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第三百九十九話【簡単な仕事のハズが】


 ザックと共に王都から西方の街を訪れ、ひとまず役場で依頼内容を確認すれば、その日のうちに調査に向かうことが出来た。

 問題のポイントが近かったことと、ザックがいるおかげで移動が速いのと、どっちも噛み合ってすごく都合のいい仕事だったと言えるのかな。


 そんなわけで、役場の外で待ってたザックに乗せて貰って、みんなが呆気に取られてる中を出発したんだ。

 とりあえずこれで、この大きなフクロウは危ない生き物じゃないんだとアピール出来ただろうか。


「……えーと、この辺かな。ザック下りてくれ。そろそろポイントだと思う」


 ポイントだと思う……んだけど、あれ? ザックは俺の言うことを聞かず、目的地上空でゆっくりと旋回し始めた。

 え? お前、ついさっきまでちゃんと言葉がわかってたよな? もしかして、風が強くて声がかき消されてる?


「おーい、ザックってば。下りてくれって。聞こえないのかー?」


 しかし、進みも戻りもせずに旋回してるってことは、目的地に着いたことはわかってるんだろう。

 なら、このあとは地上に降りて調査をする……なんて段取りもわかってるハズ。じゃあ……


「……もしかして、何かあるのか?」


 ほろ。と、身体に響くような返事があったから、やっぱり声が聞こえないのでも、意図がわかってないのでもないみたいだ。

 それにしても、背中に乗った状態で鳴かれると……すごく身体にびりびり伝わってくるな……


「魔獣……だったら、お前が警戒する理由にはならないか。しかも、見たところは何もなさそうだ、と。じゃあ……」


 ザックがこうまで警戒するものってなんだろう。恐る恐る下を覗き込んでも、ただ怖いだけで何も異変はなさそうなんだけどな。


 少なくとも、この高さ、距離で視認出来ない程度のものなら、ザックにとっては小動物みたいなもんだ。

 なら、死角に魔獣がいて、それを警戒して下りないでいる……なんてことはないだろう。


 反対に、ザックが警戒するほどの魔獣がいたとすれば、それをこの広い視界の中で見つけられないわけがない。

 じゃあ……魔獣じゃない何かを見つけて、それの正体がわからないから慎重になってる……のかな。


「……でも、下りてみないことには調べられない。ザック、ちょっと戻ったところで下りよう。歩いてゆっくり近づけば、向こうから気づかれない可能性は高い」


 びりびりと身体がしびれたから、さっきよりももっと低い声で返事をしてくれたらしい。

 それってつまり……しぶしぶな返事、あるいは嫌だって拒否してる……ってこと?


 事実、ザックは旋回をやめず、下りることも、戻ることもしようとしない。

 地上に降りることなく異変を確認して、それがなんなのか判明するまではここを動かないつもりなのかも。


「って、そうは言ってもな。俺の目じゃここから地上をくまなく調べるなんて出来ないぞ? もしかして……お前が納得するのを待ってろ……って話か?」


 ほろ。と、今度はちゃんと耳に届いたから、さっきよりは上機嫌な返事をしてくれたんだろう。

 もうちょっとで調べ終わるから黙って待ってろ……か。お前なぁ……


「……しかし、どうして俺は当たり前のようにお前と意思疎通してるんだ……?」


 声のトーンで機嫌がわかる、機嫌がわかれば返事のイエスノーがわかる。だから、こっちからの質問に限れば会話が成立する。

 理屈としては納得だし、理解したうえでやってるけど、本当にこの状況がよくわからない。俺はどこへ向かってるんだ。


 でも、今はザックを頼る以外にない。

 少なくとも、こいつが警戒するほどの何かが地上にあるんだ。なら、すぐに下りてどうこう……ってのは、やっぱりリスクを伴うだろう。

 マーリンの目や魔術があるならいざ知らず、俺じゃなんの手伝いもしてやれない。任せるしかない、か。


「……やっとひとりでも仕事をこなせるようになったと思ったのに。なんだって俺はいつも……」


 ぽんぽんとザックの背中を撫でながら、ひとりでそんな愚痴をこぼしてしまう。

 もちろん、不平不満があるわけじゃない。自分の未熟を思い知るのも、もう今更の話だ。

 だからこれは、しょうがないから頼りにしてるぞ……という、諦念交じりの激励なわけだ。はあ……


 しかし、俺が励ましたからって、ことが好転するわけじゃない。

 ザックはまたしばらく旋回を続け、ちょっとずつ……本当にちょっとずつだけど、ゆっくりと高度を下げ始めている。


 たぶん、この距離からじゃ調べきれないんだ。だから、リスク承知でも近づいてみるしかないって判断したんだろう。


「お前がこうまでしてもわからないもの……か。話じゃ、この辺には魔獣が住み着いてるだけだったハズなのに」


 それも、今までにたくさん目撃情報の上がっているタイプの魔獣、あるいはそれに近しい種の個体が報告されるばかりだった。

 だからこそ俺がひとりで派遣されてるわけなんだけど。それがまさか、こんなことになるとは。


「……ザック、思いきって下りてもいいぞ。俺は大丈夫だし、お前もいざとなったら空へ逃げられる。いつまでも手をこまねいてたら、先にこっちが見つかりかねない」


 こっちが状況を把握するよりも先に、その何かしらの脅威にこちらが見つかれば。

 迎撃されるか、身を隠されるか。どちらにせよ、この状態からでは防ぐ手立ての少ない展開へ移行してしまう。


 ならばいっそ、ここで一気に地上へ降りて、向こうがこっちを発見するのと、こっちが向こうを把握するタイミングを一緒にしてしまえばいい。

 よーいどんで互いに行動を開始したなら、制空権を持ち、かつ感知範囲の広いザックを味方にするこっちが有利なハズ。


 ザックもそのことを理解しているのか、今度は俺の指示を聞いてくれて、旋回速度をしばらく緩めてから……一気に地上へと降り立った。


「――っ。こ……わかった。でも、これで条件は五分だ。どっちが先に相手を見つけるか、スピード勝負だぞ」


 地上に着いてすぐに身体をかがめてくれたザックから飛び降り、俺達は急いで周囲を警戒する。

 相手が群れだとすれば、それはもうとっくに見つけているハズ。なら、隠れている何かは単体だろう。

 なら、こっちには目が四つ。お互いに死角をカバーし合えば、必ず先に異変を見つけられるハズだ。


「どこだ……っ。ザックがあの距離から見つけられないもの、ザックがわざわざ距離を取るべきだと判断するほどの危険って……」


 ただの魔獣……じゃない。とすれば、もしかして人間……だろうか。

 ふと嫌な出来事を思い出したのは、ザックと一緒だったときに毒の症状がぶり返したから……かな。

 頭に浮かんだ姿は、顔もわからないような暗闇で襲ってきた、魔獣の毒を使う通り魔だった。


 そうだ。ザックはマーリンから分離した存在だ。なら、魔術の痕跡を発見出来ても不思議じゃない。

 魔獣じゃないもので、ここまで警戒心を高めなくちゃならないもの……しかも、目で見て判断出来ないものとなれば、危険な魔力痕の可能性は高い。


「ザック、もしかしてお前、魔術の痕跡を見つけたのか? もしそうなら……やばいな。一回戻って、マーリンに来て貰わないと……」


 ほろ。ほろ。と、小さな声で何度も返事をしてくれるから、やっぱりこの推論で正しいみたいだ。

 じゃあ……しまったな。下りたのは間違いだったかもしれない。


 マーリンほどの精度じゃないにせよ、しかし探知の魔術ってものが存在する以上、似たことをしてる可能性は否定出来ない。

 としたら……こうして下りた時点で探知されて、とっくに逃げられたあとかもしれない。


 もしも相手が魔術師だとしたら、俺じゃ足取りを追えそうにない。

 ザックも、どれくらい魔術に詳しいのかまではわからないし、わかったとしても、こいつの意見を理解してやるのは難しいぞ。


「……っ。そうだな、一刻を争うもんな。手の施しようがないなら、せめて決断を急ぐべきだ」


 ほろ。と、ちょっとだけ大きな声で俺を呼びつけると、ザックは身をかがめて、すぐに背中に乗れと催促した。

 この状況を俺達だけでは打破出来ないと考えて、手遅れになる前にマーリンを呼びに行こうってことだろう。


 俺が大急ぎで背中に乗れば、ザックはいつも以上に軽やかに飛び立ち、猛スピードで王都へと戻り始めた。

 もしもあの通り魔みたいなやばいやつがいるとしたら……今度こそ、俺が食い止めなくちゃ。そのためにも、マーリンとの合流を急がないと。


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