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第三十八話【次の目的地】


 マーリンが目を覚まして、朝ごはんも食べて、俺達は山奥の寝床を出発した。

 今度の目的地は……やっぱり、未定のままだ。


「……ふと、思ったことがあるのだが。もしや君達は、山籠もりをしているのだろうか」

「異国の僧侶と呼ばれる者達は、精神と自然とを繋げるための修行をすると聞き及んだこともあるが……」


 もしや君達は、信心深い教徒なのだろうか。なんて、フリードが天然発言をするから、やっぱり俺はあんまりボケないほうがいいのかな……などと考えつつ……


「山籠もり修行をしてるつもりはない……けど、はたから見たらそう見えるかもね……」


 否定出来る材料がないことにも気付いて、自分の置かれた状況にちょっとだけ危機感を覚えた。


 マーリンにとっての日常は、山や森の奥深くでひっそりと暮らすことだった。

 そして今は、その生活をちょっとだけ懐かしんで引き籠ってるってとこ。


 俺と……友達と話をする時間が欲しかったから……って、マーリンはそう言ったけど。それも込みで、街へ行く前の生活が恋しくなったってことだろう。


「いやその……実は、マーリンがね。人のいないところで育ったせいで、街にずっといたらちょっと疲れちゃったみたいで。ふたりでのんびり話がしたいって、そういうことで……」


「……ふむ、そんな事情が……」


 嘘は言ってない。嘘は言ってないけど……そのぶん、あんまり誤魔化せてもない。


 フリードはなんとも神妙な面持ちになって、憐れむでも哀しむでもない顔をマーリンへと向ける。


 それを受けたマーリンは、空気なんて当然読めてないから。


 自分の話をしてる。それで、こっちを見てる。

 自分に興味を持ってくれてる。うれしい。と、それが全部顔に出てて、いつもみたいに緩く笑ってた。かわいいけどもさ……


「……君には複雑な事情がありそうだとは思っていたが、しかし……ふふ」

「その様子を見るに、今はそれも解消しているのだろう。いいや。デンスケの手によって緩和されている……と、そう言うべきかな」


「……? えっと……えへへ。デンスケと一緒だから、もう寂しくないよ」


 いやん、泣いちゃう。そんなこと言われたら泣いちゃうでござるよ。


 しかしながら、ちょっとだけ大げさに捉えられてるかもしれない。いや、全然大げさじゃないんだけどさ、現実は。


 そう、現実は。


「マーリン、うれしいのはいいけどよそ見はするなよ。ほら、前向いて。足元こんななのに、それで余裕なのもちょっと怖いんだから」


 魔女として生まれ落ちた。迫害されて育った。

 どうしようもないくらいの孤独感に打ちのめされて、異世界から俺を召喚して友達になって貰おうと思った。


 現実にあるマーリンの過去は、壮絶なんて言葉じゃ片付かないものだ。


 でも……それを表に出せば、また同じことが繰り返される。

 その生まれが特殊であると、存在が奇異であると知られれば、また彼女は忌避されかねない。


 それを避けるためには、徹底的に隠す必要がある。だから……


「……まったく。フリード、あんまりマーリンを甘やかし過ぎないでやってくれよ。それは拙者の役目であってですな……じゃなくて」


 生まれ育った場所は本当に山奥の、人なんてほとんどいない集落で、そこもすぐに人がいなくなってしまった。

 彼女だけがそこを離れなかったから、たったひとりで生きている時間が長かったんだ。


 これが、フリードと行動を共にし始めてから考えついた、でっちあげの過去。

 まだそんな説明はしてないけど、もうちょっとだけ粗を取ったらマーリンに相談するつもり。


 こういうカモフラージュをしてでも、彼女の本当の過去は知られないようにしないといけない。

 存在を捨て去る——過去も、名前も、姿形も捨て去るってのは、そういうことなんだと思うから。


「……ま、機会があったらちょっとだけ説明するよ。マーリンの過去と、俺達が出会ったきっかけを。今は……ほら」


 ほら。と、指を差した先には、さっきまですぐそばで遊んでた……もとい、うれしそうに笑いながら歩いてたマーリンが、何かを見つけて茂みへと走っていくところ……が……


「ま――待ってマーリン! はぐれる! 迷子になる! 山の中の迷子は遭難って言うんだよ⁉」


 ほら。今は元気なマーリンがいればそれでいいだろ。うふふ。みたいなこと言おうとしてたのに、思った以上に危ない事態が迫ってたでござる!


 迷子になる! はぐれたら迷子になる! 遭難する!

 そしてそれは、マーリンじゃなくて俺達の話! 我が身の危機!


「フリード、話はあとにしよう。マーリンに置いて行かれたら…………俺は、こんな山の深いところから無事に生きて帰る自信がない」


「っ⁈ そ、そうか……私も、しばらく生き延びる自信はあるが……」


 あ、そんな自信あるんだ。すごいね……じゃなくて。


 名前を呼んでも振り返らないから、そうとう面白いものを見つけたんだろう。

 これでつまんなかったらさすがに凹むぞ。なんて、マーリンが追っかけてるものを毒づきながら、俺はフリードを急かして彼女の後を追った。


 がさがさと草葉をかき分け、ばきばきと枝を踏み折り、そして……やっとマーリンの背中に追いつくと……


「……ぜえ……ぜえ……こ、これは……?」


 そこには……綺麗な湖があった。

 また水浴びがしたくなったの……? と、どうやらそういう話ではないらしい。

 どうしてそう思うかと言うと……


「……マーリン。どうしたのだ、急に。ここに何か……? マーリン……?」


 フリードが話しかけてもこっちを振り返らないんだ。


 綺麗な湖があった、またみんなで水浴びがしたい。って、そう考えたなら、到着した時点でこっちを振り返るハズだ。でも、そうしない。


 じゃあ……この場所に、水浴び以外の目的で用がある……んだろう。でも……


 いつかみたいに美味しそうな果物が生ってるわけでもない。

 ここは彼女の活動圏でもないから、以前使ってた好きな場所があるわけでもない。


 じゃあ、いったいここには何が……


「……デンスケ、フリード。もっとこっち。僕の近くに来て」


 何も……ない……ように見える。少なくとも、俺には。


 けど、マーリンは俺にもフリードにももっと近くに寄れと言う。まるで、何かを強く警戒している様子で……


「……デンスケ、君にはわかるだろうか。私には何も……」


「いや、俺もわかんない。マーリン、何があったんだ。何を見つけたんだよ」


 しー。と、マーリンは指を口に当て、俺達に静かにしろと指示をした。

 その表情は、今までに見たことのないもの。

 その強い警戒心は、魔獣を前にしたときにすら見せなかったものだった。


「……ふたりは、見えない……? この湖……すごく、濁ってる」


 湖が……濁ってる……? なんだそんなことか。って、安心したのは一瞬のこと。


 マーリンにとって、湖は綺麗なものだ。水浴びが出来る、気持ちよくて好ましい場所。


 だから、そうじゃない湖を見つけたから……なんて、そんな馬鹿な話はない。

 空を飛べた彼女が、綺麗じゃない湖を見つけたことがないなんて話はあり得ない。それに……だ。


「……濁っている……だろうか。すまない、私には……」


 フリードはその湖を、透き通ったものだと認識している……ようだ。

 そして……俺の目からも、きっとまったく同じものが見えてる。


 目の前にある湖は、マーリンのお気に入りの場所ほどではないけど、十分に綺麗なものだった。

 透き通っていて、水底もくっきり見えるくらい。


「マーリン、どういうこと? この湖が、マーリンには濁って見える……って……」


 ちょっとだけ、失敗したかもと緊張が走った。


 マーリンは今、どの目からこの湖を見ている。


 もし……もしも、彼女が察知している異変が、魔女の目だからこそ見極められるものだとしたら……っ。


 この異様な反応は、普通でない警戒は、フリードに疑念を抱かせかねない。


 優しい男ではあるものの、しかし……彼は王子だ。

 立場の問題で、民に危険が及びかねないものは……と、非情な判断を下さざるを得ない可能性だって……


「……魔力だよ。この湖、とっても濃い魔力が残されてる。こんなの見たことない。見たことない……し、それに……」


 こんなこと、人間の魔術師に出来るなんて。と、マーリンはそうこぼして、ゆっくりと……ゆっくりゆっくりと、湖へと近づいていく。


「……人間の……魔術師に……か」


 マーリンの言葉を繰り返したのは、フリードだった。

 マーリンの発した、奇妙な立ち位置からの言葉を、繰り返して確認しようとしているのは……


「うん。そうだよ。こんなの、僕にも出来ない。ふたりは……そっか。魔術が使えないから……」


「……話に聞いたことはある。なるほど、それか。術師は魔力の痕跡を追うことが出来る……と。君が今やっていることこそが……」


 なるほど。と、フリードが納得した様子なのを見て、マーリンはまだ警戒心を高めたまま湖へと視線を戻した。俺は……それを見て……


「……ふひぃ……」


 止まってた息を、ゆーっくりと……不審に思われないように、出来るだけ自然に再開した。

 フリードはマーリンを疑っては……ない、みたいだ。


「もしかしたら、近くにすごい魔術師がいるのかもしれない。デンスケ、フリード。僕、その人を探してみたい」


 安心したばかりの俺に、マーリンは振り返ってそう尋ねた。俺……だけにじゃないけど。


「……探す……って、そんなこと出来るのか? その……魔力……を……? 追って……?」


 しかしながら、その言葉は……ちょっと……いや、かなり。俺には理解出来ないものだった。


 そもそも魔力ってものをちゃんと理解してないし、魔術師が……それの痕跡を……追える……みたいな話も、いまいち飲み込めてないままで。


 でも……


「……だめ……かな……」


「……いや。マーリンはそうしてみたいんだろ? じゃあ、やってみよう」


 理解出来なくても、その背中は押してあげたいと思った。


 たぶん……だけど。好奇心半分と、もう半分は強い期待を込めた言葉なんじゃないかな、って。


 マーリンはとてつもない魔術を使うことが出来る。

 そして、そんなマーリンから見ても、この湖の異変はすごい規模……らしいんだ。


 もし、もしも。これを人間の魔術師がやったのだとしたら……


「……友達、増えるかもな」


「……えへへ」


 今度は、魔術師として対等な相手が友達になってくれるかもしれない。

 そう思ったなら、そりゃあ……期待もしちゃうよな。


 マーリンの願いを拒む理由なんて俺にもフリードにもないから、要望通り次の目的は決定した。


 この湖に残された魔力を追う。

 そして、あわよくばまた友達を増やす。


 パーティはまだ三人ですからな、もうひとり仲間が増える展開は……ありえますぞ。


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