第四百七十八話【心残りになりそうなのは】
王宮の説得も、部隊への報告も完了した。
魔獣は倒せない。俺達は山へ向かうべきじゃない。ただ、いつかのそのときを待つために、ひたすら牙を研ぎ続けるしかないんだ。
そのことを理解して貰えて、そのための行動にも移れるようになった。
ようやく、狂った高揚感から抜け出せたんだ。俺達も、みんなも。
「じゃあ、やるよ。みんな、ちょっとだけ気をつけてね。砂が飛ぶからね。目に入ると痛いよ」
でも、肩の荷が下りたわけじゃない。まだまだやるべきことはある。
そのひとつが、山で待ち受ける最初の障害、ゴーレムへの対処を考えること。
たしかに、今はまだあれを倒せる段階にない。だけど、無視し続けていたら、いつかのそのときに解決策がないままだ。
それじゃあ、あとに回した意味がない。大事なその瞬間に失敗しないために、今から出来ることは準備しないと。
「踊るつむじ風」
そのためにはまず、山にいるゴーレムがどんなものかを知って貰う必要がある。
かと言っても、大勢で現地へ乗り込むのは、魔獣を刺激しかねないから難しい。
そもそも、視認出来る距離まで近づけば、ゴーレムにも何かしらの反応があるかもしれないし。
そんなわけで、今はマーリンが再現してくれる魔術の泥人形を相手に、各々の感想を言うところから。
どういう弱点があると思うか。どういう脅威になり得るか。見て思ったこと、推測されることを、みんなで話し合うんだ。
「……フリード。ちょっといいか」
「ああ、わかっている」
でも、みんなで……の中に、俺とフリードは今回は含まない。
俺達は俺達なりの答えを出してるから、あんまり口を出すとみんなの思考がそっちに引っ張られかねないもんね。
もちろん、それだけが理由じゃない。
俺達は俺達で、また別の問題に向き合う必要がある。今はそっちに時間を割こうって話だ。
で、その別の問題ってのが……まあ、なんだ。
いつかのための対策だけで許されるほど小さな組織じゃない。そんなに緩い立場じゃない。
となれば、北方への遠征を取りやめにする代わりに、部隊は別の仕事をしなくちゃならないだろう。
お金も人もたくさん使って作られたこの部隊が、役立たずになってしまった……なんて思われないために。
「またもうしばらく、山に調査へ行きたい。ゴーレムの再現度を高めて、その対策をちゃんと考えられるようにしておかないと」
「ああ、その意見には賛成だ。これからの方針をどうするのであれ、直前の障害に対する策を練らぬのでは話になるまい」
部隊は山へは行かない。だけど、別のことで街を守って貰う。それは確定事項だ。
だけど、山にある問題に対して何もしないんじゃ、それもやっぱり意味がない。
今はまだ、マーリンの魔術も不完全だ。あのゴーレムは、本物とはやっぱり違う部分が多いだろう。
それの完成度を高めて、より正確な情報を得つつ、それに基づいた対策を練ること。それがまず第一感。
そのためにも、俺達はまた山へ向かう必要がある。なんにしても、あそこの調査は誰かがしなくちゃならないからね。
それと併せて、いつかへの備えも進めなくちゃならない。
ゴーレムを相手に訓練を……と、それも大事だけど、そればっかりしてたって国は安全にはならないから。
「……理想だけ言ったらさ、誰かがあの魔術を……ゴーレムを使えるようにしたい。そうすれば、マーリンを連れて行っても研究は進むだろ」
「そうだな。だが、それが難しいことは君が一番わかっているだろう。となれば……すべきことはひとつ、か」
フリードとは話をした通り、俺達は王都を離れて、また名前を広める活動を……旅の続きをしたい。
以前は冒険者として、これからは勇者として、大勢に希望を――魔獣と戦うことへの憧れを抱いて貰うんだ。
そりゃ、魔獣と戦うのは危ないことだ。出来れば俺達だけで受け持って、そんなの誰もやらなくて済むようにしたいってのが本音。
だけど、そんな甘い夢が叶うわけもない。実際、俺達の手に負えない問題が出て来ちゃったんだから。
じゃあ、俺達以外の手も借りなくちゃ。
そのためには、みんなの中から不安を取り払って、期待と希望を与えてあげないと。
となったら、旅のあいだにしてたように、華々しい活躍を直接見せて回るのが一番だろう。
冒険者、あるいは勇者の伝説なんてものが残って、それに大勢が憧れるようになれば、自ずと国は戦う力を手に入れられる。
だけどそれには、自由にあちこちへ行ける環境が必須だ。
でも、ゴーレムもどきを作れるのはマーリンだけだから、研究をするにも、鍛錬をするにも、彼女の力は欠かせないわけで。
「しばらくは俺ひとりで旅をすることになるかなぁ。まあ、ザックは連れて行けるから、目立ちはするだろ。強化魔術がないのはちょっと物足りないけど」
「そうだな、あの力はよく目につく。だが、かの雷光に照らされずとも、君ならば一等の輝きを放てるだろう。そこについては心配していないさ」
いや、どんなに頑張っても無理だよ。全身から青白い電光を放ってることより目立つ要素は俺にはないよ。
ま、大きなフクロウに乗って現れた勇者……って時点で、それなりに目立てはするだろうけど。
「……任せるぞ、マーリンのこと。国のこと、街のことは心配してない。でも、マーリンのことは心配だ。あんなに頼もしくなっても、まだまだ子供なところは多いから」
俺自身のことは心配だけど、自分で頑張ればいいだけだから、そんなに気にしてない。
心残りなのは、マーリンを置いて行かなくちゃならないことだ。
もう大丈夫……だとは思ってる。だけど、その確証はどこにもない。
俺の中には、まだ出会ったばかりのころのマーリンの姿が……ほんの半日ひとりになっただけで、心細さから泣いてしまうような弱さが焼きついている。
まだマーリンの中では、俺は初めて出来た友達だって認識が強く残ってるみたいだから、そのことが気がかりでならない。
もちろん、それを心配しなくてもいい理由、根拠はあるんだ。
月影の騎士団として働いてた頃は、俺達はバラバラに動くことのほうが多かったんだから。
そうでなくても、フリードもいるし、この街にはマーリンと仲良くしてくれる人が大勢いる。大勢の友達が出来た。
だから大丈夫……だとは、思って……るんだけどさ。
「……はあ。子離れ出来ない親みたいな気分だ。いや、子供なんていたことないから、本当にそれかはわかんないけど」
「ふふ、そうだな。たしかに、彼女をひとりにすることには抵抗があるだろう。数日の話でもなく、同じ街に帰るわけでもないとなれば、その憂慮は当然のものだ」
フリードもわかってくれるか、この得も言われぬ不安が。
大丈夫だとは思ってるけど、それはあくまでも、家に帰ればまた会えるって保証があったからじゃないか……って、そう思ってしまう。
旅に出て、いつ帰るかもわからない、もしかしたらもう帰らないかもしれないとなったら……
「……だが、安心してくれ。君は必ず戻るし、君の不在で彼女が涙することを私も許さない。支え続けるよ、どんなときにでも」
「……任せる。たぶん、よっぽどのことがない限りは大丈夫だと思うけど」
俺もそこそこ信頼を勝ち取ったと思う……思いたいから。もう帰ってこないかも……なんて心配はさせないと信じてる。
しかしまあ、こんな話をしたとて、まだ街を離れるような段階にはないんだけど。
もうちょっとのあいだは街で仕事をして、やるべきことをいくらか片付けたら、それからまた山籠もりが始まるんだし。
だからこれは……なんて言うか……今のうちに腹をくくっておこう……みたいなやつだ。
直前になってまだ覚悟が出来てないとなったら、たぶん俺は……マーリンを置いて出発出来ないと思うから……っ。
マーリンたそ……拙者がいなくても元気にしてるんですぞ……




