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第四百八十三話【知れば知るほど】


「――蠢く石礫(リグール・ラベール)


 食事も済ませ、すっかり目が覚めたマーリンと共に、俺達は建物から離れた空き地へと足を運んだ。

 空き地と言うか……まあ……建物がない部分は全部空いてると言うか……じゃなくて。


 周りに迷惑がかからない、そして変に影響を及ぼさない安全を確保して、例のゴーレム魔術を発動して貰う。

 今日はこれを精査して、山にいる本物とどういう部分を似せたのかの説明を受けてから、こいつの弱点探しをするんだ。


「えっと……あのごーれむは、水と金の属性で動いてるんだと思う。土で作った身体を、いろんなやりかたで制御してるんだ」


「えーと、磁力で動かしてるんじゃないか……って、そういう話だったね。それはわかるんだけど……水は? 見た感じ、ドロドロしてるわけでもなさそうだけど」


 金の属性は別の金の属性でうんぬんと、それはもうまったくわからない説明を山の中で聞いたっけ。

 それを、磁力で動かしている……って、俺はそう解釈したけど。そっちはそこまで間違ってない自信がある。


 でも、水の属性……液体ってなんだろう。

 マーリンが再現してくれた目の前のゴーレムは、動くたびに砂埃が舞い上がって、どう見ても乾燥しきってるんだけど。


「えっとね、表面は、金の属性に引っ張られてくっついた砂なんだ。だけど、中は違うんだよ。ええと……それだけでやってみるね」


 磁力でくっついた砂……えーと……砂鉄ってことかな。でも、見た感じは普通の砂だ。

 それともあれかな、静電気でくっついてる……みたいな話なのかな。

 あるいは、砂鉄じゃなくても、ちょっと磁性があれば巻き取られるくらい強い磁力を帯びてるとか。


 なんにしても、マーリンの語彙ではそこを説明しきれないんだろう。魔術はいっぱい勉強したけど、科学の知識はないままだからね。

 そんなわけで、それを取っ払ったモデルで再現してくれるみたいだ。実演が一番わかりやすくて助かる。


「ええと……こう。こうだよ。こうやって、水が逃げないようにすれば、重たいものでも動かせるんだ」


「こう……って、どうなってるの、それ……? うーん……?」


 わかりやすくて助かる……けど、それでもわかりにくいものはわかりにくい。

 マーリンが指差しながら説明してくれるその標本は、さっきまでとは違う、なんだかドロドロで、スライムみたいな姿だった。


 言霊を唱え直すこともせずに、マーリンは魔術に手を加えた……らしくて、ゴーレムはあっさりとその姿を変えた。

 その変化は、身体を作っていると思っていた大きな岩石部分が剥がれ落ち、それを繋いでいると思っていた砂も流れ落ちた……というもの。


 つまり……もう、さっきまでとはまったく違うものがそこにあって、それで説明を続けられると……混乱するばっかりで……


「……あ、えっと……うーん? もしかして、そのドロドロが本体……ってこと? その中に何かがあるんじゃなくて……」


「うん、うん、そうだよ。あのゴーレムも、ちょっと形は違うかもしれないけど、これと同じものが中にあると思うんだ」


 まったく違うものだとしたら、マーリンは別の術を唱えるし、そもそも説明を続行しない。

 そういうメタ的な前提で考えると、ひとまずそれらしい答えに辿り着いた。


 そして、どうやらその考えかたであっているらしい。

 目の前のドロドロスライムが、あのカサカサで砂まみれのゴーレムの本体……とは。


「これは、魔術で水の形を制御してるんだ。えっと……水はね、硬いんだ。空気より硬くて、だから、重たいものを乗せても潰れないんだよ」


「水が……硬くて……硬水……? いや、そういうのじゃなくて……うーん……えっと、なんか思いつきそうなんだけど……あっ」


 もしかして、油圧ジャッキみたいな仕組みなのかな? と、口を衝きかけたところで思いとどまった。

 そもそもあれの仕組みをちゃんと知らないし、理科の授業で先生がぽろっと言ったのを思い出しただけだから、自信がなかった……ってのももちろん。

 でもそれ以前に、この世界にはまだないだろうから。それじゃ伝わらないだろう。


「わかった、たぶん。水の逃げ場がなければ、小さい力で物を持ち上げられる……んだよね?」


「えっと……? 水は硬いからね、だから……」


 ああ、やっぱり通じない。

 たぶん、マーリンもそれを実体験としては認識してるんだろうけど、知識として言葉で説明するのも、聞いて理解するのも難しいんだ。


「容れ物ではなく魔術によって水の形を制御し、その力で岩石を動かしているのだ、と。その理解でいいだろうか。問題なければ、私達も理解したと受け取ってくれ」


「えっと……うん、そうだよ。魔術で、水の形を制御して、それで重たい岩を動かすんだ」


 わかった? だいじょうぶ? とでも言いたげな目を向けられてしまった……

 大丈夫、わかったよ。それであってるかどうかを確かめる手段がないだけで、わかってるつもりだから。


 あれだ。理科の授業で習った、圧力のやつだ。それぞれの口の広さが違うピストンで、狭いほうから押すと、弱い力でも広いほうがちょっとだけ動く……のやつ。

 広い口から狭いほうへ押すと、力はいるけどすごい勢いがつくってやつ。ほら、水鉄砲の。

 習うだけ習ったけど、実験とかやらせて貰ったわけじゃないから、教科書の図でしかイメージ出来てないんだよ……


 でも、とにかくそういうことだ……として納得しよう。

 重要なのは、それがどういう理屈なのか……じゃないからね。


「だから……えっと……本体は、水……なんだと思う。これをなんとかすれば、ほとんど動かなくなると思うよ」


「ふむふむ、なるほど。えっと……じゃあ、やっぱり炎は有効そうじゃない? 全部蒸発させちゃうとまではいかなくても、水分を減らせれば動きも悪くなりそうに聞こえるよ」


 磁力って聞いて、同じことを思ったんだよね。だけど、それは今朝否定されてしまった。

 マーリンも寝ぼけてたから勘違いした……ってわけではないだろう。

 とすると、磁力を奪うことも、水を干上がらせることも難しいくらい岩の装甲が頑丈……なんだろうか。


「えっと……うん、そうだよ。水が減れば、きっと動けなくなる。でも、炎じゃダメ……だと思う。蒸発しても、冷やせばまた水に戻る……から」


「……そうか、なるほど。本来であれば、蒸発した水分は空中に霧散する。だが、この泥人形はその水分を制御して動かしているのだから……」


 蒸発したぶんも含めて、過不足なく制御下に置き続けられるように出来ている……か。

 なるほど、それはまた納得の理由だ。蓋が締まってれば、どれだけ熱しても水は消えてなくなったりしないもんな。


「でも、沸騰させれば体積は膨張するよね? じゃあ、それを押し留めておけなくなったりとか、制御が難しくなったりとかはしないの?」


 蓋があればちゃんと留められる……のは前提としても、しかしそれも絶対じゃない。

 液体から気体になれば、その体積はとんでもなく大きくなる。それこそ、ドラム缶だって爆発させるくらいに。

 いくら形のない魔術で制御していると言っても、そこは変わりっこないハズだ。

 たとえ容れ物を壊すには至らなくても、制御そのものが難しくなる可能性は十分に考えられる。


「えっと……どうだろう。僕の作ったこの魔術は……たぶん、出来ない……かな? えっと……えっとね。蒸発……させなければ、いいから」


「普通なら沸騰する温度になっても、そうさせない仕組みがある……あるいは、そもそもそんなに温度が上がらないように出来る……ってこと?」


 なんか、理科の授業の復習してるみたい。これも言ってから思い当たるものが浮かんだよ。


 そうか。気圧が低いと水の沸点は下がるんだよな。だから、山の頂上だとお湯が百度にならない、って。

 つまり、気圧が……圧力が高ければ、沸点は上がるんだ。


 魔術なら、それを地下深くに運ばなくても出来てしまう……ってことか。ううん……ずるい……


「……でも、僕はずっと制御してるから出来る……けど、あのごーれむもそうかはわかんない。わかんない……は、出来ないわけじゃない……から」


「そうだな。現実的に可能なものならば、そうである可能性を視野に入れておくべきだ。楽観視はするまい」


 そう……だな。ふたりの言う通り、あれはマーリン以上の魔術師が作った可能性が高いんだから、出来ないと思うほうが難しい。


 となると……弱点らしい弱点は、ほかには何があるかな。

 いっそ、凍ってしまうほど温度を下げるのは? ってのも、これもきっと同じ理屈で効果的じゃないんだろうな。

 でも、一応聞いておこう。聞いて……ちゃんと否定されておこう。


 それからも三人で悩み続けたけど、明確な突破方法は思い浮かばないままだった。

 魔獣がやばいから倒すわけにはいかない……ってスタンスだったけど、こっちもこっちで……だな。ううん……


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