第四百六十八話【暴挙】
魔獣を倒すことは出来そうにない。ゴーレムの正体を突き止める手立てもない。
だったら、この状況でやるべきことはひとつだ。
何よりもまず、部隊を食い止める。何もわかってない危険地帯に踏み込むような馬鹿な真似をやめさせる。
そのためには、熱気に浮かれた王宮を説得するしかない。いや……最悪の場合、脅迫じみた手段も……
そのために、一度山から引き上げて、マーリンとフリードは北方の拠点に残ったまま、俺ひとりが王都へと戻った。
部隊は王宮に所属していて、俺達はあくまでもそこの部隊員だ。だから、こんなことをすれば反逆の意図ありとみなされかねない。
だから、それで罪に問われる可能性があるなら、この役は俺ひとりが背負えばいい。
いつかの未来にあの山の問題を解決するなら、マーリンとフリードの力は欠かせないからね。
それ以前に……こんなのでも、隊長なんだから。
だったら、責任を負うべきは俺だろう。
「――どうか、国王陛下への拝謁を。緊急事態です。急ぎ、陛下にご報告せねばならない事態が発生したのです」
ザックに乗って王都へ戻り、そのまま王宮へと向かって、隊長の立場では進めない先への立ち入りを求める。
王様とは何回も話をしたことがあるのに、その権利自体は持ってない。不思議な感覚だけど、理屈としては納得してる部分だ。
だから、顔見知りの役人さんに頼み込んで、なんとか仲介をお願いする。
でも……みんなちょっと渋い顔をして、今はそれを叶えられないと断られてしまった。
無理もない話だけど、いくら王宮の役人だって、王様の予定に割り込む権限は持ってないんだ。
それだけの力を持ってるとすれば、それこそ俺じゃ話も出来ないような高級役人になってしまう。
だから、本来ならフリードの力を借りなくちゃいけないんだけど……フリードは無関係だって演出をするためにも、俺がひとりでなんとかしないと。
「どうかお願いします、一刻を争う事態なのです。この国の一大事になりかねない、緊急の問題が見つかったのです。どうか、陛下にお取次ぎを」
「そう申されても……私では、陛下への拝謁など叶いませんから」
なら、それを叶えられる誰かを紹介してください。と、そう食い下がっても、みんな困り果てるばかり。
しょうがない。これもやっぱり、しょうがないことだ。だって、それをしたら自分がいい目で見られないから。
立場をわきまえない、貴族出身でもない男のことを突っ返すことも出来ない……となれば、その人は王宮内で信用を落とすだろう。
だから、みんなから煙たがられるのは予想出来た。出来たけど、これを通さなくちゃなんともならないんだ。じゃあ……やるしかない。
「……っ。無理を言ってすみませんでした。こちらで解決します」
「ま、待ちたまえ。解決とは、いったいどうやって……」
方法はただひとつ。そもそも、罰を恐れる理由はどこにも残ってないんだ。じゃあ……
「……誰に取り次いでいただけなくとも、私自ら御身の元へ馳せ参じます」
王宮内のルールを破って罰を受けることくらい、今更なんの障害にもならない。
そもそも、罰は受ける前提でやってるんだ。もうこうなったらやけくそだ……じゃないけど、ここへ来てルールに阻まれてる時間はない。
そんなことを告げれば、当然みんなから制止された。それはいくらなんでも不敬だ、やめておきなさい、と。
でも……それ以上の干渉をしないこともわかっている。
そのとき話していた役人さんと別れて、俺はそのまままっすぐに玉座の間を目指した。
場所は……きっとわかる。なんだかんだで覚えてる。でも……その道のりには衛兵がいて、簡単には通して貰えないことも知っている。
じゃあそこは力尽くで……とは、さすがに無理がある。
ルールは破る。でも、だからって暴漢になるわけにはいかない。
でないと、王様と話をするどころじゃないから。あくまでも理性的であるようには振舞わないと。
じゃあどうするか……なんだけど……
「……ふー。大丈夫、やれる。お前は……誰よりも強い、勇者だろ……っ」
ドラーフ・ヴォルテガ。と、そんな言霊を唱えたら、身体が強くなってくれればいいのに。
けれどそうはならないから、ただひたすらに、人間の力だけで思い切り廊下を駆け抜ける。
幸か不幸か、フィールドワークのために軽装だったから、警備に当たってるどの衛兵よりも身軽で動きやすい。
制止の言葉も振り切って、追い迫る足音を置き去りにして、長い長い廊下を、誰よりも速く突き進んだ。
「待ちなさい! こら! 止まれ! これは重大な――」
「――止まりません! わかってます! 無茶やってるのは! だけど、どうしても止まれないんです!」
足、本当に速くなったな。これもやっぱり、身体の限界を超えた運動をしちゃってるのかな。
でも、今はそれでいい。ありがたい。あとでしばらく動けなくなっても、今捕まるよりはずっといい。
追ってくる衛兵の数はそう多くない。というのも、まだこれが序の口だから。
防御は本当に必要なところに集中させる……ではないけど、これから向かう先、玉座の間の前にこそ大勢の守備がいる。
このやりかただと、そこを抜けるのは難しい……けど……
「止めろ――っ! 誰か、その人を止めてくれ!」
「な、なんだ……? ぶ、部隊長殿じゃないか! いったい何がどうなって……」
うれしい反応だけど、だからこそ罪悪感がすごいな。
すっかり有名人になったもんだ。見張りをしている近衛からも、まさか俺がこんなところでこんな暴挙に出るとは思ってなかったって顔を向けられてるよ。
でも、おかげで隙だらけだ。これなら、あいだをすり抜けて、うまく飛び越えていけば、玉座の間の前の廊下までは行ける。
そこまで行けば……声さえ届けられれば、あとは……
「――っ。見えた」
避けて躱して突き進んで、そしてついに玉座の間の大きな扉を視界に捉える。
その目前を守ってるのは……ふたり。たったふたり⁉ もしかして、部隊編成のために王宮の衛兵まで駆り出されたのかな。
それなのにこんなことして……やっぱり罪悪感……
でも、胸が痛かろうがなんだろうが、今はそれが好都合。
ひとりは身体も大きな、前にも見たことのある人だ。でも、もうひとりは小柄で、どう見てもまだ子供。これなら、扉の目の前まで行け――
「――と――おわぁ――っ⁉」
まだどっちも混乱した様子だったから、そのまま脇を抜けようと姿勢を低くして加速した。
でも、その瞬間に、俺の身体は思っていたよりもずっと高いところからドアを見下ろすことになった。
どうやら俺は、掴まれて投げ飛ばされたらしい。
玉座の間を守る最終防衛線、そこを任される大柄な近衛……ではなく、俺よりもさらに幼い、小さな少年に。
「止まってください。並々ならぬ事情があるとお見受けしますが、陛下の御前での狼藉は見過ごせません」
「……っ。それは……それは重々承知の上です。それでも、届けなくちゃならない言葉があるんです、こっちには」
この子……とんでもなく強いな。力も技も、俺なんかよりもずっとずっと強い。
でもそれ以上に、心が強い。みんな大慌てだったのに、この子だけが冷静で、目的を果たすことだけに注力している。出来ている。
ああ、そうだ。こういう人がまだまだこの国に溢れてるんだ。
時間さえかければ、もっともっとふさわしい戦力を揃えられれば、マーリンとフリードは、きっとあの山を乗り越えてくれる。
だったら、そのための時間を俺が――
「――陛下――っ! 国王陛下! どうか! どうか部隊を撤退させてください! このままでは、我々だけでなく、この王都に危機が迫りかねません!」
もう、ここなら声は届くだろう。じゃあ、どんな体勢であっても困りはしない。
とすると……ううん。止まっておけば投げられなくて済んだな。痛い思いして損した。
扉の向こうへ大声を届けようとすれば、俺を抑えていた少年兵も、駆けつけた衛兵のみんなも、目を丸くして戸惑っていた。
そりゃあそうだろう。稀代の英傑、不可能を可能にする勇者、ここまで負け知らずの部隊長が、こんな弱音を吐くためにあんな暴挙に出てたんだから。
そして……その混乱は当然、扉の向こうにも伝播する。
しばらくすればその大きな扉がゆっくりと開かれ、そして……
「……痴れ者が。イルモッド卿、その男を拘置せよ」
「……っ。はっ! 仰せのままに!」
数人の貴族や政治家に見守られながら、王様が顔を覗かせた。
そして、冷ややかな声で少年に命を下す。そうか、この子はイルモッドって言うんだな。じゃなくて。
「……立ってください。貴方が自分のしたことを理解していないとは思えません。立って、おとなしく連行されてください」
「はい、わかってます。目的はこれで達せられました。罰を受ける覚悟はとうに出来ています」
イルモッド卿に促されるまま立ち上がって、そして別の場所へと連れて行かれる。
誰も俺が逃げ出すなんて思ってないのか、一緒についてきたりはしなかった。信頼……されてたんだな。裏切っちゃって、本当に申し訳ない。
そして俺は、王宮内の一室へと拘置された。
窓も開かず、内側からはどこへも出られない。あの、ドアノブのない部屋へと。




