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第四百二十話【戦う……前に、準備】


 初回の安全確認が終わって、特区調査殲滅部隊は、そのおっかない名前にふさわしい緊張感ある任務に取り掛かり始めた。


 まず、前回の遠征で安全が確保された地点に拠点を設け、そこまでを馬車で移動出来るようにする。

 もっともこれは、騎士団だけの仕事ではなく、工事を受け持つ職人との合同作業になる。

 大工さん達を安全に現場まで護衛すること、作業中に外部から危険が迫らないようにすることが俺達の仕事なんだ。


 なんだ……けど。しかしながら、それは建前と言うか、そういう割り振りがされているよと、公的に通達されたもの。

 いざ現場に入ってしまえば、良くも悪くも予定通りに進まないことは往々にしてあるだろう。


 で。今回はその、良くも悪くもの、良いほうの予定外でことが進んでいるところだ。


「次はこっちだね。これは……あっちだね。えっと……これもあっちだから……うん。みんな退いててね。任せてね」


 ふん。と、資材を前に張り切っているのは、こんな場所にふさわしくない、部隊で唯一の女の子。

 細い腕で、自分よりも大きな資材を前に、ふんふんと鼻息を荒げてやる気をアピールしている、かわいいかわいいマーリンだった。


 そんな、見た目だけならあまりにもふさわしくない彼女が、王宮が予定した進行を大きく外れた成果をもたらすのは……たぶん、誰よりも職人さんが知っていたんだろう。


踊るつむじ風(ダンサ・ウィーリッド)


 マーリンが元気に言霊を唱えると、ふわりと風が吹き込んで、そしてすぐに資材がひとつずつゆっくりと持ち上がる。

 ひとつずつ、順番に、それぞれが運ばれるべきところへ向けて、勝手に動き出したんだ。


 もうすっかりお馴染みの風の魔術……だけど、マーリンがこんなことしてるのを知ってるのは、現場で顔馴染みになった職人さんと俺達だけ。

 だから、すごい魔術師程度の認識しかなかったほかの騎士は、みんな呆気に取られて……と言うか、ちょっとしたホラー体験に怯えた様子さえ見せていた。


「ははは。相変わらずだな、お嬢ちゃん。騎士様になったと聞いて、もう現場では会えないものかと思ったが……まさかこんなところでまたお目にかかるとは」


「えへへ……僕は、魔獣をいっぱい倒すよ。でも、お手伝いもいっぱいするよ。任せてね」


 ふん。ふん。と、いつもよりテンションが高いのは、いつもより知ってる人が多いから……かな?

 それに、マーリンにとっては珍しい、自分の知り合いで、周りのみんなは知らない人がいる状況だし。


 なんて言うか……学校行事で外に出てるときに、他校の知り合いと会ったらテンション上がるよね……みたいな、そんなやつだろうか?

 ほら、部活繋がりで仲のいい友達とか、いつも会わない状況で会うと変にうれしくなったりさ。


「マーリン、うれしいのはわかるけど集中しようね。まあ、そんなことで手元が狂ったり、周りが見えなくなるわけないのはわかってるけど……」


 周りは冷や汗もんだからね。


 今回は、術の仕組み……は、俺も知らないや。術の精度やマーリン本人の能力について、知らない人も多いから。

 やってることの規模が大きいだけに、不安にさせないようにもしないと。


「兄貴のほうはあいかわらず心配性みたいだな。まあ、言いたいことはわかるけどよ」


「あはは……あれ、俺のことも覚えててくれたんですね。光栄です……けど、その……悪い噂とかではないですよね……?」


 おいおい、やましいことがあるのか? と、みんなから笑われてしまったけど……その、うん。

 今は騎士としての立場にあるけど、王都の……街の人の目から見える俺の評価は、きっとまだ商人としてのものが強いと思う。

 マーリンとレストランを始めるまでは、王都でも珍しい、専門的な販売をしていない店……だったから。


 それ自体が悪いこととは言わないし、思ってもない。でも、そのやりかたが稚拙で、周りに迷惑をかけていた可能性はある。

 そういう噂が広がってる……なんてのは耳にしてないけど、だからってゼロとは限らない。


 名誉挽回になるイベントはあったけど、しかしそれは、普通に暮らしてるみんなの目には見えない場所で起こってたから。

 もしかしたら……って思いが、ちょっとだけあるんだよね。


 でも、この反応を見るに……


「悪い噂かはわかんねえけどよ。ほら、店出してただろ? 朝によ。それがいつだったか、お嬢ちゃんしかいなくて。兄貴はどっか行っちまったんじゃないか……とは……」


「あ、あはは……そのときは、騎士団の件でちょっとだけ忙しくしてまして……」


 うっ。懸念してたのとは違ったけど、ちゃんと悪い印象を持たれるイベントはあったな……


 少しのあいだ王宮に軟禁された期間があって、そのときはマーリンがひとりでお店を切り盛りしてたんだよね。

 まあ、チェシーさんが助けてくれたから、ひとりで困ってた……なんて事態には陥ってなかったみたいだけど。


 でも、兄妹ふたりでレストランをやっていたのに、いきなり兄貴がいなくなった……ように見えたのは、周りからは不審がられただろう。

 うん……兄妹じゃないんだけどね。でも、そう見えるのは自覚もしてるから。


「今となってはみんな察してるだろうけどな。店を閉めたと思ったら、新しい騎士団で働き始めてよ。そんで今は、こんなデカいとこで隊長さんにまでなったんだから」


 裏でいろいろ頑張ってたんだな。と、職人さんみんなから言われてしまうと……泣きはしないけど、目頭が熱くなるってものだ。

 うん。泣かないよ。泣くようなことじゃない、まだ。まだ、この程度で報われたなんて思わない。


「まだまだですよ。そりゃ、役職には就けましたけど。でも、まだふさわしい働きは出来てないですから。それらしいことなんて、必死に報告書を書いたくらいです」


「はははっ、さすがに騎士様は言うことが殊勝だ。もとから真面目な兄貴だとは思ってたが、やっぱりちゃんとしたやつはちゃんとしたところに行くもんだな」


 ちゃんとしてるかはわかんないけど、生真面目とか頭が固いとかはよく言われるな。

 まあ、それが誉め言葉になってるうちはよしとしよう。融通が利かないとか言われ出したら……考えよう。


「さてと。こんな小さい嬢ちゃんひとりにやらせてちゃ、職人の面目が立たねえ。俺達もぱっぱと働くとしようや」


 おう。と、職人みんなが返事を揃えて、マーリンが運んだ資材を加工し始め……あ、加工も終わってるから、組み立て始め……それもついでに終わらせちゃう。ええ……


「……こういうときが一番理不尽を感じる……魔術って本当になんでもありだよな……」


 マーリンの魔術は……って言うべきなんだろうけど。


 しかし、そんなマーリンでも自分の目の届かないところでは作業出来ない。

 彼女の張り切りに応えるように、職人さん総動員で、別の場所で作業を開始した。


 えーと……予定では、マーリンがやってるのは防壁の工事で、みんながいるのは……宿舎の建設予定地かな?

 大きな建築物はマーリンに……全自動クレーンに任せて、人が使う設備を腕も知識もある職人さんが手掛ける……と。なるほど、適材適所か。


「……マーリン、ここは任せたよ。俺達は外の見張りをしてるから。何かあったら、周りに被害が出ない範囲で合図を送って」


「うん、わかったよ。任せてね」


 ふん。と、今日一番の返事をしてくれたからには、きっと普段以上の働きを見せてくれるのだろう。


 しかしなんて言うか……マーリンが工事現場の手伝いをしてるあいだ、俺はバケットさんといたり、騎士団の手伝いをしてたから……


「……ふう。すごい……すっごい、恐ろしいものを見た気分だ。慣れてたハズが、そのずっと上を行くんだもんな……」


 前から凄かったけど、同時操作の数がまた増えてたような気がする。

 どういう術かを知ってるだけに、単純にマーリンの並行処理能力が上がっただけだってわかって……怖……


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