第四百十二話【偶然の果てに】
「――はっは、そうか。あの男もそこまで老いぼれたか。しかし惜しい。話を聞けば聞くだけ、自ら会って面を拝みたくなってくる」
突如王宮に呼び出された俺は、なんともどうしたことか、玉座の間にて、王様相手に出会いの思い出話をしていた。
魔獣の調査に訪れた地で、偶然にも遭遇したケイマントさん。
探すようにと命じられていた人物でもあるかの御仁について、見たもの、聞いたこと、感じた何かを、余すところなく語り尽くす。
尽くせているか……は、怪しいところだけど。何せ、聞かされた話のほとんどが曖昧なものだったから。
しかしそれでも、王様はなんとも楽しそうな……懐かしい思い出に浸っているような、感情豊かな表情で話を聞いてくれていた。
なら、最低限楽しませることは出来ているのかな。
「その、実際のところはどうなのですか? ケイマント殿は、すべては陛下の手のひらの上だろう、と。成り行き任せながら、結果については予想していたのではと……」
「ふっふ、どうであろうな。あやつは計算高い男ではあったが、いかんせん歳を取り過ぎた。かつての才覚も失われたとなれば、いいように捉え過ぎておるだけやもしれぬ」
えっと……だから、そのいいように捉え過ぎてるかどうかを聞いてるんだけどなぁ。
とまあ、これについては意図的にもったいぶられているんだろう。あるいは、教える気がそもそもないのか。
ケイマントさんは言っていた。アンドロフは……王様は、自分の得たものを追体験させようとしているんじゃないか、と。
国を興し、勢力を大きくしながら、その途中の偶然の出会いを……気に留めるに至るほどの出会いを、そのままなぞらせよう、と。
それはつまり、答えが出ないこと、曖昧なことも含めて、目的である追体験なんじゃないのか、って。
もう何十年も昔の出会いから今に至るまで、ふたりは再会を果たすことがなかった。
なら、過去の王様にも、今の王様にも、明確な答えは出なかったんだろう。そこまで含めての経験を与えたかったんじゃないかな。
「そうさな、ケイマントの言うこともいくらかは的を射ておる。偶然に機会を設けた、偶発に経験を託した。それが起こるか否かも含めて、余の意図したところではある」
偶然、偶発によってもしも機会が訪れたなら。ある種の希望的観測によって、王様はこの一件を仕組んだらしい。
けど……どうやらそれだけでもないみたいで、ふむと口に手を当てて考え込んでしまった。
「……いや、もはや隠し立ても不要か。ケイマントからは言われておるのだろう、フリードリッヒやほかの者には、この一件を伏せるようにと」
「はい。偶然の出会いそのものに意味を持たせようとしているのなら、それを他人から聞かされては元も子もないだろう……と」
そこについても、やっぱりケイマントさんの読み通りだったんだ。
あの人は自分と王様が似た種類の人間だって言ってたけど、だからってこんなにいろいろと考えを当てられるものかね。
毎日一緒にいるマーリンの考えならまだしも、ずっと昔に会ったきりの友達のその後なんて、想像しようにも取っ掛かりがなさ過ぎるだろう。
「あの男の言う通り、この件は必ず伏せるように。特に、フリードリッヒめには悟らせるでないぞ。ただでさえ其方に甘えて成長が鈍っておるのだ、これ以上は看過出来ぬ」
「え、ええと……承知いたしました。私に甘えているか否かは別として、成長のきっかけを奪うことは、私としても不本意ですから」
その話も、最近はちょっと変わったように思えるしな。まあ、王様視点ではまだまだ……ってことだろうけど。
で……ここまで名指しで厳重に口止めしたと思えば、王様はまだ説明をためらっている様子。
言うべきか言わぬべきか、言えば前提である偶然が崩れるのではないかと心配してるのかな。
でも、一度は言うと口にした以上、それを撤回するような人物じゃない。
しばらく悩んだけど、最終的には困った顔で話し始めた。
「余はこの一件を……あるいは起こらぬやもしれぬ一事を、気運の試しにするつもりだったのだ。無論、何も得るものはなかった……という結果も想定してな」
「気運……運試しですか? えっと、それは……」
今年の福男は誰かな……みたいな、そんなノリだったの? それは……ちょっとだけ文句が出るぞ。とても口には出来ないけど。
仮にも仕事として依頼された人探しが、それそのものに意味はなく、ただの運試しだった……は、出来れば俺にも伏せておいて欲しかったけど……
「当然、誰が天運を味方にするか……と、ただそれを眺める余興としてではない。今までにはあり得ぬことだったがな、此度はそうするに足る理由があったのだ」
「そうしてみてもいいと思える理由があった……ですか? 運試しで何かを決める理由……ええと……」
いくつかの選択肢がどれも拮抗していて、理屈や意図によっては決定しきれなかった……ってこと?
それはまた……なんとも王様らしくない話だ。
王様について詳しいわけじゃないけど、しかし若くから国を興し、一代でこれだけの大国に育て上げた男の言葉とは思えない。
もちろん、その背景に風水や占いなんかのオカルトな指針がまったくなかったとは思わないけどさ。
でも、それだけを頼りにするなんてのは、基本的にはあり得ないだろう。
「これ、そんな顔をするでない。余の言葉を訝しむとは、其方もずいぶんと肝が太くなったものよ」
「っ⁈ も、申し訳ございません! その……陛下のお言葉としては、らしくないもの……かと思いまして……」
顔に出てた⁉ 本当にごめんなさい! そして、そろそろ改善しないと本当に危ない!
今! 不敬罪一歩手前まで行ってた! ギリギリで突き返して貰えてよかったよ! じゃなく。
「……しかし、白状するとな、これが国王らしくないと……余らしからぬことだとは重々承知なのだ。それでも、ひとつ賭けをするのならば……とな」
「……賭け……ですか? とするなら……勝ち馬は私だった……のでしょうか?」
ふむ。と、王様は少しだけ首をかしげて、それからゆっくりとため息をついた。
がっかりしてる……フリードじゃなくて俺がケイマントさんに辿り着いたことに、ちょっとだけ落ち込んでいるんだろうか。それとも……
「……うむ、よし。決めた。この場には其方しかおらぬが、しかしこれを正式な発表とする。心して聞くがよい」
「っ! は、はい!」
正式な発表……なら、もっと人がいるときに……とは、思っても口に出来ない。なんだったら思わないほうがいい。顔に出るから……
けれど、俺の反応なんてお構いなしに、王様はパチンと手を打って、それから目を見開いてこちらと向き合った。
「北方の調査部隊において、デンスケよ、其方を将とすることに決めた。勇者の肩書きにふさわしい活躍を以て、このユーザントリアに降りかかる火の粉を払いのけるのだ」
「……っ! 北方調査の……部隊長……ですか……っ⁈ わ、私が……」
そうとも。と、王様は力強くそう言うと、続けざまにまた説明を……いや。令を出した。
北の調査には、王都に存在するすべての騎士団から、精鋭の身を選りすぐって編成させる、と。
「王宮騎士団も、月影の騎士団も、それらに属さぬ民間の組織も含めて、この王都に住まう最大戦力で部隊を編成するのだ。其方には、その先頭に立って貰う」
王都で集められる最大戦力によって編成される部隊……の、その一番大事な先頭を決めるための運試し……っ⁈
ちょ、ちょっと話の規模が想像のはるか上だった。それに……北の調査って……
「後日、フリードリッヒを通じて正式に指令を出す。デンスケよ。余はこれを、過ぎた重しとは思わぬ。其方ならばと期待しておるぞ」
「っ。は、はい!」
はい……じゃないが。いや、全然重た過ぎるんだけど。
でも……これを断る理由はいっさいない。だって、それはつまり俺達の願いが叶うってことだから。
北方の魔獣の調査。俺達はそのために王都までやってきて、騎士団の手伝いや、新部隊の立ち上げまでやったんだ。
その成果が、先頭に立って北へ向かう……なら、こんなにも大きな報酬はない。
それが決まるに至った経緯については思うところもあるけど、でも……っ。大きなチャンスが転がり込んできたんだ。
俺とフリードとマーリンがいて、しかも王都中のエリートが集まって手を貸してくれる。
これなら、本当に全部を解決出来るかもしれない。今までにいくつもいくつも目にした魔獣の被害を、一番根っこのところから断ち切るんだ。
高揚感は次第に責任感に代わって、ちょっとだけ胃が痛かったけど、やってやるぞって前向きなモチベーションにすぐ飲み込まれた。




