第四十二話【聞いて探す】
三日探して見つからなかった湖の痕跡の主を求めて、俺達はそこから一番近い村を訪ねることにした。
最終目的は変わらない、魔力の痕跡を追って魔術師を見つけること。
だけど、それは現状難しい。
ならば。と、策を変えたのが昨日のこと。
痕跡を追うのが難しいのならば、魔術師を直接追えばいい。
それが人である以上、街や村にはかならず立ち寄っているハズなんだから。
「……で。マーリン、ここでも前と同じようにやろう。そうすれば、魔術師として受け入れて貰える」
魔術師として認められれば……こちらも腕の立つ魔術師だと知れ渡れば、同じ魔術師の情報ならいくらか集まってくれるだろう。と、そう目論んでの作戦だ。だが……
「……それで、なんだよな。ひとつだけ懸念……ノイズが混じりかねない条件が残ってるのも事実」
そう、ノイズ。
この作戦は、マーリンが魔術師として受け入れて貰えないといけない。そこは絶対に間違えられない。
そうなったときに、困った可能性がひとつだけ残っている。
いや……そもそも受け入れて貰えないかもしれないってところは一回無視する前提なんだけどさ。
「フリード。その……なんと言うか……」
「……? 私がどうかしただろうか」
困った可能性。それは、ほかでもないフリードの存在だ。
いつか、俺はその名前の大きさを実感している。
マーリンに正体を捨てさせ、人間として街で生きていこうと決断させる出来事があったその日、その場所で。
俺はその時、フリードから貰った上着を身に着けていた。
上着としてではなく、腰布として……だけど。
でも、その腰布一枚で、周りからは俺がただの浮浪者には見えなくなってしまっていた。
文字通り、貴族の威光を借りていたわけだ。
それで……今回は、服だけの問題じゃない。
「フリードは存在感があり過ぎるからさ。このまま向かったんじゃ、どう考えてもこっちで騒ぎになる」
「マーリンが魔術師として受け入れられる前に、貴族の付き人だと誤認されかねない」
まあそれでも、情報収集は行えるだろう。
ただ、それにかかる時間が大きく変わってしまう。
「魔術師のもとへなら魔術師の話が舞い込んできやすい。でも、貴族や王族を相手にはそんな話を持っていかないだろう」
「そうなると、こっちから聞き込みをする必要があるんだけど……」
「……ああ、なるほど。理解したよ」
高い位からの聞き込みは、どうしても威圧感が出てしまうから。
フリードはいいやつだけど、それは立場を置いてきたって知ってる俺が見るからそう感じるだけ。
村の人からすれば、国のとても偉い人が現れたってだけでもう大ごとなんだから。
「では、私はしばらく外で待機しよう。ひとりでも危険が及ばないことは、この数日の間に証明出来たはずだ」
魔獣も野獣も、それに夜風の寒さ自然の厳しさにも負けないとも。と、フリードは頼もしくそう言ってくれた。くれた……けど。
「……あ、いや。そこまではするつもりじゃなくて。と言うか、せっかく友達になったのに、置いてけぼりはな……」
そこまで覚悟決めて貰わなくても……って、思わなくも……
「正体さえ隠せれば問題ない。だから、まずは着てるものをとっかえて、出来れば髪も隠したほうがいいかな」
「金の髪は目立つし、フリードを特定する情報としては一番大きいものだろうし」
「ふむ、なるほど……」
マーリンがやったのと同じことをやればいいと思えば、俺としてはずいぶんと楽な変そうに思える。
だって、服を変えて、ローブで頭を隠すだけでいいんだ。
それこそ、俺が着てるのを貸すだけでもう準備完了ときた。
「……と、そういうわけだから。マーリン、他の人がいるところではフリードの名前を呼ぶのは禁止にしよう」
「愛称で呼んでたとしても、うっかりバレるかもしれないし」
「うん、わかった。じゃあ……えっと……なんて呼ぼう?」
いや……うーん。名前さえ呼ばなければいいわけで、そうなると別の呼び名を決めるまでもない……とは思うけど。
念のためになんか考えておくべきかな。フリード……フリードリッヒ……うーん……
「いや、ならばそもそも呼ばないという選択をすべきだろう」
「私の声を知る人間などはそう多くないが、しかし声を発すれば注目を集める」
「音のするほうを見るのは人の習性として仕方ない部分だろう」
「……そうだね。そもそも、長居するつもりで行くんじゃない」
「情報を集めるだけが目的だから、深く馴染むための準備は必要ないか」
多少怪しまれても、旅の魔術師だという前提があればいくらか誤魔化せる。
少なくとも、他の魔術師の情報を集める間くらいは。
「じゃ、それで行こう。フリードのことは呼ばない。出来れば、人前でむやみに話しかけない」
「そうだな……俺達三人は、魔術師マーリンに仕えるふたりの弟子……って、そんなイメージでどうだろ」
友達だよ。と、マーリンはすっごく不満そうに抗議してきた……けど、そういう話じゃなくってね。
「ああ、私はそれで構わない。デンスケとマーリンの友として、託された役割は完璧に遂行してみせよう」
そういう話じゃないのは、フリードもわかってくれてるから。
助け船……もとい、正しい反応を教えるべく、マーリンの肩をポンと叩いてそう答えた。
「……じゃあ、僕も。デンスケのお願いを聞くのは、友達として当たり前だもんね」
ちょっと重たい気もするけど……まあ、その解釈でいいかな。
マーリンの場合、一切の淀みなくそう思ってそうで怖い。俺が何を言っても従うんだ……って。
でもまあ……今は何を言っても同じように受け取られるだけだろうし。
承諾を得られた部分だけちゃんと確認して……よし。
フリードには着替えて貰って、マーリンにはどことなく凄腕魔術師の雰囲気を醸し出して貰って、三人で村の入口へと向かう。
入り口……なんて大仰な呼び方は似合わないくらい、低くてぼろっちい獣避けの柵しかないけどさ。
それでも、そこを通り抜ければすぐに人の目がこちらを向くのがわかった。
小さな村だからこそ、なおのこと部外者が珍しいんだ。
田舎のじいちゃんばあちゃんも、村の人全員の顔と名前がわかるって言ってたし。
「……ごほん。こんにちは、ちょっといいですか」
さてと。
フリードには出来るだけ控えてて貰う。で、俺達より偉い人として扱う予定のマーリンが前に出るのも変だから。
何をするにも、まずは俺が動かないと。
そういうわけで、一番近くの田んぼにいたおじいさんに声を掛けた。
田んぼ……だと思う、水を張ってるから。ただ、これが稲作かどうかはわからない。
「すみません、人探しをしてるんですが。この辺りに、有名な魔術師はいらっしゃらないでしょうか」
僕だよ。僕も魔術師だよ。と、背後から無言の圧力を感じる。
マーリン……まだ設定がどうとかを理解するのは難しいんだね……じゃなくって。
「魔術師……? さてねえ。見ての通り、こんなに小さな村だから」
いるわけないよと言わんばかりに、おじいさんは目を細めて答えた。
魔術師が学者のような存在だって前提を考えると……なるほどと思わなくもない。
知識を得るにはそれなりに整った環境が必要だ。
この場所がそれに相当するかは……言い方悪いけど、ひと目見ればわかる。
「実は、森の中で魔術を使った痕跡を見つけたんです」
「それがとても……とてもとても、私達の先生からしても素晴らしいものだったので」
「この村のかたか、そうでなくてもここへ立ち寄られてはいないかと思ったんですけど」
まあでも、それを言ったらいきなりけんか腰過ぎるからね。
その部分はお茶を濁して、出来るだけ最短で情報を得るための言葉を選ぶ。
するとおじいさんは、何かを必死に思い出そうとしている……と思われる顔で、小さく唸りながら空を仰いでいた。
「……うーん……お客人はたしかに来たよ。ただそれが、学者様かどうかまでは……」
「本当ですか? その人はいつごろにやってきて、どのくらいで村を出て行ったんですか?」
三日もいなかったよ。来たのはたしか……と、おじいさんは記憶の糸を必死に辿りながら答えてくれる。答えてくれようとしている。
「……もうそれなりに前の話だから、細かい日付は覚えていないねえ」
してくれていた……けど、数日で出て行った部外者の情報なんて、こと細かに覚えてるわけないよね。
でも、欲しい情報はひとまず手に入った……と、そう思っていいのかな。
「つい最近の話でも、ずっと昔の話でもなくて、かつその人がもう出て行ってしまったと」
「それだけわかれば十分です。本当にありがとうございます」
あの痕跡を見つけたより後の話でも、追いかけてもどうしようもないくらい前の話でもなくて、もうここにはいないってことがわかった。
ひとまずの収穫としては十分だろう。
おじいさんにお礼を言って、それからまた村の中へと進むことにした。
もしかしたら、魔術師としての技術を見せて貰った人がいるかもしれないから。
もうちょっとだけ話を聞いて回って、必要があればここにしばらくいさせて貰おう。
そのためには……やっぱり、俺が聞き込みをするしかないね。よーし。




