第四百七十二話【明かされない謎】
魔獣の観察を終えた俺達は、情報共有も後回しで、静かに素早くテントへと戻った。
ひとまず、魔獣に気づかれた様子はなさそうだ……と、それを確認して貰うまでは、生きた心地がしなかったよ。
「では、観察結果を聞かせてくれないか。今までにも魔術で様子を窺い続けてきたのだ、それが目視になったとて大きく変わるとまでは期待していないが……」
「それでも、目で見たからこそ得られるものはきっとある。マーリン、ゆっくりでいいから説明して欲しい」
俺もフリードも、マーリンが見たものを聞くまでは何ひとつとして進歩がないままだ。どうしてもじれったくなる。
だけど、あんまり急かしたっていいことはない。単純に、マーリンはまだ口下手だからね。
「えっと、えっと……魔獣は、思ったより大人しそう……だったよ。えっとね、目がね、違ったんだ。ほかの魔獣に比べると、おとなしい動物に似てたよ」
「目が違う……ふむ。それは、知性が由来なのだろうか。君の言う目というものが、単に眼球を指す言葉でないことは察するところがある。であれば……」
穏やかな眼差しの生き物に見えた……って感じなのかな。それが、おとなしい動物に似ているって表現になった、と。
しかしながら、それって本当にある話なんだろうか? いや、あの魔獣がおとなしいって部分じゃなくて。
穏やかそうな目ってたしかにイメージも湧くけど、それはあくまで印象の話で、実際におとなしいかどうかはわからないんじゃないかな。
たとえば……ほら。ザックは猛禽類にあるまじきのんびりした目つきをしてるし、実際におとなしくて人懐こいけど、それでも魔獣を倒してしまうほど強いわけだし。
「えっと……あの魔獣は、ほかの魔獣とは見てるところが違うんだ。魔獣はいつも、目の前の動くものを見て、それがなかったら遠くを見るんだけどね」
しかし、俺の疑問を解消するように、マーリンは説明を続けてくれた。
獰猛な魔獣は、いつも攻撃対象を探している節がある。つまり、手の届く範囲を見て、それでも見つからなければ遠くにそれを探しているんだそうな。
けれど逆に、おとなしい動物はいつも、先に遠くを見て、それから近くの仲間を見る傾向にある、と。
「……なるほど。外敵を探して、それがなければ仲間の安全を確認する……か」
「うん。だけど……えっと……それが本当にそうかはわかんないよ。だって、あの魔獣はいつもあそこにいるから、敵が近くにいないのはわかってるから」
ああ、なるほど。テリトリーは全体で見張ってるから、近くに攻撃する相手がいないことはとっくにわかってる、と。
じゃあ、最初から遠くの敵を探し求めてても不思議ではないってことか。
「……でも、ちょっと納得だね。あれだけ早くにザックが見つかって、すぐさま攻撃されたんだ。常に遠いところを警戒して、いつでも攻撃する準備が出来てるってわけか」
しかし、おとなしそうだって印象には繋がらないな、聞いてる限りだと。
マーリンはずっと自然の中で生きてたから、野生動物の気性を俺達よりもずっと知っている。
そのマーリンが感じたものと、学校のうさぎくらいしか触れ合ってこなかった俺のイメージじゃ、そりゃあ違って当然だろうけどさ。
「マーリン。魔獣の生態について、もう少し深堀り出来そうな情報……そうだな。食性と……何を食らい、どこで水を得ているのか。それはわかっただろうか」
「ごはんだね。えっと、土の中を掘ってたから……虫がいたのかな? それを食べてるのかも。水は……うーん。湧き水がある感じはなかったから……」
フリードの質問に、マーリンはそれぞれに当てはまるものを思い出しながら答えていく。
餌は地中の虫を主食にしている可能性がある。
水については、流れる音もしないことから、雨が降ったときの水たまりだけで過ごせてしまうのだろう、と。
あるいは、食べるものから水分を得ているとも考えられるけど、どちらも豊富とはとても言い難い環境で間違いなさそうだ。
「だから……えっと……たぶん、すぐに死んじゃうんだと思う。死んじゃって、それを食べて、すぐに増える……のかな?」
「それは……またなんとも、効率の悪い生き物だね……」
増えるのにエネルギーを使わないわけはない。としたら、あの魔獣は時間経過で滅びてくれたり……なんてのはさすがに望み過ぎか?
でも、餌もない、水もない、なのに数だけは多いなんて特徴は、少なくとも哺乳類では当てはめようがない。
虫ならまだしも、あんな猿みたいなやつが…………
「……哺乳類じゃない……のか? あんな見た目で、あんな知能で、あれで実は虫が変性したものだ……なんて可能性があるのかな」
「……ふむ。なるほど、その視点はなかったが……もしもそうであったならば、今聞いた不自然な性質にも合点がいく」
見た目に引っ張られて猿の魔獣だと思ってたけど、もしかしたらそうじゃないのかも。
もちろん、昆虫だったら納得出来るかと言われたらそれは違うけど、昆虫ですらない、また別の……そう、プラナリアみたいなものだと思えば。
もっとも、過酷な環境に強くて、分裂によって数を増やす生き物が元になっていたとしても、あの大きさを維持するための栄養源は必要なハズだから。
結局は奇妙で不自然な生態ってことで間違いないんだけどさ。
「あるいは岩石を食っている……という線はないだろうか。土中にも栄養となるものはある。それを分解、吸収する器官があれば、あの場所を離れない理由にもなるだろう」
「石を食べる……の? えっと……ええっと……うーん。どうだったかな? 食べてたら、きっとボロボロになってるところがあるよね。うーん……と……」
なるほど、土とひと口に言っても、生き物の死骸や枯れた草木が堆積した、肥沃な土壌もあるもんな。
別の生き物の特性があるとすれば、植物の持つ性質を備えている可能性も捨てるべきじゃない。
でも……この反応を見るに、食い荒らされてぼこぼこになった地面や、砕かれた岩壁なんかは見つけていなさそうだ。
そっちをメインで見てはないから、ちゃんと思い出してから答えようとしてるんだろう。
「……うーん。えっと……たぶん、そうじゃないと思う。岩を食べてたら、きっと見たらわかるから」
「そう……か。そうだな。君はこの場所で何度も探知魔術を発動し、魔獣の様子を探っていた。そのあいだに食事の様子を一度も見かけなかった……などという可能性は低い」
じゃあ、見たらすぐにわかるような異変……岩を砕いて食ってる姿なんて、絶対に気づいてるだろう、と。
うーん……となると、あの魔獣は何を食って……ああ、いや。土の中の虫を食ってる可能性が濃厚なんだっけ。で……それでどうしてあのサイズを維持出来るんだろうか。
「……奇妙な生態の謎については、あれを蹴散らし、検体を解剖する段になってから考えるとしよう。ひとまず、あれが泥人形とどう関わっているのかを突き止めるのが先だ」
「っと、そうだったな。えっと……とりあえず、あの場所で生きるのに困ってるわけじゃなさそうだ……ってことは、ゴーレムがいなくても山を下りる可能性は低いのか?」
絶対とは言えないけど、その可能性は高い。
なら、いつかの未来に、ゴーレムを倒して、あいつらと真正面からぶつかる選択肢もありなのかな。
もっとも、今考えるべきはそこじゃなくて、部隊の進行をどうにか食い止める時間稼ぎの作戦だ。
ゴーレムの模造品を作って、王宮に危機感を持たせて、そのうえで対策を考え……てるように見せかける。
で、今回の調査で、魔獣とゴーレムとの関係性が薄そうだってわかったから。
もしも予想より早く部隊が進んで、ゴーレムとぶつかったとしても。それで魔獣を刺激して、街までやって来た……なんて事態にはならない確率が高そうだ、と。
ひとつとして確実な情報はないし、どんなに頑張っても最悪の未来を否定しきれない。
それでも、大丈夫そうな道をちょっとずつ拓いてやろう。そうすれば、きっといつか……




