質調査を指揮してる先生がいるから、ひとまずはその人のところへ行って貰おうかね」
紹介状を書くから、座って待ってて。と、そう言われて、言われるがままに長椅子に腰かける。
そして、受付のおばちゃんがまた次の人の話を聞きながら、何か書類を作ってるのを遠目に見て……
「…………ふと、思ったんだけどさ。マーリン、君は……」
学問としての魔術を、どの程度理解しているんだろう。
その問いに、マーリンは目を丸くして首を傾げていた。
わかってる。マーリンの実力は、間違いなく桁外れなんだ。
桁外れ……なんだけど。外れてちゃダメ……って、そういう可能性は……
「……えっと……うーん……と……あのね。その……僕は、生まれたときから魔術が使えたから……」
外れて……外れ過ぎてて、求められてるものと違うって言われる可能性が……?
マーリンの返答をすべて聞くよりも前に、背中がいきなり冷たくなった。
びちゃびちゃになってて、なのに凍ったみたいにキンキンに冷えてて……
「おーい、あんたたち。これ持って、街の一番北にある検査所を訪れな」
「そこに、オールドンって先生がいるから、これを見せて……それで、その凄腕だって言う魔術のひとつでも見せてきなさい」
「そしたらきっと、喜んで仕事を手伝わせてくれるよ」
こんなとこじゃ、魔術を知ってるってだけでも貴重だからね。と、やや信じて貰えてなさそうな言葉に送り出されて、俺達は役場をあとにした。
「……いや。この際、どんな形も経験しておこう」
「魔獣と戦う以外の方法で受け入れて貰えるのなら、それはそれでいいんだ。選択肢は多いに越したことはない」
うん、前向きに考えよう。
もしもここで……これだけ大きな街で、魔術師として――学者として受け入れて貰えたなら。
マーリンが持ってる当たり前――魔術の知識は、他の人の学問にも通用することの証明になる。
そうだとしたら、次からがぐっと楽になるし、それ以外のところでも便利になるかもしれない。
今までは……その……やっぱり、生まれが特異だからこその力かもしれないからって、多少制限しなくちゃいけなかったけど。それも取り払えるかも……
「よし、そうと決まれば行ってみよう。マーリン、もうちょっとだけ頑張れる?」
「うん、大丈夫だよ。そんなに疲れてないし、それに……えへへ」
えへへ。と、いつもみたいに子供っぽく笑って、マーリンは俺の手をぎゅっと握った。
街へ入る直前には緊張で冷たくなってた手が、いつの間にかぽかぽかになってた。
「デンスケが楽しそうなのは、やっぱりうれしい……から。ここに来てよかった」
「……そっか。俺も、マーリンが楽しそうなのはうれしいからな」
きっと次は、マーリンが楽しい場所へ行きたいな。
そうなると、また水浴び出来そうなところなんて言われるかもしれないけど。まあ……それはそれで。
もしかしたら、地質調査の先生とのやりとりが、マーリンにとって楽しいものになるかもしれない。
魔術は彼女にとって、得意中の得意分野なわけだから。
そんな期待も込めながら、俺達はちょっと急ぎ足に街を北へと進んだ。




