第四百五十二話【だんだん狭まる道を】
山には奇怪極まりない魔獣がいて、それよりも手前にはもっと謎の多い何かが存在する。
そのことを報告書にまとめ、王宮に提出した俺は、大急ぎでフリードの元へと向かった。
マーリンが先に説明してくれてるけど、彼女だって問題のすべてを理解出来てるわけじゃない。
ひとりでも多く、ひとつでも多くの情報をもとに、対策を立てて……いや。対策を立てるための手がかりを探さなくちゃ。
「マーリン、フリードとはもう話せた? 話せてたら、どこまで説明したか軽く教えて欲しい」
「デンスケ。えっと、山に魔獣がいて、森の向こうによくわかんないのがいて、でも、山に行くまでは大丈夫そうだよ……って」
うん、じゃあ全部だね。たどたどしい喋りかたはまだちょっと残ってるけど、マーリンもずいぶんとこういうことに慣れたものだ。
しかし、かわいい子供の成長を見守ってる場合ではなくて。それなりに急ぎの案件だから、さっさと本題に入ろう。
「また厄介な問題を掘り起こしてくれたものだ、君達は。まったく、心より感謝するよ。もしも知らずに部隊をぶつけていたら、いったいどれだけの被害が出たことか」
「それについては俺もぞっとしたよ。まさか、平原よりずっと狭いところに、それと変わらないだけの数が群れを作ってるとか」
シャレにならないって言うか、そんな可能性があるとはこれっぽっちも想像してなかったよ。
もちろん、あの大きな群れよりも厄介な危険が待っているだろうとは覚悟してたけど、そういう方向性だとは考えもしなかったし。
「……で、ふたりしかいないところを見ると、まだみんなには打ち明けるべきじゃない……ってことでいいか? それとも、まだこれから説明するつもりだった?」
「ふむ……それもどうしたものかな。君は伏せるべきだと思ったのだろう。ならばその通りに……と、権限に従うことも出来るが……」
それが君の望みではないだろう。と、フリードはそう言うと、困り果てた顔で喉を掻いた。
隊長の決定には従う……と、そんな定型文が欲しいわけじゃないのはさすがにわかってるな。と言うか、俺の決定にそんな強い力があって貰っても困るんだよな……
「……伏せるべきだとは思う。だが、打ち明けざるを得ない状況が迫っている……と、そうするほかにあるまい。君達が山の調査へ向かったことは皆に知れているわけだから」
「そう……だよな、やっぱり。これでなんの収穫もありませんでした……だって不自然だし、なんの説明もなしにだんまりはもっと不信感を買う。言わなくちゃ……か」
俺もフリードも、ここへ来てこれまでのやらかしを後悔した。
もう一手前、あの群れの調査の段階で、みんなに早く打ち明けて、不信感を持たれないようにしていれば、と。
もちろん、俺達だけで調査を進めて、不確定な部分の多い情報を隠すことには、利点もあるし、筋も通ってないわけじゃない。
そのことはみんなも理解してくれるだろうし、不満があってもそれを文句としてぶつけはしないだろう。
けど、あれもこれも全部内緒で、俺達だけが勝手に先の問題を進めて、情報を独占している……と思われるのは、部隊の統率をとるうえで障害になりかねない。
みんな本当に優秀な騎士だから、自分で考えて、自分で納得しなくちゃ剣を振るわない。
言われるがままに戦うだけの駒なんて、部隊にはひとりとして存在しないんだから。
「どっちにしても、王宮にはもう報告しちゃったからな。遅かれ早かれ……ではあるけど。しかし、説明したとしてさ……」
それで……結局、部隊とは別行動の俺達が調べる以外に選択肢はないわけで。
納得はして貰うしかないとしても、問題なのは、俺達の調査があまりに難航すれば、みんなからの信頼を損ねかねないことだ。
「俺ひとりが不満を持たれるだけなら平気だけど、部隊への不信感が高まって、うっかりそれが王宮に聞こえたりなんかしたら……」
「……ふう。頭の痛くなる話だが、まったくないことではないだろうな」
これだけ優秀な部隊を持ちながら、それを持て余し、あまつさえ成果もあげられないとなれば、王宮は俺達の行動に疑問を持つだろう。
それが募れば、いつかはしびれを切らして、隊長だろうと断れないような指令を下すハズだ。
王宮の権力者達は、俺が想像するよりもずっと優秀な人ばかりだ。
少なくとも、これまでに関わったすべての政治家や貴族は、王様や王子相手にも上手に立ち回る猛者揃いだった。
それでも、今の王宮はまともな状態にない。まともじゃない成果を目の当たりにしてるから、どうしても感覚は狂ってるし、熱気に浮かれた状態にある。
そんな状態じゃ、どれだけ優秀だろうとも冷静な判断は下せない。無茶な指示が飛んできてもなんら不思議じゃないだろう。
「結果で示すしかあるまい。どこまで行ったとて、それ以上に味方を納得させ、あまつさえ鼓舞するものはないのだから」
「結局そうなるか……はあ。なんて言うか……最初のころからなんにも変わってないな。立場が変わって、責任は増えたのに……」
旅を始めるよりも前のころから、実力を示す以外の方法でみんなを納得させられないの、どうして……?
いやまあ、生まれが不詳で正体も怪しいやつなんて、結果を出してなきゃただの不審者だからさ。当然なんだけど。
「……ひとつ懸念されることとなれば、ロイド卿の不在だろうな。月影の騎士団と部隊とは無縁ではあるが、しかし完全に断絶された組織というわけでもない」
何かあれば彼を頼っていた、彼に情報を求めた隊員がアテにする先がいなくなってしまったのだから。と、フリードはそう言って頭を抱えた。
そう……だよな。部隊と騎士団とは直接関係ないけど、部隊には月影の騎士団出身の人も、王宮騎士団出身の人もいる。
ロイドさんは、言うなればかつての上司で、組織は違えども頼れる相談相手だったわけだし。
俺が知らないところで、きっとみんなの愚痴を聞いてくれてたりもしたんだろう。
そのロイドさんが、騎士団を離れて、もう何日もすれば王都を出てしまうんだ。
そうなると……ううん。不満が溜まったときのガス抜きが難しい……か。
「でも、だからってロイドさんに残ってくれとは頼めないよな。ずいぶんと小さな組織になっちゃったし、それでいつまでも縛りつけるのは迷惑だ」
ロイドさんの代役を頼めるような人はいない。あの人の代わりなんて誰にも務まりっこない。じゃあ……答えは結局ひとつ、か。
「明日、みんなに直接説明する。そんで、そのまま俺達だけでまた調査に行ってくる。しばらくは拠点設営で時間も必要だし、そのあいだになんとかするしかない」
「また山に行くんだね。今度こそ、あの魔獣も、森の向こうにある何かも、ちゃんと調べないと。任せてね」
ふん。と、張り切って応えてくれるマーリンの頼もしさが今は唯一の希望だ。
調査に出向くとは言ったって、結局俺に出来ることは少ない。マーリンの探知と、そして魔術の知識だけが活路だ。
「では、私もしばらく王宮へこもろう。連中に楔を打てるとすれば、私だけだろうからな。奇妙な気を起こさせぬよう、十分に目を光らせておく」
「はは……頼もしいけど、あんま無茶苦茶はするなよ……? みんなちょっと浮かれてるけど、だからってストレスを感じないわけじゃないからな……?」
王子が直接なんか言いに来たら、さすがにビビるだろうしな。
もっとも、ちょっとビビって貰って口を出させないようにするのが目的だろうから。その……こう……政治的な脅迫みたいなことにはなるんだろう。
解決策は結局浮かんでなくて、時間をどう稼ぐかという話し合いしか出来なかった。
でも、勢いのままに浮かれ調子で……は、困るんだけど、それでもこの熱量を完全に切ってしまうのは惜しい。なんとかしてプラス材料に転換しないと。
それにはやっぱり、明確な結果を出すしかない。
幸い、平原から山までの道のりは安全だと確認出来てるんだ。なら、山のふもとに拠点を設ける時間も加味して……うん。まだ、もうしばらく時間はある。
そのあいだに、なんとしてもあの魔獣と、魔獣の群れよりも下層にいる何かの謎を解明するんだ。




