第四百七十話【堂々巡り】
結局俺は、次の日の朝には釈放された。
反逆とも捉えられるような暴挙に出た騎士に対する処遇としては、あまりにも軽く、不用心なものに見えるだろう。
だけど、それが許された。その決定に異を唱える者が……いなかったとは思わないけど、でも、許諾されたんだ。
王様の計らい、もとい圧力による部分が小さいとは思えない。
けど、それだけじゃない……と、うれしいなぁ。
そうして王宮を出た俺は、真っ先に北方の拠点へ……マーリンとフリードの元へと向かった。
呼んでもないうちからザックが迎えに来てくれたから、本当に一瞬で移動出来たよ。だから、なんで俺の考えがわかるんだよ……
「マーリン、フリード。戻ったよ」
「デンスケ、おかえり。ザックも、おつかれさま」
さて。それじゃあ、ことの顛末をふたりに報告……したいんだけど。
残念ながら、公にしていい話じゃないからね。ふたりの安全を守るためにも、場所を変えないと。
「……む、もう戻ったのか。どうあっても数日はかかると見込んでいたが……ふむ」
「うん、それは俺も同意見。そこの話もしたいから、ちょっと移動しよう。出来れば……そうだな……」
ほかに誰もいない場所……のついでに、やれることをちょっとでもやってしまいたいから。
となれば、ザックにまた山まで運んで貰うのが一番かな。
そんなわけで、到着早々にまた飛んで貰えるかと頼めば、ザックはすっごく嫌そうな顔で、けれど姿勢を低くして、渋々ながらも俺達を乗せてくれた。
ごめんな……でも、お前に頼らないとあの場所へは行けないから……
「……もうちょっとだ。話が決まれば、ザックのこともちゃんと休ませてやれる。もうちょっとだけ、俺達に力を貸してくれ」
心なしか、首元の羽毛もごわごわしてる気がする。最近はあっちこっちに行ってばかりだから汚れたんだろう。
かなりのストレスになってるハズ。これが終わったら、水浴びさせて、丁寧にブラッシングもしてやらないとな。
でも、それは問題が片付いてから。今は目の前のことに集中しよう。
森の中のテントに集まれば、もう誰にも聞き耳を立てられる心配はない。さっさと報告を済ませて、また調査に取り掛かろう。
「結果としては、ひとまず部隊の撤退を約束して貰えたよ。王様に直談判してさ、話を聞いて貰ったんだ。ここにいる魔獣は、今のままじゃとても倒せそうにないって」
まあ、そのやりかたが乱暴だったことはちょっと伏せておこう。マーリンが悪いこと覚えるといけないからね。
うん……本当に気をつけよう。マーリンの場合は、本当の本当にすべてを従わせられるだけの力を振るえてしまう。間違った手本は見せないようにしないと。
「でも、部隊は王様直属じゃないから、命令を出してもすぐには反映されないかも……って。だから、もうちょっと時間を稼ぐ必要はありそうだ」
「ふむ、なるほど。さしもの王も、議会を相手にその決定をひとりで覆すわけにはいくまい。落としどころとしては……そうだな」
管理不届き行きを名目とした、権限の制約、および分割だろうか。とか、フリードはそんなことを悪い笑顔で呟いた。
それは……その……あれか? 俺が無茶苦茶したから、その責任を王宮に押しつけて、弱みを作って無理矢理突破しよう……みたいな話か?
「……なんて申し訳ないことをしたんだと、いつもなら悔やむところだけど。今はそれで大助かりだから、全部終わってからみんなにちゃんと謝ろう」
「実情が知れれば君を責めるものなど残らないだろうがな。むしろ、身を挺してまでよくぞと称えられるべきだ」
いや、そこまでは望んでないけど……まあ、無茶の代償は出来れば小さくなって欲しいなと思ってるよ。
けど、それはちゃんと予定通りに進んだらの話。
俺達が時間を稼げなくて、王様の策が実る前に部隊が山へ入るようなことになれば……
「とりあえず、魔獣の性質についてだけ報告してきた。で……あのゴーレムについてはまだ伏せてある。こっちは調査を止めなくちゃならない言い訳に使えそうだったから」
でも、冷静に考えてみれば、王様には打ち明けてもよかったのかな……と、思わなくもない。
ただ、王様も立場が立場だから、知ってる情報をあえて隠して議会を相手するわけにもいかないだろう。
ましてや、国防の要となりつつある組織の安否にかかわる問題だ。なら、まだ不確かな情報は渡すべきじゃない……のかな。
「ふむ。その判断はおおむね正しいだろう。現状、王はこちら側に味方していると思っていいが、しかしそれがたしかなものでない以上はな」
「……場合によっては、王様相手にも言い訳をしなくちゃならない……か。まあ……そういうふうにも考えられるか」
俺の話を聞いてくれたし、事情もわかってくれた。でも……王宮の暴走を食い止められていない現状もまた事実。
浮き足立った議会や貴族に阻まれて、正しい情報を得られていない。今の時点では、王様もどちらに転ぶかわからないと考えるべきなんだろう。
「しかし……であれば、昨日の練習は無駄にならなさそうだ」
「うん、そう……だ……ね? そうなの? えっと……」
おや。昨日の練習……とは、いったいなんだろう。
そんな俺の疑問よりも前に、当事者なんであろうマーリンも一緒になって首をかしげてるから、フリードはちょっと困った顔で笑っていた。
「君が王宮へ向かっているあいだ、こちらでもやれることはないかと模索していたのだ。その折に、あの泥人形を模倣出来ないものか……と、マーリンが試してくれてな」
「ゴーレムを……そっか。あれが魔術なのかどうか、まずはそれを判断するところからだもんな。で……模倣……再現出来て、それが同じものだってわかれば……」
今の段階で魔術かどうかすらわかってないから、まったく同じものは出来ないだろう。
でも、似たものを作れれば、それにどう対処するかを考えられる。
あるいは、マーリンならその造りの弱点を見つけることも出来たりして。
「時間をかける必要があるのならば、なおのこと目に見える成果が重要だ。ならば、王宮に危機感を持たせる催し物としてはうってつけだろう」
「……なるほど。ゴーレムを複製して、こんなのがうじゃうじゃいるんだ……ってアピールすれば、いくらかは冷静になって貰えそうだ」
それでも止まらないなら、じゃあこれを相手に実践的な訓練をしよう……とかなんとか言えば、もうちょっと誤魔化せそうだ。
たとえが実物とどれだけ違っても、マーリンが組み上げた魔術なら、腕利きの騎士だって簡単には倒せない。
これを倒せるようにならなければ……なんて条件を突きつければ、いくらでも時間を稼げるだろう。
「……と、それじゃあ……本当にあれをどうにかする方法を考えなくちゃな。時間だけ稼いで、だけど何もしません……ってわけにはいかないし」
「無論だ。もっとも、泥人形よりも意識すべき問題が奥に控えているのだが」
っと、そうだ。岩場にいる魔獣とあのゴーレムとの関係性がはっきりするまでは、弱点がわかっても戦うわけにはいかない。
もしゴーレムがあの魔獣を抑える役を担っているのなら、それを排除した途端にあいつらが解き放たれる危険性もあるんだから。
「じゃあ……結局、あの魔獣の生態を調べるしかない……か。とは言っても、ここからやれることはだいたいやったつもりだしな。となると……」
「どうあってもリスクは負うのだ。ならば、一度距離を詰めるほかにあるまい」
まあ……そうなるよな。
幸い、マーリンの探知魔術が有効に働く相手だから、向こうがこっちに勘づく前に逃げられる……とは思うけど。
でも、絶対じゃない。マーリンだって、探知魔術だって、万能だけど完全ではないんだから。
それに、万が一見つかれば、まず間違いなく逃げ切れないおまけつきだ。これはもう……リスク、大き過ぎないか……?
「魔獣に近づくんだね。じゃあ……あっち。あっちから登って、森の中を進んだら、魔獣がいる場所に近づけるよ」
「……ふむ、そうか。この森は上部にまで続いているのだったな。やつらが岩場を離れないのであれば、森の中から様子を窺うことも可能か」
でも、それだけ大きなリターンも望めるなら……しょうがないか。
幸い、今日はまだ日暮れまで時間がある。今から出発すれば、ちゃんと明るいうちに到着するだろう。
そんなわけで、荷物を最低限だけ持って、俺達は険しい山道を登り始めた。
行きついでにザックに声をかけておこう。また何日かは自由にしてていいぞ、って。はあ……




