第四百二十二話【初交戦】
危険地帯での本格的な調査が始まって、特区調査殲滅部隊は隊列を組んで平原を進んでいた。
この辺りには、魔獣の姿は見当たらない……と、マーリンの探知結果はそう示している。
事実、ここまでは一頭の魔獣とすら交戦していない。目撃情報すらもないありさまだ。
でもそれは、ここが“平原”だから。
背の高い草もそう多くないこの場所には、生き物は住みつかない。水場もなければ、寄りつく理由もそうないだろう。
普通の動物とは常識が違うとはいえ、魔獣も獣。そういう部分はある程度セオリー通りに対処すればいい。
それだけだと困る部分が多いから、わざわざ魔獣なんて呼ばれてるんだけどもね。
さて。そして、ここからは……
「……さっきの探知結果だと、この先には魔獣の巣があるんだよね。部隊はこのまま進行させつつ、今まで以上に警戒して。マーリンも、探知の回数をちょっと増やして欲しい」
「うん、わかったよ。魔獣は動くかもしれないから、ちゃんといるところを知っておかないとね」
うん、そうだね。
それに、魔獣の動き次第では、こっちに気づいているかどうかを知る手掛かりにもなる。
交戦時には優位に立っていたいから、出来ることなら気づかれる前に奇襲したいところだけど……
「……うん、さっきと同じところにいるよ。僕達には気づいてないのかな?」
「だとうれしいね。もし気づかれてるなら、俺が直接戦いたいけど……」
でも、俺は馬車の中にいる。その馬車よりもずっと先に、先行している騎馬隊が魔獣と接触するだろう。
俺は隊長で、隊長は指揮を執るのが役割だから。強化魔術を受ければどんな魔獣も怖くない……って思っても、実際に戦うのはほかのみんななんだ。
みんなももちろん強い。でも、特別な力を持っているわけじゃない。みんな、普通の人間の力を徹底的に鍛え上げただけなんだから。
そして、人間の力は、どれだけ鍛えたって大きなクマには敵わない。武器や道具を使って、それでようやく狩りという形で仕留めることが出来るようになる。
そうだ。真正面から戦ったりすれば、自分よりも大きな動物には、武器を持っていてもあっさり殺されてしまいかねない。
そうならないための訓練とはいえ、物理的な体格差は覆しようもないから。
野生動物相手ですらそうなんだから、それよりももっと獰猛な魔獣の相手なんて、武器があっても危険極まりないことだ。
だからこそ、出来ることなら先手を取りたい。向こうが襲ってくるのを迎撃するなんて形にはしたくない……けど……
「……いた。デンスケ、あそこだよ。もう一番前の人は見つけてるみたい。でも……魔獣もこっちに気づいてる」
「っ。やっぱりそうなるよね。しかも、気づいてて動かないってことは、動く必要のないやつってことだ」
嫌な予感は的中する……なんて言うけど、こればかりは予感じゃない。それなりの経験値から導き出される予測だ。
魔獣の索敵範囲は人間よりもずっと広くて、そいつが逃げ出さなかった例は、ほかの魔獣すら寄りつかないほど強い個体だったときばかりだ。
「――先頭接敵! 交戦状態に移行! 隊長殿、俺達もあがるぜ!」
「っ! 待って! 馬車隊はこのまま前進だけど、先に後方騎馬隊に連絡を! 部隊が縦に伸びてもいいから、魔獣の移動阻止を最優先!」
馭者台から声が聞こえたから、俺はすぐさま指示を返した。
そりゃあ、出来ることなら早く合流して全戦力で戦いたい。でも、これはあくまで護るもののある戦いだ。無茶は出来ない。
俺の乗ってる馬車隊が合流すれば、フリードもマーリンも戦線に加われる。そうなれば、どんな強い魔獣も敵じゃない。
でも、そのために後ろを置いてけぼりにしたり、あるいは部隊を急かして後方に隙が出来てしまったら元も子もない。
大丈夫。魔獣は凶暴で、凶悪で、危険極まりない存在でも、この部隊にいるみんなは強い。
先頭にいる騎馬隊は特に経験を積んだ精鋭を揃えているんだ。そういう隊列を組んだ以上、みんなの力を信じるべきだ。
「……フリード、もしものときは俺が出る。強化魔術を受ければ、馬車とだって並走出来るからな。そのときは……」
「ああ、指揮は任せてくれ。もっとも……本来ならば、そちらの役割を私が背負いたいのだがな」
いやいや、お前がいくらとんでもない強さだとしても、走ってる馬車から飛び降りたら危ないだろうが。
その点、強化魔術さえかかっていれば、俺はそんな無茶も余裕でこなせる。
それに、たとえ着地に失敗して怪我をしたとしても、俺の身体はすぐに治るからね。
「マーリン、広範囲探知をお願い。近づく魔獣がいなければ、しばらくは前の魔獣にだけ集中しよう」
「うん、わかったよ。触れる羊雲」
こうなると、マーリンの探知魔術も必要ない。周りの安全を確認したら、目の前の戦場に集中して貰おう。
マーリンのすごいところは、魔術が関係ない身体能力もやたらと優れていることだ。
誰よりも遠くが見えるし、鍛え抜かれた男達と競っても平気でついてくるほど足が速い。なんで?
そんな優れた視力と観察力を、魔術を挟まずに発揮して貰えば、これまで以上に早く危険を察知出来る。
攻撃の魔術は……ちょっと、こうも大きな部隊だと持て余すけど……
「周りは大丈夫だよ。でも、前のみんなはちょっとだけ大変そう。魔獣がね、おっきくてね、硬いみたい」
「馬上槍が通らない魔獣……か。鱗があるのか、それとも筋肉だけでそんなに頑丈なのか。どっちにしても……」
やっぱり、南のほうで見た魔獣とは桁外れの強さだ。
そんなの相手に、マーリンの魔術で攻撃出来ない……となったら、間接的に活かすしか手はない。
マーリンからの報告を受けてすぐさま視線をフリードへと向ければ、ちょっとだけ呆れた顔をされたけど、力強くうなずいて貰えた。
「――マーリン、強化魔術をお願い。俺が先頭に加わって、一気にカタをつける」
「うん! 頑張ってね! 揺蕩う雷霆――っ!」
ぱ――と、身体に青白い稲光が纏わりつけば、すぐさま身体が変わったんだと理解する。
すごい勢いで進む馬車から飛び降りるのはちょっと怖いけど……大丈夫。これよりもっと速く走るし、それよりもっと速く飛ぶザックの上にも慣れたんだから。
「蹴散らせ、デンスケ。後ろは私に任せろ」
「おう。任せたぞ、フリード」
触れられない距離で突き出された拳に、同じように拳を突き返して、俺はすぐに馬車から飛び降りた。
着地の瞬間に両足が凄くしびれた……のは、どっちだ。魔術のせいか? それとも物理的な衝撃のせいか?
でも、どっちだって構わない。とりあえず、前に進むのに支障はなさそうだから。
「――っうぉおお!」
ぐっ――と地面を強く踏めば、身体が宙高くまで跳ね上げられそうなくらいの反発を感じる。
それを前へ前へと制御して、文字通りに飛び跳ねながら走り出した。
そしてすぐに先頭に追いつけば、マーリンが言ってた通り、大きくて硬い鱗に覆われた、アルマジロみたいな魔獣がみんなに囲まれていた。
「みんな退いて――っ! 俺が――ブチ開ける!」
剣を抜く。その動作に馴染みがなさ過ぎて、そうしようとした瞬間に心臓が凍りつくような錯覚に陥った。
今までみたいに鞘つきの剣でぶん殴るんじゃなく、王様から授かった剣で魔獣を切り裂くんだ。
それをちゃんとイメージしたら……大丈夫。って言うか……
「――なんで今まで鈍器で戦ってたんだ――俺は――っ!」
スラっと鞘から飛び出した剣は、いつもよりもずっとずっと軽くて、振り回し過ぎないか不安になるくらいだった。
そんな軽い剣が通った魔獣の身体は、いつもみたいに重たくて硬い手ごたえも残さず、きれいに両断されて地面に転がった。
こんな……武器って、剣って、こんなにもすごいんだ……っ。
じゃあなんで、俺は今まで鞘をつけたまま殴り続けていたんだ……?




