第四百七十三話【向かい合う】
魔獣の生態について、完全に明らかになったわけじゃないけど、しかしそればかりに注力している場合でもない。
部隊の進行を阻止するべく、山を離れて、三人で王宮へと乗り込むことにした。
とは言っても、まだ直接的な指令は出てないから、そんなに慌てる必要のあるタイミングではないんだけどね。
ただ、先に釘を刺しておくほうが、あとあとの立ち回りが楽になるだろう……とは、フリードの発案だ。
「ザック、ゆっくり休んでてね。お話しすることいっぱいあるから、山へはまだ行かないからね」
と、そんなわけで、これから数日かけて王宮を説得することになるだろう。
本当はあの魔獣について、もっともっと調べておきたいところではある。
でも、最終的にその調査時間さえもなくなってしまう可能性があるから、先に部隊の行動を制限しておかないといけない。
なんて言うか……ずっと思ってることだけど、なんで味方の足を引っ張らなくちゃならないんだ。
せっかく頼もしい仲間が出来て、やる気も満ち満ちてて、とてつもなくいい状態なのに……
「……はあ。王様からも話が行ってると思うから、ちょっとは説得しやすくなってるとうれしいけどな。さて……まずは何から訴えるべきかなぁ」
言いかたは悪いけど、話が通じてない以上、現実を突きつける以外に手段はない。
特区調査殲滅部隊は、まず間違いなくこの国で最大の戦力だ。でも、その部隊を以ってしても、まるで相手にならないような脅威があの山には存在する。
そもそもの話、部隊全ての戦力を百とするなら、そのうちの六十はマーリンが占めてるんだ。
そのマーリンでさえ倒せない魔獣なんて、ほかの誰を連れて来たって、なんの役にも立ちはしない。
俺も、フリードでさえも、足を引っ張らないようにするので精いっぱいだろう。
「ただ言葉で伝えたとて、とても信じては貰えないだろう。少なくとも、これまでに私の言葉が届いた試しはない」
「王様からひと言あったとしても、そこは正直変わるとは思えないよな。じゃあ……目に見えるものをまずは突きつけるしかない、か」
王子の言葉も届かないとは、本当に盲目になってしまってるんだろうな。
目の前もまともに見えてないような相手にすべきことは、嫌でも焦点を合わせなくちゃならないような衝撃を与えること。
つまり、マーリンの魔術によって、あのゴーレムを再現してみせることだ。
山での調査をしばらく続けながら、マーリンにはあれの再現も頑張って貰った。
調査そのものも探知魔術に頼りきりなのに、本当に情けなくなるくらい役立たずだったよ……俺は……っ。
でも、役立たずの荷物持ちがふたりいようとも、マーリンはちゃんと結果を出してくれた。
泥で繋いだ岩の塊を、まるで生き物のように動かしてみせたんだ。
もっとも、本人曰く、これで本当に同じものかはわからない、とのことだけど。
でも、その真贋を見極められる人間は、当然ながら王宮にもいやしない。
もしかしたら有識者に意見を求めるかもしれないけど……そのときは、宮廷魔術師のルードヴィヒさんが出てくるだろう。
あの人は俺達の味方だから、そうなったら儲けもの、だ。
「では、私から声をかけてこよう。議会を招集する権限はないが、しかし私的に話をする場を設けるくらいは出来る。ふたりは待っていてくれ」
「おう、わかった。まあ……俺が顔出すと警戒されそうだしな」
あんなことしてまだ数日も経ってないからね。さすがにいい目で見られないよ。
それに、あの一件はあくまでも俺の独断なんだ……って体を貫くなら、ここはフリードに先導して貰う格好のほうがいい。
王宮で王様にも訴えて、部隊で王子にも訴えて、そしてこういう場が開かれる運びになった……って、そう映るように。
「……大丈夫だとは思うけど、念のため確認ね。ゴーレムの魔術は、とりあえず動かすだけ。戦ったりしないから、えーと……そこの机くらいの範囲をぐるぐるさせるだけだよ」
「うん、わかったよ。でも……いつかはみんなと戦ったりするんだよね? じゃあ、それまでにもっとちゃんと作らないとだね」
ふんふんと鼻息を荒げて興奮する姿も、ここ最近では珍しい……気がする。
でも……そんなにやる気を出して貰って、その結果してることがみんなの足を引っ張ること……だから、なんとも申し訳ない。
それからしばらく待って、フリードからまた声がかかると、俺達はそのまま王宮の奥へ……俺ひとりでは立ち入れないところまで案内された。
その……うん。自分で蒔いた種だけど、周りの視線が痛い。衛兵にすっごい見られてたよ。睨まれてはなさそうだったけど……
「……なんて言うか……日ごろの行いをよくしておいてよかったなぁ……と、こんなふうに感じるのは、あんまりよくないことだよな……と」
「かねてより、勤勉で忠義に厚い、八方に手本となる男だと評判だったのだ。たった一度の行動……それも、悪意の伴わない糾弾では、品位が落ちよう筈もあるまい」
いや、そこまで評価されてたとは思わないけど……あいかわらずお前のその俺への過大評価はなんなんだ。
まあ、商売で繋がった貴族の人からは結構褒めて貰ったし、あっちはかなり明確なプランも提示してるから、相応の評価はされてると思いたい。
「……しかし、その話はまたの機会にしよう。本題はこれから、目の曇った阿呆を叩き伏せることだ」
「口が悪いぞ、マーリンが真似するからやめなさい。まあ、気合入れないといけないのはわかってるけど」
フリードが強めの悪口を言うときは、かなり怒ってる……不足に不満があるんじゃなくて、不届きが許せないときだ。
能力もあって、冷静さも兼ね備えていたハズの人達が、理性的な判断を下していない。その事実に腹を立ててるんだろう。
「揃っているな。では、話を聞いて貰おう。これから私は、特区調査殲滅部隊の一員であり、同時に王子フリードリッヒとしてこの席に立つ。その意味を履き違えるな」
そして、大きな扉の部屋に入ってすぐ、フリードは中にいた全員に向けていきなりそう宣言した。
喧嘩腰と受け取られかねないその言動には、当然みんないい顔をしない。
ここにいるのは、王宮内でも特に力を持つ貴族や政治家だ。
さしものフリードでも、圧倒的に上から命令出来るような力関係じゃない。
「これはこれは、本日はいつに増して険しい表情をなさっておられる。部隊の躍進ぶりを鑑みれば、晴れやかな気分になるでしょうに」
もしや、先日の部隊長殿の件でご立腹ですかな。と、誰かがからかうようにそう言えば、部屋の中はちょっと薄気味悪い笑い声で満たされた。
なんか嫌な……いや、違う。バカにする意図とか、見下してるって感じはどこにもない。
ただ、本格的に……うん。これは結構まずいことになってるな。
「ああ。デンスケの行動、その意味を、この場にいる誰もが理解していない事実にこそ、私は心底腹を立てている。どこまで蒙昧なのだ、今の貴殿らは」
「これは手厳しい。ですが……そのお言葉は返させていただきたい。殿下。貴方こそ、これまでの騎士団の活躍と、それを塗り替える部隊の成果を、正しく理解しておられないのでは」
この人達の中にあるものは、どうしようもなく肥大化した楽観性だ。
ずっとそうだとは感じてたけど、こうして向かい合うとよくわかる。この人達は、本当に大丈夫だと思って部隊を進ませようとしてるんだって。
俺達が何を言っても、結局は解決される問題だ……って、そんな認識でしか報告を受け取ってくれていない。
「今の貴殿らに何を伝えたとて、その重篤さを理解することはないのだろう。だが、目の当たりにすれば話は変わる。この場はそのために設けたのだ」
「目の当たりに……では、報告にあった魔獣を討伐してこられたのでしょうか。でしたら話は早い。それこそやはり、特区調査殲滅部隊の力量の証でしょう」
だから、その魔獣がとても倒せそうなものじゃないって報告書に書いたのに……
本当に話をちゃんと聞いてくれなくなってる。やっぱり、これをどうにかするには、ショックを与えて目を覚まさせるしかないか。
「……マーリン、お願い。あんまり物は壊さないでね。でも……」
「うん、任せてね。あのごーれむと同じように、ちゃんと動かすよ」
フリードからも許可が出ると、マーリンはすぐに荷物を開けて、泥や土を床にばらまいた。
その様子を見た貴族は、みんな一様に訝しんだけど……でも、すぐに顔色が変わる。
いつもの風の魔術の言霊を皮切りに、降って積もっただけの土が、まるで意志を持つかのようにうごめき始めた。
その動きは、まさしくあのゴーレムとそっくりだ。
こんなものが山の中に存在する。こんな不自然極まりないものが、意図的に配備されている。
どれだけ目が曇っていようとも、その事実には誰もがすぐに気づいたんだろう。
もう楽観的な笑みは誰にも見られず、怖いくらい冷静な目で、這い回る泥人形を全員がじっと睨みつけていた。




