第四百五十七話【まだ手はある】
山の魔獣を倒せる日は、いつかの未来になるかもしれない。
だけど、そのいつかがちゃんと訪れるように、今の俺達がやるべきことをちゃんとやるんだ。
マーリンと、フリードと一緒に、打てる可能性のある手を全部考える。
魔獣を倒すのは難しい。山そのものをどうにかするのはもっと難しい。そのうえで、何年でも何十年でも時間を稼ぐ方法を。
「……その前に、だよな。森を越えた先、魔獣よりも手前。マーリンが見つけた正体不明の何か。これについての調査を進めないと」
が……そもそもの話、山の魔獣よりも手前にもうひとつの問題があることも忘れちゃいけない。
探知魔術で何かを見つけた……と、マーリンはそう言った。
動くもの。大きさがバラバラで、生き物らしい行動をしていない何か。
あまりにも想像出来ないその正体を、今の段階で突き止めておくべきじゃないだろうか。
「でも……山を登ったら、あの魔獣に見つかるかもしれないよ? そうなったら、僕達だけだと逃げられないし……」
「地上で追われた場合、逃げられないし、最悪の場合は街まで手が伸びかねない。それは絶対に避けないと」
しかしながら、どうしたものか。と、みんなして頭を抱えてしまう。
森の奥を調べようにも、それで魔獣のテリトリーに入ってしまったら。あるいは、あの群れと同じように、異様に知能の高い魔獣が待ち受けていたら。
そのときには、王都をも危険にさらす可能性が高い。それは絶対にあっちゃいけないことだ。
でも、ここにある謎を解決しない限り、山の魔獣を倒せる誰かが現れたとて、それを実行に移すのは難しいだろう。
あの群れがどれだけ厄介だろうと、目前の問題は森の奥にある。これを退かさないことには、見えてる脅威に手をつけることも出来ない。
「……ふむ。ひとつ、気になることがある。君達が見てきた規格外の魔獣……マーリンの魔術ですら倒せぬ魔獣について、不自然な点がひとつあるように思えるのだ」
「不自然な点はひとつじゃ済まない気がするけど……それは、俺達が報告した特性以外にってことだよな? 何か思いついたのか?」
策については何も。と、そう前置きしたうえで、フリードは山の魔獣の在りかたに不自然さを感じたらしい。
そもそも不自然過ぎる存在だけに、当たり前の要素を見落としてる可能性は高いよな。やっぱり、客観的意見を言って貰えると助かる。
「魔獣は遥か上空の君達を見つけ、投擲によって迎撃したのだろう? それだけの知能、そして警戒心を持ち合わせるのならば、他の魔獣も寄せつけぬのではないだろうか」
「えっと……つまり、山の下層にいるのは魔獣じゃない……生き物じゃない可能性が高い……ってことか? いや、でも……」
探知魔術で判明した様子からも、生き物らしくないとは思ってた。もしかしたら、探知の風に吹かれて動いちゃうようなものなんじゃないか……って。
生き物じゃないのなら――脅威じゃないのなら、それはそれで問題はないんだ。ただ、それを調べる方法がないことが問題なんであって……
「いいや、違う。逆だ。それだけの知能があって、非生物が転がっているだけの地点をどうして根城にしようとしない。生き物である以上、縄張りは広げるものだろう」
「……それは……そういう場所に適応した魔獣……だから……じゃ、なくて……?」
思い出すまでもなく、その疑問は俺の頭にも浮かんでいた。
山の中腹は岩肌が露出していて、とてもじゃないけど生き物が生きるには向いていない場所だった。
もちろん、そういう場所にも何かは棲みつくだろうけど、あれだけの数の、それも哺乳類に近い生き物なら、森の資源に近いほうがより好ましいハズ。
「……そう……そうだ。平原に魔獣がいて、岩場にも魔獣がいて、なのに森の中に魔獣がいない……って、そんな探知結果が出て。それはおかしいって……」
それでもう少し細かく調べて貰ったら、森を抜けた先に動く何かがある……って、マーリンが見つけてくれたんだ。
そうだ。前提として、森の中には何かがいると認識していた。そうじゃなければおかしいと、常識としてそう判断していた。
常識外れの魔獣が現れたとて、そこはどうやっても覆らない。じゃあ、あの森には、生き物が棲みつかない理由があると考えるべきなんだ。
「毒性の強い植物が多い……とか、水質がすごく悪い……とか? とにかく、あの魔獣ですら生きられないような環境が……?」
「いいや、違う。毒性の強い植物が多いのならば、それを克服した生物が繁殖する。水質が悪ければ、水をあまり飲まなくとも生きられるものが跋扈するだけだ」
どんな環境でも生き物は定着するし、繁殖もする。それが自然の中ならば、当然のこととして。
少なくとも、植物が生えている以上はそれで間違いない。
草すら生えない不毛の大地にも何かは生きているんだ。だったら、この森に何もいないなんてのはあり得ない。
「逆……そうか。あの魔獣の群れが何も寄せつけないから森に何もいないんじゃなくて……」
「ああ、そうだ。森の中に何かがあるからこそ、その群れも山の中腹から降りられないと考えるべきだろう」
そしてその何か……については、魔獣が生き物である以上、敵対するものも当然生き物になる。
風に吹かれて転がるだけの物体だったら、あの魔獣がそれを見抜けないわけがない。やっぱり、自発的に動く何かがそこにはいるんだ。
ということは……だ。つまり、森のほうから近づくぶんには、あの魔獣の群れに探知されない……探知されても、干渉されない可能性が高い……ってことか。
「……だけど、それはあくまでも仮説だ。本当にそうとは限らない。そして……そうじゃなかった場合は……」
「ああ。当然、とてつもなく大きなリスクを背負うことになる。ゆえに、短絡的な判断を下すわけにはいかない」
でも、ほかに何かの根拠を見つけられたら、森の中を調査しても大丈夫な理由になり得る。
じゃあ、その何かを探し出せばいい。幸いなことに、空から近づける距離についてはそれなりに把握出来ているから。その間合いを確保しながら、魔術で調べられれば……
「……デンスケ、フリード。僕、いい方法を思いついたよ。えっと……うん。きっと大丈夫」
「いい方法? 何を思いついたの?」
マーリンならきっと何かを見つけられる……と、そう思った矢先に、本人から提案があった。
もうどこにも落ち込んだ様子はなくて、いつもの溌剌とした笑顔を見せてくれている。これは期待してもいいのかも。
「えっと……森の向こうには、動く何かがいるんだ。それが何かわかればいい……んだよね? えっと……それがわかったら……?」
「あ、えっと……うん、そうだね。ひとまずの最終目的はそこだ。でも、森の中を調べるには、まずあの魔獣がどうしてあの場所から動かないのかを知らないと……」
おっと、どうやら話についていけてなかったみたいだ。
それでも、何が問題でどうして立ち止まっているかは理解してるみたい。そこらへんはやっぱり頼もしい。
それに、俺達がわざわざ悩んでいるのは、あの魔獣の動向を知らないと森に近づけないから、だ。
マーリンは探知魔術で逐一情報を仕入れられるし、そうでなくても森を調べる手段をいくつも持っている。
だから、話を理解してないんじゃなくて、そこはもうクリア出来る確証があるのかも。だとしたら……
「ごめん、なんでもない。森の向こうの何か、それを調べる方法があるの?」
「うん。えっとね、あの魔獣がザックを見つけるのはこの辺りまで行ったときだから……」
変な先入観なんて持たせずに、持ち前の感覚をフルに発揮して貰おう。
俺とフリードが必死になって相談してるのは、そうでもしなきゃ考えられないから。マーリンは、そんなことしなくても答えを導ける可能性があるんだから。
「……ここ。森からもちょっと遠いけど、見つからずに降りられると思う。ここからなら、魔獣がこっちに来ないか、森の中に何があるのか、確認しながら調べられるよ」
「……むう。なんと言うか……我々が悩んだ時間が無駄に思えるほど、明確な答えを持っていたのだな、君は。ふむ……」
「こらこら、変なとこでへこむな。でも……そうだな。自信なくなるくらい頼もしいよ、相変わらず。さすがマーリンだ」
えへへ。と、久しぶりに破顔したマーリンは、それからすぐに調査の方法について説明を続けてくれた。
前回は、動くものを重点的に探した。その結果見つかったのが、生き物なのかどうかもわからない謎の存在だった。
けど次は、別の方法で生き物がいるかどうかを調べてみせる。と、まだやったことのない方法を主張してみせる。
「ビビアンがね、言ってたんだ。土の中を掘る前には、そこに欲しいものがあるかをちゃんと調べるんだって。だから、欲しいものをちゃんと知ってなくちゃいけないんだって」
「そっか……じゃあ、大丈夫だね。マーリンは誰よりも多くの魔獣と戦った、この国唯一の魔導士だからね」
ふんふんと鼻息を荒げながら、マーリンは任せてねと繰り返す。
その姿は、魔獣を倒せなくて落ち込んでいたときのものとは打って変わって、自信に満ち溢れたものだった。
もちろん、これで全部がうまくいくとは思えない。
それでも、やれることは全部やる。ほんのわずかな前進だろうとも、本当に手詰まりになるまで繰り返すんだ。
あとは……たったひとつの問題さえ解決すれば、それで。




