第三十九話【足を止めて】
湖に残された魔力の痕跡を追い、その主である魔術師の人間を探す。
マーリンが掲げた目標は、俺とフリードではあまり手伝ってあげられなさそうなものだった。
けれど、それを拒む理由は一切ない。
マーリンはもっとわがままになっていい、もっと欲しがっていいって、街へ下りる前に俺がそそのかしたことだしさ。
やっと……俺が出会ってからはきっと初めて。マーリンは個人としてのやりたいことを言ってくれたんだ。
ようやく出来た友達だから、一緒にいるだけで満足……なんて小さな夢の外へ、一歩踏み出せるかもしれない。
「ところで、それって具体的にはどうやって探すんだ? その……ごめん。俺とフリードじゃとても……」
「すまない、マーリン。魔術と呼ばれるそのものの大きな括りでは知識を持つが、しかし具体的なことは何もわからないのだ」
「君の言う痕跡も見分けられなければ、それをどうすれば捜索に活かせるのかも……」
とまあ、うれしい話はそれとして、だ。
やっぱり、俺もフリードも手伝ってあげられないのが悔しい……無力感が情けないから。
せめてやりかたを聞いて、直接は無理でも、間接的に手伝ってあげられないものかと、マーリンに説明を求めた。
「えっと……ね。今、ここに残ってる魔力だけ……だと、追うのは難しい……かな」
「だからまずは、ここにあるのと似た痕跡を探そうと思うんだ」
「ここに……ある……」
「痕跡を……だろうか……」
でも……マーリンがしてくれた説明を聞いても、俺もフリードも顔を見合わせるしか出来ない。
根本的な問題として、その痕跡とやらが見えないわけだからさ。
「……であれば、君の行く先の、その障害を排することが唯一の手伝いになるだろうか。それならば、幸い私にも出来ることがある」
危険が迫れば、きっと解決しよう。と、フリードは固く拳を握ってそう言った。
ず、ずるい。俺もそういう役割欲しかったのに。
しかしながら……それを聞いたマーリンは、その言葉と決意の意味を理解しないままにこにこしていた。
なんだかわからないけど、フリードが僕に何かしてくれるのかな……って顔だ。
まあ……無理もない。そもそもマーリンは、自分で危険を排除出来るんだ。
それも……たぶん、フリードよりも手っ取り早く。フリードよりも……過激に……
「……じゃあ俺は、その間の話し相手になるよ。フリードもやってくれるだろうけど」
「ありがとう、ふたりとも。えへへ……」
魔力の痕跡を探す……ここと似たような場所を回るとなれば、しばらくは街へ行けない……のかな。そうなると……本当に俺は役に立てないな。
そう思って、もう最後の最後にしかたなく流れ着くような役回りに立候補した。ううむ……
でもマーリンは、フリードの決意よりも、俺の妥協のほうによりうれしそうな顔をする。
守って貰う必要なんてない……でも、話し相手はどうしても欲しい。
こんなに願望が極端なんて、誰が予想出来ただろう……
「それで……似たような場所を探すとして、だけど。それってやっぱり……あてずっぽうになるのかな……?」
さてと。何も手伝ってあげられないことを再確認したところで、本題……と言うか、主な問題へ戻ろうか。
マーリンは言った。ここにある痕跡だけでは、その足跡は追えないだろう、と。
それはつまり、次の痕跡への手掛かりも手に入らないことを意味しているのだろう。
「……ここで何をしてたのかがわかれば、次に何をしようとしたのかがわかる……かもしれないけど……」
かもしれない。って、マーリンは自信なさげにそう言った。
それは……あれかな。ここで行われた何かを特定するのが難しい……ってよりも、それを知ったあとの推理が難しいってことかな。
たぶんだけど、マーリンがほかの人と違う生まれだから……とか、人と関わる時間があまりに少なかったから……じゃない。
もちろんそれもあるだろうけど、もっと根本的な話。
マーリンから見ても異様な状況なんだから、そのあとのことなんて推測しようがないんだ。
「しかし、ここで魔術を行使したのは確かのだろう? ならば、ここからそう遠くないところでも、同じように儀式を行なっている可能性が高いのではないだろうか」
「……そっか。目的があるから魔術を使うんだもんな」
推測は出来ない。けど、仮定することはある程度出来る。
ここで魔術を使ったのは、何かしたいことがあったから、だ。
そしてそれが、この一回限りでなかったとしたら。
フリードの言葉のおかげで、どんどん仮定を積み上げられる。
「目的があるなら、調べたいことがあったなら、何回も、そしていろんな場所で試さないといけない」
「……えっと……うん、そうだね。じゃあ……」
とりあえず、水場だ。これが水質調査とかだとするなら、ここだけを調べてもしょうがない。
しょうがなくないかもしれないけど、ほかを調べない理由も思いつかないし。
「このまま歩いて、ほかの湖や沼を探そうか。で……」
「かつ、ここを離れ過ぎない。もしも調査なのだとすれば、ここがまだ途上である可能性も捨てきれないだろう」
よし、そうと決まればすぐ出発……の前に、ここで得られる情報はちゃんと集めるべきか。
でも、それを出来るのはマーリンだけだから。
湖とその周辺の痕跡探しをマーリンに任せて、俺とフリードはここらで食べられるものを探すことにした。
マーリンから離れ過ぎず、見失わない程度に。
そして、痕跡の調査が終わったのは、日が傾き始めたころのことだった。
さすがに今日このまま次の場所を探す……のは、いくらなんでも危険だから。
とりあえずは、このまま野宿をすることにしよう。
「うっかり戻ってきてくれないかな、朝になったら。定期的に調べてるからこそ、マーリンもびっくりな魔力が残ってる……って可能性も……」
「ふむ……マーリン、その説はどうだろうか。君の意見も仰ぎたい」
あ、いえ。そんなちゃんと捉えてらわなくても。
ただ楽したいから、そうだったらいいなぁ……と、そう思っただけでして。
「えっとね……うーん。見た通り……なんだけど、ふたりはそれが見えない……んだよね。じゃあ……」
うーん。と、マーリンは困った顔で首を傾げてしまった。ごめん……魔術なんて知らなくて……
「……ここで何をしてたのか。いつ、何回繰り返したのか。何もわからないんだ。そのくらい濃くて、濁ってて……」
「……そっか。うーん……本当に打つ手なしなんだな」
マーリンはきっと、人間の魔術師としては最高峰……のハズだ。でも……
いつか、彼女は教えてくれた。自分は魔女だ、と。
魔女とは、マナを……なんか、自然の……魔力……を……? 見て……見えて……みたいな。
だからきっと、マーリンは人の魔術師よりもさらに詳細な情報を得られるのだろう。
でも……なんだ。
「……わっ。えへへ……」
ぽん。と、頭を撫でると、集中してたらしいマーリンはちょっとだけ驚いてしまった。ごめん、邪魔したかも。
マーリンは特殊だ。より多くのものが、より鮮明に見えているかもしれない。
だからこそ……彼女は、人間の魔術師の視点を理解出来ない……のかもしれない。
「今日はゆっくり休もう。明日からまた歩き回って探せばいい」
彼女自身は、その可能性に気づいている……のかな。
自分は他人と違う。それは知ってる。
でも他人が自分とどれだけ違うのかを知らない。
知り得なかったから、知らない。それは、不思議なことじゃないだろう。
ほら、もう寝よう。って、俺がそう提案すれば、マーリンはうれしそうに俺とフリードの手を握って、そのまま地面に寝転んだ。
そして…………また今晩も、遠くから大きな大きなフクロウが飛んできて……
あの……普段はどちらで過ごされてるんです……?
そのですね……流石に、目立たないわけがない……と思うんですな。
なんか……いつか、すごく面倒なことになりそうですぞ……