第四百五十三話【増え、塞がる】
奇妙な魔獣の群れがあることを伏せたまま調査を進めるわけにもいかないだろう。そう結論を出して、その翌日には部隊のみんなに打ち明けた。
つい先日倒したのよりもさらに規模の大きな群れがあって、こっちは個体そのものまでかなり厄介そうだ、と。
それに加えて、山のふもとから続く森を越えた先に、探知魔術では正体を突き止めることも出来ない奇怪な反応が見られたことも伝えた。
こっちについては、フリードでさえもかなり神妙な面持ちになったくらいだ。
現状、俺達の前に立ちはだかる問題は、基本的にはこのふたつ。
けれどそれは、このふたつを越えた先に、また新たな、かつ想像も出来ないような障害が待つ可能性も示唆している。
少なくとも、平原の群れを倒す段階では、まさか山の中にそれ以上の群れがいるなんて思いもしなかったから。それと同じことが起こると覚悟すべきだ。
しかしながら、そんな先行き不透明な実情を説明してなお、部隊の士気は下がる気配を見せない。
みんなやる気に満ちていて、未知の障害だろうとなんだろうと、きっと突破するんだ……と、気合十分だ。
それ自体はうれしいこと……なんだけど。
そうなってる理由……原因が、熱気に浮かれて冷静さを欠いているから……だから、どうにも喜べやしない。
やっぱり、俺達でなんとかするしかない。
幸いなことに、まだしばらくは猶予がある。平原に拠点を作って、それから山のふもとにまで道を繋げて、また新たに簡易拠点を作って……と、やることが多いから。
このあいだに調査を進めて、森の向こうの奇妙な何かも、魔獣の群れも、全部わかったうえでの行軍にしてやる。
と、そう息巻いたはいいものの……
「……だめ、ザック戻って。もう気づかれてる。ちょっと離れて、また落ち着くまで待とう」
また、マーリンとふたりでザックに運んで貰い、上空から様子を窺おうとしたんだけど。
困ったことに、どうやら魔獣は、この距離でもこちらの存在を探知してしまうようだ。かなり目がいい……だけじゃないな、これ。
「上から攻めて来られるって知ったから、ちゃんと警戒するようになったってことか。やばいな……だとしたら、あそこにいる魔獣は……」
かなり頭がいい。猿みたいな見た目通り、獣とは呼び難いほどの知能だ。
前回、上空に向けて石を投げた……石では迎撃出来ないとわかるや否や、また別の手段を講じたところからも、なんとなく察してはいたけど。
ここの魔獣は、下手をすると人間に迫るほどの賢さを持ち合わせているかもしれないぞ。
「しまったな。こうなっちゃうなら、前回でもっと踏み込んで調べておくべきだったかも。これじゃあ下から近づいてもすぐに気づかれかねない。しかもそうなったら……」
今はザックに乗っているから逃げられてるけど、地上で追われたら逃げ切れる可能性はかなり低い。
前は空高くにいるザックを引きずり下ろすために、同種の仲間を上空へと投げ飛ばす……なんて荒業をやってのけているんだ。
それを地上でやられたら、逃げる先に簡単に先回りされて、ザックに回収して貰う暇もなく囲まれてしまう。
そうなってからじゃ、マーリンの魔術で一掃するのも難しい。山を登って近づくのは不可能になってしまったと考えるべきだろう。
「……うん、もういいよ。ザック、ゆっくり……今度はあっちから近づこう。たぶん、そっちも警戒されてると思うけど……」
「そうだね。警戒されてない方向があれば御の字。なければないで、そういうものだって現状をちゃんと確認すべきだ」
マーリンが示したのは、今まで近づいていたのとは別方向……南からではなく、やや東側に回り込むようなルートだった。
もちろん、あの魔獣が上空を警戒しているのならば、少し向きが変わった程度じゃ簡単に見つかってしまう。それはもう承知の上だ。
でも、ちゃんとあいつらが上空を意識しているのかどうかを確かめる意味はある。
たとえば……音や匂い、あるいは影なんかで判断している可能性を考慮するためにも、いろんな方法で近づいて、どんな反応を見せるかを観察すべきだから。
「うっかり一方向しか見てない……なんて間抜けなことがあったら助かるけど……さすがにそれはないよな」
しかし困ったことに、魔獣が棲みついてるのは中腹の岩場。つまり、上方を覆い隠すようなものがいっさいない場所だ。
ザックは大きいし、見つからないと想定するのは無理があるよ。
「……見つかった、ザック戻って。ううん……」
「今度はかなり早かったね。としたら……さっきので警戒心が増してるか、それとも……」
東から近づくほうが見つかりやすいか、どっちだろう。
今は……まだ昼よりも前だから、太陽を背にしながら近づいたことになる。つまり、ザックの影が早い段階で魔獣の視界に収まった可能性は高い。
それ以外にも、今日は風が東から吹いてる……とか、そういう事情があったら、それも理由になるのかな?
ザックの上にいると、風が吹いてるかどうかもわからないんだよね……
「……デンスケ。あのね……えっと、戦わない……けど、試してみたいことがあるんだ。ううん、違う。試さなくちゃいけないと思うんだよ」
「試さなくちゃいけない? うん、何? この際、やれることは全部やっておこう。状況が悪くなると、調査に行ける回数も減りかねないからね」
いや、状況がよくなると……か。ううん、なんで味方の進捗が芳しくなると困るんだ、ちくしょう。
と、そんな泣き言は後回しにして、マーリンの言う、試さなくてはならないものについて、ちゃんと耳を傾けよう。
「ちょっとだけ、攻撃してみる。そもそも、あの魔獣は倒せるのかな……って。それが気になるんだ」
「倒せる……のかな? えっと……まあ、それは……倒せるんじゃない……?」
倒すぶんには倒せるけど、倒しきるのが難しくて、倒しきらずに部隊を進める事態を避けたい……って話であって。
マーリンの魔術で倒せないとなったら、それはもう生き物じゃない。あんな火力で焼かれて死なないのは、たんぱく質で出来た生き物としておかし過ぎるよ。
「嫌な感じがするんだ。前にね、見たときに、ちょっとだけ変な感じがしたんだよ。それが……ううんと、えっと……」
「言葉にはしにくい、感覚的に気持ち悪い要素があった……と」
言われてみれば、前回の調査を終えて、マーリンはあの魔獣に、かなりの嫌悪感を向けていたっけ。
俺はそれを、安全圏であるハズの上空にまで攻撃してくる魔獣だから……だと、そう思ってたけど。もしかして、それだけじゃないんだろうか?
「デンスケ、ちょっとだけ危ないけど、ちゃんと守るから任せてね。ザック、ちょっとだけ速く飛んで。一気に近づいて、倒したらすぐに逃げよう」
ほろ。と、返事をするや否や、ザックは猛スピードで……は、速……怖いって……っ。
でも、ぎりぎり俺が振り落とされない速度で、山の中腹へと一気に近づいた。
魔獣からの反撃は……もうすぐにでも飛んでくるだろう。でも、その前に……
「――燃え盛る紫陽花――っ!」
マーリンが炎の魔術の言霊を唱え、石つぶてが飛んでくるよりも前に、火炎が岩場を飲み込んだ。
こんなの食らえばさすがに……と言うか、この一発で全滅したのでは……?
「……でも、かなり威力を抑えたね。そうしないと、あとで登るときに大変だもんね」
「うん。やればあのあたりを全部燃やせちゃうけど……でも、そうすると登る道がなくなっちゃうから」
マーリンの火力だと、岩まで砕けて砂になっちゃうんだよね。そうなると、とてもじゃないけど登山道にはなりっこない。
ちゃんとそこまで想定しての加減をしてくれた……にしても、やっぱりとてつもない威力なのは間違いないから。
少なくとも、これで反撃するだけの体力は奪えたハズ。これでゆっくりと観察を……
「――っ! ザック! 逃げて!」
珍しくマーリンが声を荒げると、ザックはそれに応えるように身をひるがえし、大急ぎで山から距離を取った。
もしかして、今ので本当に倒せなかったの……? と、疑問を抱く暇もなく、容赦のない現実が俺達を襲う。
「――ば――かなのかよ、こいつら……っ。頭おかしいなんてレベルじゃない……生き物として……」
見えたのは、空を飛びながら迫り来る魔獣の姿。投げ飛ばされて、その後の生存なんてこれっぽっちも考慮していない、文字通りの捨て石となった怪物の姿だ。
その肉体は大きく焼け爛れ、もう生きているのかどうかもわからないような、そんな損壊状態だった。でも……
そいつの腕は二本じゃなかった。けど、焼けて落ちて一本になっているんじゃない。
腕が焼け落ちたところから、もう二本伸び始めている。いや、それだけじゃない。頭も、胴も、何もかもが……っ。
それ以上の観察をする時間は与えられなかった。それでも、俺もマーリンも互いに顔を真っ青にしてつき合わせた。
あの魔獣は、生き物として壊れたところからまた新しい個体を生み出していた。あるいは、分裂と呼べる現象だったのかもしれない。
それが意味するところは……つまり……倒しても、倒しても……




