第四百八十四話【デコイ】
マーリンのおかげで、本物にほど近い……と思われるゴーレムの模造品を、目の前で観察することが出来た。
けれど、そうして得られたものは、こいつもこいつでとんでもない問題だ……ってことだけ。
本体は岩でも土でもなく、水である。水の形を制御することによって、硬くて重たい岩を自由自在に動かすことこそが、あのゴーレムの本質だ。
マーリンが教えてくれたことを要約すると、大体そんな感じ。
なら、その水をどうにかすれば解決するんじゃないか? たとえば、マーリンの大火力で蒸発させてしまうとかで。と、そう思ったんだけど。
残念ながらそれも、マーリン本人の口から否定されてしまった。
温度、湿度、気圧、あるいはそれ以外の様々な要因、環境が、どんなものであろうともあの形を保つ。それが、あのゴーレムを作った魔術式だろう。
そんな説明を受ければ、さすがに……いくらなんでもめちゃくちゃだろと、頭を抱えるしかなかった。
魔獣を抑えてくれているかもしれないから。が、手を出さない理由だったけど、そもそもこいつらも、あの魔獣と変わらないくらい厄介な脅威で間違いない。
もしかすると、マーリンの魔術でも突破出来ないかもしれないんだ。そんなのがゴロゴロいるなんて……
「……万事休す……だったな、あのままだったら。なんとか首の皮一枚耐えたって感じだ」
普通なら、もうダメだ、おしまいだ……って、絶望してしまうところだけど、ギリギリで踏みとどまれる理由がある。
それはひとえに、あの山にはしばらく関わらなくて済むようになったから、だ。
もっとも、ただ無視していいだけの状況だったら、それはやっぱり諦めでしかない。
諦めてしまうことと絶望してしまうことは、向いてるほうは違うかもしれないけど、最終的には同じこと。
もうなんともならないって事実を受け入れて、目を背けるか、塞ぎ込んでしまうか、その違いだけ。
でも、今回は状況が違う。
あの山にかかわらないで済むのは、そうなるように全力で取り組んだ結果だ。
つまり、一時的なものかもしれないけど、全員の無事を勝ち取ったってことなんだ。
まあ、気の持ちようと言われたらそれまでだけど、それだけで結構違うから不思議なもんだ。
事実、俺は今、かなりほっとしている。どうしようもない現実を目の前にして、これにみんなを飛び込ませなくて済んだ、よかった……って、胸を撫でおろしてるから。
「……よし。ほっとしたら、じゃあ次は対策を考えないとな。解決はいつかの未来に託すけど、全部丸投げは許されないし」
で、安心したのは俺だけじゃないんだろう。
フリードもどこか呆けた顔をして、俺に言われるまで、どこにも焦点が合ってない感じだった。
でも、対策って言葉ひとつですぐにスイッチを入れて、険しい顔で……けれど、ちょっとだけ余裕のある表情で頷いてくれた。
「現時点で破壊する手段がないのであれば、そればかりはどうにもなるまい。ただ、そのときが来るまでに研鑽を積むばかりだ。だが……」
「そうだな。マーリンでも壊せないかもしれない……けど、壊せないと決まったわけじゃない」
さて、まずは何から対策するべきか。と、そう思ってたけど、その前にフリードが口を挟んでくれた。
どうやら、俺とまったく同じ意見みたいだな。さすが、ずっと一緒に旅をしただけあるよ。
あのゴーレムは、マーリンですら完全には解明出来なかった。
今ある模造品も、おそらくはこうだろう……と、仕組みのほうを再現したもので、外見はそれなりに違う部分も多い。
つまり、あのゴーレムは、マーリンでさえ手に余る魔術によって作られた……と、そう考えていいだろう。
これを大雑把に解くと、あのゴーレムは、マーリンの魔術よりもさらに複雑で、高位のものだ……と、そうすることが出来る。
だから俺達は、あれはマーリンでさえ破壊出来ない可能性が高い……と、そう仮定した。
けれど……
「理解が難しいこと、より高度な技術であることは、それを打ち倒せない理由じゃない。きれいに解体しなくたって、力ずくで壊しちゃえばいいんだから」
「そうだな。そして、君ならばそれも可能だろう……と、我々は意見を同じくした。どうだろうか」
あの魔術は難しいかもしれない。理解して、ちゃんと分解するのは無理なんだろう。
でも、魔術師としてのこだわりを持たないマーリンなら、やりかたを選ぶ必要もない。
少なくとも、纏っている硬い岩の装甲を破壊してしまえば、危険度はぐっと下がるハズだ。
そして、マーリンの火炎魔術なら、岩石だろうとなんだろうと、まとめて粉砕するだけの威力が備わっている。
そういう根拠で、俺もフリードも、ゴーレムの破壊そのものは不可能じゃない……と、そう思った。
けどそれは、あくまでも素人考え。マーリンに不可能なんてない。って、押しつけに等しい期待を込めた願いみたいなものだ。
だからこれを、ちゃんと本人に聞いてみる。
分解は出来ないのか。それでも、破壊は出来るのか。あるいは、破壊すら出来ないのか、と。
「……えっと……うーん。壊すだけ……なら、出来るよ。だって、岩も燃やしたらボロボロになる……から。だから、僕なら壊せるよ」
「……ふ。本来、岩石を破壊するだけの火力など、人の手には余るものなのだがな。それでも、君ならば実現出来る……と」
ふん。と、一層大きな鼻息とともに、マーリンは力強く肯定した。
魔術を完全には解明出来なくても、物理的な限界によって破壊することは出来る。なんと単純で、なんと恐ろしい自信だろう。
「……でも、壊さないほうがいい……よね? まだ、魔獣を倒せるようにはなってない……から」
「うん、そうだね。そっちが解決しないことには、あの山では問題を起こすべきじゃない」
さてと。ちょっと勇気の出る返事をして貰ったところで、しかし冷めた現実が襲いかかる。
結局、魔獣の問題が解決しないから、あのゴーレムには手を出せそうにない。そこがなぁ……
「……それなのだがな。模造品を前にして、ひとつ思いついたことがある。リスクはもちろんあるが、まずはそれが可能か否か……という点から確認したい」
「ゴーレム魔術を見て何か思いついたのか? なんだよ、そんなのあるならさっさと言ってくれればいいのに」
本当に今しがた思いついたのだ。と、フリードは困った顔をして、しかしちょっとだけ自信ありげに、その思いついた作戦を説明してくれる。
「泥人形を破壊し、そのうえで、こちらで制御可能な代替品を設置するのはどうか。見た限りでは、両者のあいだに争いは発生していないのだろう。ならば……」
「……そうか。追い払われてるんじゃなくて、あれがあると知ってるから近づかないんだとしたら。それとそっくりなもの……いや。同じものがあれば……」
あの環境の半分をこちらが掌握すれば、いつか魔獣を倒せる準備が整ったとき、一気に中腹まで駆け上がることが出来るかも。
たしかに、リスクはある。あの魔獣は賢いから、ちょっとした変化を見逃さない可能性も低くないから。
だけど、もしかしたら……とも思える。もしもそれが出来るのなら、状況は一気に好転するんじゃないかって。
「本当に実行するかどうかは、もうちょっと考えなくちゃいけないけど……でも、方針は定まったな」
「ごーれむの魔術を、もっとちゃんと似せればいいんだよね? 大丈夫、出来るよ。任せてね」
おお、頼もしい。えへんと胸を張った姿は、過信でない自信に満ち満ちている。
それに、もしこれが成立したなら……成立させられるくらい似たゴーレムを作れたら。この一件は、王宮へ打ち込む楔になる。
またいつ熱がぶり返すかわからない以上、こっちはこっちで予定があるんだってアピールもしておきたいからね。
そうと決まれば、さっそく……さっそく…………どうしようか。
マーリンは魔術の開発、改良だけど、俺は…………て、手伝えること、あるかな?