第三百八十話【珍品】
街の領主プリエンタ氏とフリードの話し合いがあるから、俺とマーリンは今日一日の暇が与えられた。
明日は魔獣を退治しなくちゃいけないから、普通だったらゆっくり休んで、準備を万端にするところ……だけど。
そういう当たり前からはかけ離れた存在だからね、うちのマーリンは。
「デンスケ、こっち。こっちだよ。おもしろいものがあるよ」
「こらこら、あんまりはしゃがないの。ほかの人の迷惑になっちゃうよ」
緊張なんてものも当然存在せず、俺達は仲良く繁華街を訪れていた。
そこに並ぶお店は、王都のものとは建物から違う、独特な雰囲気を醸し出している。マーリンはそれがとても気に入ったみたいだ。
「しかし、どうしてこうまで違うのかな。同じ国で、近い街で、建築様式が違うなんてことあり得るのか?」
おもしろいおもしろいと興奮しきったマーリンを追いながら、ひとりでそんな悩みに向かい合う。
ここは王都から遠くなくて、そもそもが同じ国の中に存在する街だ。なら、文化に大きな違いが存在するとは到底思えない。
となると……この街だけに存在する風習がある……にしたって、建物から違うのはいったいどういうことだろう。
こういうとき、いつもはガイド役のフリードがいたから、考えてもわからなかったら答えを聞けたんだけど……
「……あ、待てよ。もしかして……」
今日は夕方になるまで答え合わせなんて出来ないから、嫌でも悩む羽目になるんだよな……と、ちょっと困ったそのときに、ふと思い出す。
そういえばここは……この街は、王様や王宮とケンカ別れをした貴族の治める街だったな、と。
あるいはここは、今の文化が広まる前……ユーザントリアという国が出来上がる前の文化が残る街なんじゃないだろうか。
この国がどの辺から始まったのかはわからないけど、見ればどの建物も歴史を感じさせる趣がある……ような気がしてきたし。
「デンスケ? どうしたの、デンスケ。おもしろくない?」
「え? ああ、ううん。この街は本当に面白いなぁ……って、噛み締めてたとこ」
ふしぎなものがいっぱいあるね。と、楽しそうにしているマーリンこそが、この国で一番ふしぎな存在な気はするけど……それは置いといてだ。
事情を深く聞いたわけじゃないけど、王子であるフリードが視察に訪れないくらい、王宮や王都と断絶に近しい状態にあったわけだ。
なら、ほかの街に比べて、ユーザントリアの文化が広まるのが遅くても不思議じゃないだろう。
その結果、建国以前の文化遺産が残されていたりとかしたら……この街は、良くも悪くも、とても重要な土地になるんじゃないだろうか。
「……よし。せっかくだから、何か食べに行こう。もしかすると、全然違う料理があるかも」
「ぜんぜん違うごはん……えへへ。もしそうなら、ちゃんと覚えてないとね」
おやおや、まだしばらくお店は出せないのに、やる気の炎は燃え盛ったままだね。
しかし、今回はマーリンののんびり思考にも付加価値が……のんびり楽しいわくわく体験ってだけじゃなく、文化保護の観点でも意味があるだろう。
もしもプリエンタ氏が、王都との、延いては王様との縁を繋ぎ直すつもりなら、ここにある文化や歴史は、残そうと思ったとしても、いつかは風化してしまうだろうから。
「それじゃあ……レストランはどこだろ。知らない街で店探すの、楽しいけど大変だな」
「おいしそうな匂いを探したら見つかるかな? すんすん……」
こらこら、やめなさい。そんな、犬じゃないんだから。
しかし、まあ……その、なんだ。おいしいそうな匂いがしたら、きっとそっちに行ってしまうんだろうなぁ……と、そんな確信もある。
けれど、今はまだ朝で、レストランは開店していない時間。うちが特殊だっただけで、基本的にはお昼か夕方にやってるもんだからね。
「とりあえず、探しながらでも街を歩こうか。ご飯だけが楽しみなわけじゃないしさ」
「そうだね。デンスケ、ほら、あっちだよ。あっちにね、おもしろいものが立ってたんだ」
おもしろいものが立ってた……とは、またなんとも要領を得ない……と言うか、変な発言だ。
銅像や彫刻だったら、王都にも存在するし、マーリンもそろそろ見飽きた……かはわからなくても、慣れたころだろう。
そういうものを差し置いて、立つという表現を向けられるおもしろいものなんて……
「ほら、あそこ。あれだよ」
「どれどれ……えーと……え、ええー……っと……?」
あれだよ。と、マーリンが指差したのは…………どうしたことだろう。見れば、何やら奇妙な、うねうねとしたオブジェクトが建っていて……
「……? 芸術品……だよな、きっと。で……それが、どうして繁華街の、人通りの多い道のど真ん中に……?」
街の中に英雄の像が立てられるなんてのは、そうない話じゃない。権威を示すものとして、わかりやすい形にして設置するんだ。
でも……だからって、それを広場の真ん中に置くでもなく、人の通る道の真ん中に置いたりなんてしたら……じゃ、邪魔そうだなぁ。
「もしかして……この街って、芸術が盛ん……いや。著名な美術家、芸術家がいる……のかな?」
不意に思い出したのは、この街の領主、プリエンタ氏の屋敷の中の光景。
いたるところに美術品が飾られていて、それが昨日今日専用の見栄でないのなら、あの人はコレクターなんだろう……と、そう思ったっけ。
で……ここへ来てもまた芸術的なオブジェクトと来た。
ここまでピースが揃ったなら、答えは必然的に導き出されるだろう。
「……いや。いいや、違う。冷静に考えろ。お前の目は、それなりには鍛えられたものだぞ。ちゃんと見るんだ」
導き出された答えに急ブレーキをかけて、もうちょっとだけちゃんと考えよう。
目の前にあるのは、なんだかよくわからない珍妙なオブジェクトだ。それも、かなり大きい。
しかし、プリエンタ氏の屋敷で目にした品々は、王都でも見たことのあるような絵画や、ひと目で美しさのわかるガラス細工だった。
つまり、この前衛的な像とプリエンタ氏のコレクションとは、きっとなんの関係もないのだ。
万が一。万が一にも、生きる中で突如作風を変えたのなら……それはもう、そういうこともあるかと諦めるしかないけど。
でも、いくらなんでも方向性が違い過ぎる。いや、うん、その……ピカソも初めは写実的な絵を描いてたと聞くけどさ……
「おもしろいね。でも、なんだろうね? デンスケは、あれがなんだと思う?」
「え? えっとね、あれはきっと芸実的な作品であって、目的のある建築物じゃ……」
あれ? いや、待てよ。
そういえば、この世界には魔術なんてものがあったな。と、マーリンを目の前にしながらそんなことを失念していた。
もしかしたら、あれは魔術儀式に使われる何か……なのではないだろうか?
としたら、この街にいるのは芸術家ではなく魔術師……?
「……マーリンはなんだと思う?」
「僕? えっとね……たぶん、誰かがぎゅーって地面をつねったんじゃないかな?」
ああ、うん。この反応を見るに、これが魔術に関係するものじゃないのは間違いないんだな。
当たり前だけど、もしそうなら魔力痕をすぐに見つけてただろうし、それが見えたら面白いものなんて言いかたはしなかっただろう。うん……
「お、面白い着眼点だね。なんと言うか……マーリンのほうがあの像の本質に迫った気がする」
「……? えっと……?」
ごめん、フリードみたいな言い回しになっちゃった。でも、許して欲しい。何せ、俺も俺で考えがまとまってないからね。
それにしても、こんな奇妙なだけのものが壊されずに残っているということは、やっぱり何か意図があってここにあるんだろう。
今はそれがわからないけど、まあ……その……忘れてなかったらフリードに聞いてみよう。と、そう決めて、街の散策を再開した。うん……忘れてなかったら……ね。




