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第三百九十三話【嘘みたいにのどかな】


 次の日になれば、昨日あんなに血を吐いたなんて信じられないくらい身体が軽かった。

 どこにも痛みや重さもなければ、気分も晴れ晴れしてるし、なんだったらいつもより視界がクリアな気がする。


「……もしかして、あれが完全回復の合図だった……のか? 最後に残ってた毒素を全部吐き出したみたいな……」


 そんな話ある? とは思ってしまうものの、そもそもあの毒自体が眉唾物と言うか、魔獣の毒とかなんとか、変な代物だったわけだからさ。

 普通はあり得ないような反応、症状が出ることも、やっぱり否定は出来ないのだ。


 でも、なんにしたって今はすこぶる好調だ。これだけは確かだから、あんまりネガティブになる理由もない。


 うん、そうだよな。血を吐き出したってことは、吐き出さなくちゃならない状態に陥ってたわけだし。

 それが怪我なのか病気なのか、それとも毒の影響なのか。原因はわからなくても、吐いた、吐ききったってことには意味がある。

 病気が治るのは人の代謝と免疫力のおかげなんだから、汗なり尿なり、それこそ血液なりから毒素を排出すれば、ちゃんと健康になるんだ。


 まあ……こんなのは保健の教科書に載ってた知識でしかないから、本当にその解釈であってるかはわかんないけど……あってなくても、今が元気なら問題はない。


「……よし。それじゃ、帰る……前に、だな」


 さて。元気になったからには、昨日やりそびれたこともちゃんとやらないとな。


 ザックの協力もあって、かなりの数の魔獣を倒すことが出来た。

 でも、それをやったのが遅い時間だったこともあって、本当に安全になるまで駆除出来たかは定かではない。


 俺にはマーリンみたいな探知能力はないから、もう一回確認しに行かないと。

 目撃情報があった林道はもちろん、昨日群れを見つけた地点ももう一度調べ直して、出来れば山の深いところも見ておきたい。


「となったら……ザック、まだいるか? いたら顔出してくれ」


 それなりの範囲をちゃんと調べるとなれば、俺ひとりでは手が足りない。

 まあ……ひとりで来させられてる時点で、ここまでのことをする予定ではないんだけど。

 でも、せっかく頼もしい増援が来てくれたからね。やれるんだったらやってしまおう。


 そんなわけで、窓を開けて空へと呼びかければ、どこからともなく返事が……低い鳴き声が返ってきて、翼の羽ばたく音も聞こえてきた。

 やっぱりまだいたんだな。そんでもって……


「……お前、どこで待機してたんだ……? 街中に堂々と居座った……んだとしたら、もうちょっと危機感持ったほうがいいぞ……?」


 頭上から影が落ちれば、すぐさまザックの姿が現れる。

 止まるところなんてないから、この建物の上を旋回しながら、それでも俺のことをじっと見ている様子だ。


 なんて言うか……人懐こいのはいいけど、自分があまりにも物珍しい風体をしている自覚はあるんだろうか。

 下手したら魔獣と勘違いされかねないんだから、出来ればもうちょっと慎重になって欲しいけど……


「……ま、頼ってるのは俺だから、言えないけどな。ザック、今日もまた手伝ってくれるか?」


 ほろ。と、小さな返事が聞こえれば、ザックはすぐに地上に降りて、のそのそと体勢を変えながらこっちを見上げ始める。

 やっぱり、言葉が完全に通じてるよな、お前。本当になんなんだ。時代が時代、社会が社会なら、売り物にされてても不思議じゃないぞ。


 とまあ、そんなボケてる時間も惜しいから、さっさと身支度を済ませて、調査用の道具と食料飲み水だけまとめて部屋を出る。

 役所に顔出してから出発だけど……その前に、もふもふな戦友と一緒に朝ご飯にしようか。


「ザック、飯の時間だぞ。とは言っても、お前がこの量で足りるとは思えないから、あとでなんか捕まえような」


 フクロウでも食べられそうな……食べても大丈夫そうな、塩っ気のない干しただけの肉を差し出せば、ザックは返事もせずにじっと俺を睨んだ。

 もしかして、お気に召さなかったです……? それとも、これじゃ足りないと?


「本当にわかりやすいやつだな。下手したらマーリンと変わらないくらいだぞ」


 あとでちゃんと大きい獲物を捕まえるから。と、なだめてやれば、じとっとした目つきで睨みつつも、小さく返事をしてくれた。

 めちゃくちゃ感情豊かだな、お前。しぐさにも表情にも出まくってるし。


「そのふてくされた態度さえ愛嬌になるから、お前はお得だよな。マーリンもそうだけど、かわいいってやっぱり正義だよ」


 かわいいで済まされないサイズ感だけどさ、ザックは。

 でもやっぱり、のそのそ動く姿や、それにともなってゆさゆさ揺れるもふもふの綿羽は、どう見てもマスコットキャラクターのそれだ。


 そんなザックとの朝食を終えると、俺はひとまず役所を訪れ、今日ももう一回だけ調査に出向くと伝える。

 そんなに大きな問題が……? と、怯えられはしたものの、昨日は遅くまでかかったから、明るい時間に再確認するだけと伝えれば、ちょっとは安心して貰えたよ。

 それもこれも、月影の騎士団の名前が大きくなったおかげかな。ここへ来るのは初めてなのに、信頼されてる実感があるよ。


「てことは、裏切るわけにはいかないんだよな、なおのこと。もとからそんなつもりはないけど、ばしっと気合入れ直さないと」


 それで役所をあとにすれば、ひとりでそんなやる気をみなぎらせもする。

 昨日あれだけフラフラだったのが、今朝になればこれだけ絶好調……ともなれば、一周回って元気も有り余るってもんだからね。


 言葉通りにばしんと顔を叩いて、ザックと合流してまた林道目指して街を出発すれば、なんとなく昨日の嫌な思い出がよみがえった。

 でも……大丈夫だ。苦しかったし、怖かったし、不安でしょうがなかったけど。でも、もう乗り越えたことだから。


「えっと……最初に見かけたのはこの辺……だったな。ザック、どうだ。この辺りに魔獣はいるかな?」


 ほろ。と、いつもよりすごく低い声で返事をされたから、とても不機嫌なのが伝わってきて……先に飯にしろと言われているのがすぐにわかった。

 お前なあ……仕事で来てるんだから、もうちょっと都合を合わせてくれても……


「……いや、腹が減ってはなんとやら、だな。先に何か捕まえよう。で……お前は何を食べるんだ?」


 ウサギか? イノシシか? それとも、魚だったりするのか?

 なんにしても、この巨体を満腹にするには、小さな獲物ではとても足りないだろう。

 となると……魔獣に脅かされているこの山で、果たしてどれだけの獲物が手に入るやら。


「うーん、フクロウが食べるもの……ネズミとかイタチとか、小動物だよな。でも、フクロウの規格に収まらないこいつ目線の小動物ってなると……」


 それこそ馬とか牛とか、そのレベルになりかねない。でも、家畜を食わせるわけにはいかないからな。


 あれこれ悩んでいると、ザックはまた翼を大きく広げ、すごくすごく嫌そうな顔で俺を睨んだ。

 約束が違うと心の底から腹を立てているのが目に見えてるから、さっさと獲物探しを始めよう。この際、見つけ次第片っ端から食わせてみればいいや。


 そうして俺達はひとりと一羽で山へ入り、魔獣の調査もそっちのけで、野生動物の捕獲を繰り返した。

 ザックはどうやら偏食もしないみたいで、見つけた獲物はどれでもおいしそうに食べてたよ。


 で……そんな光景をまざまざと魅せられた俺の食欲は…………うん…………


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