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第四百三十二話【すべきこと、すべき立場】


 魔獣の群れの問題は、時間さえかければ解決出来るもの……かもしれない。

 個体そのものはそこまでの脅威じゃなくて、かつ群れの習性も少しずつ判明しつつある。

 ザックなら群れから一部だけを切り離して誘導出来ることもわかったから、対処自体は可能だ。


 そうなると問題なのは、やっぱりその群れの規模だろう。

 まだ、俺はその全貌を見たわけじゃない。でも、マーリンもフリードも口を揃えて警戒するくらいだ。ちょっと多い……程度で済まされるわけがない。


 いきなり全部解決するようなすごい手はないけど、それでも不可能とは思わない。

 だから今は、やれることをちゃんとやって、次の調査に備えよう。


 もっとも、そのやることこそが、本来の調査なんだけど。


「――揺蕩う雷霆(ドラーフ・ヴォルテガ)


 マーリンの言霊ひとつで魔術は発動し、俺の身体は自分でもはっきりわかるくらい強化される。

 それを自覚したらすぐに馬車を飛び出して、交戦状態に入った先頭に追いつこう。


 今日は三人での調査ではなく、特区調査殲滅部隊での、活動拠点から近い場所の調査、および魔獣の討伐に来ている。

 いつも通りに部隊を編成して、先頭の騎馬隊が魔獣の群れと接触したのを確認してから、強化魔術を貰ってそれに追いつく。


 結局のところ、拠点作成と未開地の開拓が進まないことには、大量の魔獣の群れの問題に辿り着くことすら出来ない。

 だから、こっちにこそ全力を注がないと。何より、大勢の命を預かってるんだから。


「隊長が出て来たぞーっ! お前ら! 手柄が減る前に叩けーっ!」


「っ⁈ な、なんかのんきなこと言って……いや、緊張でガチガチになってないと、前向きに捉えよう……」


 大勢の命を……隊長だから……預かって……るんだよな?


 俺が合流するのを見るや否や、騎馬隊からは変な激励が聞こえて、それまで以上に張り切った叫び声も飛び出した。

 いや、その……競争じゃないんだけどな。俺が倒してもみんなが倒しても、結局は街のため、国のため、みんなのためになるわけで……


「……負けるかぁ――っ! おらぁ!」


 でも、張り合われたら負けじと張り合っちゃうのってなんでだろうね!

 騎馬隊がすごい勢いで魔獣を蹴散らすのを見ていると、俺も負けていられない! と、剣を握る手にも力が入った。


 力の加減については、もうだいぶ慣れたつもりだ。

 斬れることを念頭に入れて、自分の動きがどのくらいまで制御出来るかも計算して、誰も巻き込まずに暴れられるようになった。

 完ぺきと言えるほどの自信はまだないけど、部隊の精鋭はよほどのことじゃなきゃ自衛してくれるからね。それも込みでなら、もう安心して戦える。


「おらぁーっ! 俺が! 隊長! 一番! 前で! 活躍するんだーっ!」


 安心して……うん。安心し過ぎているかもしれない。頭は冷静だけど、心がヒートアップして身体が止まらないや。


 剣を振るい、魔獣を切り捨て、そして……ひとまず、目の前の脅威をすべて打ち払ったら。

 馬車隊も追いついて、フリードがちょっと呆れた顔でこっちを見ていた。もしかして、声が聞こえてたかな……?


「まったく君は、このような場でずいぶんと楽しそうにするのだな。それを悪いと私が言うことはないが、むしろ君はそれを諫める立場だったと思うが」


「うぐっ……そうだな。なんて言うか、いろんな意味でしっかりと理解してるよ。頭では」


 隊長として、みんなに示しがつかないぞ……って意味だけじゃないな、これ。


 フリードが何かしでかしたときに、それを諫めるのは俺の役目だった。

 そんな機会が多かったわけでもないけど、本人としては印象にあるんだろう。


 だから、そんな俺が立場も忘れてはしゃいでたのを見て、まあ……怒ってるわけじゃなく、意外に思ってるのかな。


 俺だって自分でびっくりしてるよ。魔獣と戦ってて、こんなテンションになるとは、って。


「……自分の思った通りに切れるって、結構気持ちがいいんだよ。王様から授かった剣を、ようやく使いこなし始めたんだな……と」


「実績よりも、自らの成長に歓喜する……か。君らしいな。もっともそれは、君らしくない“らしさ”なのだが」


 俺らしくない、らしさ……とは。言わんとすることはわかるけど、言葉選びが相変わらずだ。


 戦うのが好きだったわけじゃない。成長は喜ばしいけど、それが戦いのためのものじゃあな……って、そんな気持ちはやっぱりある。

 戦わなくて済むならそれに越したことはない。結局、俺は平和な国の生まれだから。そう思ってしまうよ。


 だけど、それでも戦うことを決めたから旅に出たんだ。

 強化魔術があれば魔獣と戦える。マーリンと一緒にみんなを守れる。その喜びに比べたら、戦わなくちゃならない苦悩なんてそこまでじゃない。


「とすると……お前は結構本質的なとこまで見抜いてるんだな。なんか…………気持ち悪いな」


「む……気味悪がられるとは思っていなかったな。旅を共にしたのだ、君の心の内のいくらかは理解していて当然だろう」


 その当然の範囲に入ってなさそうなとこまで知ってる気がするから気持ち悪いんだよ。

 まあ、フリードだって全部わかってるわけじゃないし、そもそもは俺がなんでも顔に出しちゃうせいなんだろうけど。


「さて。しかし、これからどうしたものか。このあたりの魔獣については、どうやらおおかた退治出来たらしい。であれば、拠点設営に取り掛かりたい……が……」


「朝、マーリンも言ってたな。もうそんなに魔獣はいないって。じゃあ、やっぱりここにもキャンプを……っと、そうか」


 ふむ。うーん。と、フリードと一緒になって頭を抱えてしまう。ちょっとだけ困ったことになったぞ。いや、悪いことではないんだけど。


 最初の活動拠点については、かなり工事も進んで、大勢の騎士を迎え入れる準備も出来ている。

 だからこそ、こうしてここまで大掛かりな遠征が出来ているんだ。


 しかし、まだ完成はしていない。残念ながらそれが現状。

 必要な設備のいくらかは不足しているし、拠点を維持する人員についても派遣が済んでいない。


 この状況だと、新しい拠点を作ろう……なんて提案も、たとえ通ったところで、現実にはならないだろう。

 すごく単純に、物も、人も、時間も、何もかもが足りていないんだから。


「あちらの拠点は安全が確保されている、ならばこちらの簡易拠点設営を急ぐべきだ……とは、ならないな。ふむ、どうしたものか」


「安全なところにちゃんとしたものを作ってから……だもんな、さすがに。そもそも、あっちの拠点が完成しないことには、ここまで資材を運ぶのだって一苦労だ」


 足りていないものの中には、拠点の近くで収集した資材を加工する設備も含まれる。

 今は王都で加工したものを持って来ればいいから、大掛かりなものは後回しになってるんだ。


「しばし猶予が出来た……と、そう思うべきか。むろん、哨戒を欠かすことは出来ない。それでも、大隊を動かす必要がないのであれば、私達にも時間が生まれるだろう」


「……なら、またあっちを見に行くべきだよな。さて……としたら、みんなも暇になるわけだし、ずっとは隠していられない……かな」


 前はみんなが休みのときに調べに行ったけど、これからはそうもいかない。

 いつでも出られるように準備してるみんなの目を掻い潜って……なんてのは、無駄な労力だし、見つかったときに不信がられる。

 そういうの、もう許される立場じゃないからね。ちゃんとしないと。


「……でも、あんまり重たく受け止められても困るしな。簡単な説明だけに留めよう」


「それがいいだろう。最終的には皆の力を借りることになるのだ。ならば、不必要に悪いイメージを植えつけるべきではない」


 みんなの力を……ね。それは諦めて、マーリンの力で押し通ろう……って、最初はそんな提案をしてたくせに。


 一回。たった一回だけど、あの調査で得られたものが、フリードにとっても大きかったんだろう。

 これは、なんとかなる問題だ、と。そういう認識に切り替わったんだ。


 そうと決まれば善は急げ。ひとまずの討伐遠征を追えて拠点に戻ってからすぐ、俺はみんなを集めて先の事情を打ち明けた。


 この向こう、より北方には、とんでもない数の魔獣がいる。

 今はまだ調査出来る位置関係にないから、機動力のあるザックに乗って、俺達だけで調べてくるよ、って。


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