第四百三十八話【おぼろげな脅威】
現場での決定権は許された。みんなの同意も得られた。
だから、俺とフリードとマーリンだけで群れを相手取る作戦そのものは、予定通りに決行可能となったわけだ。
でも……それが通った理由について、原因については、あまりいいものではない……と、俺はそう思う。
王宮の、王様からも信頼される役人さえもが、俺達の活躍に妄信してしまっている。
魔獣の脅威に日々晒されている騎士のみんなさえもが、その困難を容易く打ち払ってくれると期待してしまっている。
王都に来てどれだけの時間が経っただろう。俺としてはあっという間だった気がするその期間に、俺達はあまりにも目覚ましい活躍をし過ぎてしまった。
驕りじゃない。これは決して、自らの優秀さを鼻にかける傲慢さなどではない。
俺達がやった――やらないといけないと思っていた特別な活躍は、この広い王都でも類を見ないほどのものだった。
そうであるようにと願って努力した甲斐もあって、間違いなくみんなの心に刻み込まれたことだろう。
でも……それがもたらしたものは、あまりにも楽観的な信頼だったみたいだ。
みんなの中にあるべき危機感が、ちょっとずつ、けれど確実に、その光によって蝕まれている。
なんとかしないと。俺達が……そうなってしまう原因となった俺達が、みんなを守らないと。
「……よし。フリード、マーリン。行こう。さっさと調査を終わらせて、出来ることなら遠征の時点では解決可能なものにしてやるんだ」
みんなの目を覚まさせる……のは、無理だ。それはつまり、俺達の特別さをなかったことにするってこと。
そんなことをすれば、特区調査殲滅部隊は解体され、北方の調査に加わる権利も失われかねない。
それじゃあ意味がない。目的は達成しなくちゃダメだ。なら、この妄信はもう受け入れるしかない。
そのうえで、問題を起こさせないためには。そんな方法は、もうたったひとつしか存在しない。
なってしまえばいい。本当の本当に、どんな障害をも蹴散らし、この街に光をもたらす、目が潰れるほどの輝かしい英雄に。
としたら、何はともあれ目の前の問題から。
どんなにすばらしい英雄だろうと、一歩を踏み出さないことには何も成し遂げられないからね。
そんなわけで、俺はフリードとマーリンと一緒に、またしても北方の群れの調査へと訪れていた。
でも、今までとは少し事情が違う。もう、時間をかけてしっかりと調べる……なんて悠長が許されるフェーズではなくなってしまったから。
「ちょっと待っててね。えっと……もっともっと、広い範囲を見てみるよ。時間もかかっちゃうけど、そのほうがいいよね」
「ほう。術の効果範囲とは、あとから変えられるものなのだな。いや……君だからこそ、なのだろう。やはり、私の知識程度ではとても測れないな」
急がなくちゃ。とにかく、みんながここへ来る前に解決策を。と、俺達が焦ってるのを感じ取ったのか、マーリンはなんとも頼もしい提案をしてくれた。
フリードがそれにちょっと驚いた顔をした……のは、本来の魔術はそんな簡単に調整出来るものじゃないから……なのかな?
だとすると、マーリンもマーリンで、この問題を早く解決したい、みんなが巻き込まれる前に全部倒したいと焦ってるんだね。
「えっと、えっと……うん。ザック、お願い。ちょっとだけ手伝ってね」
おや? ザックに手伝って貰うの? と、フリードと一緒になって首をかしげていると、呼ばれた張本人……もとい、張本鳥のザックも首をかしげていた。
こらこら、お前はわかってないとダメだろ。それとも、わかってなくても手伝えるようなお願いなのかな?
「僕を乗せて、ずっと高いところまで飛んで欲しいんだ。そうしたら、ずっと遠くまで届くから」
高く……なるほど? あの魔術って、マーリンを中心に風を起こしてる……のかな?
だとしたら……えーと……だとして、高いところからのほうがいい理由ってなんだろ。
俺もフリードもまったく理解出来ていないけど、ザックはどうやら意図を察したらしい。
ほろ。と、いつものように小さく鳴いて、マーリンの前に背中を差し出した。
「飛ぶときは、見つからないようにしてね。高く飛んでね。ずっとずっと、高くまで」
ほろろ。と、威勢のいい返事をすると、ザックは背中にマーリンを乗せ、ものすごい勢いで空高くにまで飛び上がった。
いつも俺達を乗せてくれてるときには出さないようなスピードで、すぐに視界から消えてしまうくらい。
「……行ってしまったな。ふむ……マーリンもだが、ザックも今だ底を見せていなかった……か。なるほど、連中が過度に思えるだけの期待を寄せる理由もわかる」
「はは……は……今は笑えないな、それも。まったくもって、俺も同じこと思っちゃったよ。マーリンだったらなんでも解決してくれるんじゃないか……ってさ」
みんなが俺達に向けているものを、俺もずっとマーリンに向けていたのかもしれない。そう思ったら、途端に親近感。
でも、今するべきはみんなに感情移入することじゃなくて、今までの自分の無責任さを反省すること。なんなら、それすらも今は余分だ。
「フリード。戻ったら剣の稽古をつけてくれないか。強化魔術だけに頼ってたら、いつまで経っても連携が身につかない。俺が戦えるようにならないと」
「ああ、構わない。剣術については指南出来るほどの腕でもないが、しかし……」
武術と括れば私も君には劣るまい。と、拳を握ってそう言う姿は、誰よりも頼もしい黄金騎士のものだった。
手入れをさぼって、抜けなくなるまで剣が錆びついた……なんて失態は、つまり武器なしでも魔獣を圧倒していた事実の裏返し。
やっぱり、フリードの強さも圧倒的だ。こんなのが味方にいるなら、そりゃみんなの気も緩むよ。
「おっと、ザックが戻ってくる。ちょっと待っててって言った割には早かったな」
「何か不慮の問題が発生した……わけではないのだろうな、彼女に限って。術に関する問題ならば、我々をアテにはするまい」
うーん……悲しいけど、全く否定出来ない。
信頼がどうの以前に、魔術に関する問題が発生したら、マーリンはそれを自力で解決するしかない。
俺やフリードに頼ったところで、魔術の知識はほとんどないからね。
そうこう言っているうちにザックが地上へと戻ってきて、その大きな背中の上からマーリンが姿を現した。
ちょっとだけ興奮気味な表情をしているのは……何かいいことがあったのかな? たとえば、群れの急所を発見した……とか。
「ふたりとも、聞いて。あのね、向こうに……群れの向こうにね、山があるよ。それでね、それで……」
「山……? えーっと……ちょっと待って、地図を出すね。これを出来るだけ正確なものにしたいから、書き加えながら説明して欲しいな」
任せてね。と、元気いっぱいに返事をすると、マーリンはすぐに俺から地図を受け取った。
そして大急ぎで印をつけ始めた……のは、地図の上には何もない地点だ。
「ふむ……ユーザントリア北端には大きな休火山がある……とは、昔から知られている。魔獣の数が多くなって久しいゆえに、伝承のような扱いではあったが」
「そうなのか? えーと……あ、ほんとだ。ここに一応書いてある。でも……それよりずっと手前ってことは……」
山が移動した……? いや、そんなわけはない。たぶん、地図が古過ぎて間違った地形が描かれていたんだ。
それを刷新出来ただけでも儲けもの……だけど、それ以外にまだ見るべきものがありそうだ。
それこそ、マーリンをここまで興奮させるほどの、とても大きな収穫が。
「ここだよ。ここに、大きな山があるんだ。それでね、それで……この山に、すごく大きな魔術の痕跡があったよ。この向こうに誰かいるんだ」
「――っ! 山に……魔獣の群れを越えたその先の、人が住むようなとこじゃない山の中に……魔術の痕跡が……?」
誰かいるよ。と、マーリンはうれしそうにそう教えてくれた……けど。
それは、マーリンが思っているような、今までに出会った大勢の魔術師とは違うもの……な気がした。
この群れを突破した先には、まだまだ大きな障害がある。そう覚悟を決めて進むつもり……だったけど。
もしかして俺達は、とんでもないものを敵に回そうとしている……のだろうか……?




