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第三百六十六話【まるで旅行のよう】


 王宮騎士団から独立した新たな組織、月影の騎士団として、初めての仕事に向かう。

 王都を離れ、魔獣の異常発生が報告されている地域を調査するんだ。

 俺と、マーリンと、フリードの三人で、馬車にも乗らず、ほかの誰の手も借りずに。


 建築物は遠く、人の喧騒もなく、枝葉が風に吹かれてこすれる音と、川のせせらぎがはっきりと聞こえる。

 そんな道中の様子は、危険な仕事の前と言うより、昔に戻った……旅をしているころみたいな空気だった。


「マーリン、お水飲んだ? ほら、ちゃんと飲まないとダメだよ。あったかくなってきたから、汗もかくし」


「わかってるよ。デンスケも、ちゃんと飲んでね」


 うーん、なんだかピクニック気分過ぎやしないだろうか。

 そんな不安がつい湧いてしまうのは、新しい騎士団がすんなり認められたことへの違和感、不信感が拭えていないから……だけだろうか。


 王様は言った。フリードは、王子としての責任から逃げる傾向がある、と。

 俺にはそうは思えない。思わないし、思いたくもない。


 それでも、話を聞いて、思い当たる節を浮かべてしまった。

 それがまだ喉に引っかかってるのか、ついフリードを目で追ってしまうときがある。


 でも……フリードはいつもと変わらない。いつもどおり、今までどおり、頼もしくて、たまになんか変なことを言う。

 少なくとも、月影の騎士団を創設したものとして、ちゃんと責任を果たそうとしているのは明白だ。


「……だからこそ、か」


 その責任は、果たして王子が負わねばならないものなのか、と。冷静にそれを考え始めると、どうしても……


 この件については、俺が悩んでもしょうがない。だって、俺が知ってるフリードは、王子としてのフリードリッヒではないから。

 いつも通りか、いつもと違うかと考えたって、そもそもどうなっていたら正しいのかがわからないんだ。


 まあ、人の振る舞いに正しいとか正しくないって判断をつけること自体がナンセンスな気もするけど。

 それでも、俺は俺の知ってるフリードの姿でしか判断出来ない。じゃあ……まあ、言われたとおりにするしかない、か。


「フリード。目的地……あー、えっと……最終の目的地は聞いてるけど、今日行くところはまだ聞いてなかったな。と言うか、どれだけ寄り道する予定なんだ?」


 目を覚ましてくれ。と、王様にはそう頼まれてる。なら、俺がすべきことはひとつ。ちゃんとして、ちゃんとさせることだけ。


 王子らしさなんてわからない。王子が求められることも想像出来ない。

 だったらせめて、騎士として……戦うものとして。すべきことをちゃんとして、フリードにもちゃんとやらせる。これしかない。


 で、ちゃんとやらせようと思ったら、まずは情報共有をさぼってるところから釘を刺していこう。

 悪意があって隠してるわけじゃないとはわかってるけど……まあ、なんだ。


「これは仕事で、もう旅をしてるわけじゃないんだから。楽しみを奪いたくない……なんてのは、今回ばかりはわがままだぞ」


「む……気づかれていたか。君の目をごまかすことは出来ないな」


 ほら、やっぱり。旅のあいだにも似たようなことしてたから、今回もそんなことだろうと思ったよ。


「すまない、悪気があったわけではないのだ。ただ……仕事、任務と堅苦しく考えて、つまらない思いをさせるくらいならば……と」


「まあ、その気持ちはわかるけどな。どうせだったら楽しいほうがいいし」


 つまらなかったらかわいそうだ。と、そんな思いを共有する理由は、これを仕事ではなく、旅の再開だと勘違いしてそうな子がひとりいるから。

 俺もフリードも、どこか楽しそうに周りを見回すマーリンを見て、まったく同じタイミングでため息をついてしまった。


 ここは王都ではない。王都から離れて、王都を名乗る外周の街の、その防壁の外側を歩いている。

 見える景色は、自然豊かで懐かしいものだらけ。そして、三人で仲良く話をしている。

 マーリンにとっては、楽しい思い出とまったく変わらない、うれしいばかりの状況なんだろう。


 うん……ちゃんとしないとな。って、そう思う。思うけど……やっぱり、マーリンにはつまらなさそうな顔をして欲しくもない。

 だから、ついつい……甘やかしてるつもりはないけど、余計なことは言わないほうがいいかな……とか、思っちゃうよね。


「……それでも、どこへ行くのか、どんなのがいたのかは、先に教えてくれよ。泊まる予定の街については、着いてから自分で確かめるから」


「ああ、そうだな。それについては、まったく君の言う通りだ」


 では。と、フリードは鞄から一冊の本……いや、束ねた資料を取り出して、ぺらぺらと目当てのページを探し始めた。

 もしかして……それ一冊、まるまる報告書……なんてことがあるの……? それ全部、報告されてる魔獣の被害……だとか……


「……そのような顔をしないでくれ、気持ちはわかるがな。しかし、少し安心して欲しい。報告が仔細にわたるゆえに、こうして分厚くもなっているが……」


「総量自体はそこまでじゃない……か? なら、まあ……」


 詳細まできちんと報告されてるってことは、事前に対策を立てやすいってことでもある。なら、安心していい材料……なのかな?


 そんな詳しい資料、報告書をもとに、フリードは今日の予定を……今日調査する予定の魔獣の情報を教えてくれる。

 大型はいない。すでに確認されている種で、個体の危険性は低い。正しく対処すれば、制圧は簡単だろう、と。


「この街には常駐する武力がなくてな、危険度が低いがゆえに後回しにされてしまったのだろう」


「なるほど。後に回されたからこそ、こうして俺達にお鉢が回ってきた……と。あれ? もしかして、それ全部そんな感じなのか?」


 いや、そりゃそうか。危険度が高い魔獣の相手は、率先して王宮騎士団に回されるもんな。

 俺の問いに、フリードはどこか不服そうに口を尖らせてうなずいた。こらこら、何に文句を言うつもりだ。


「私がいて、君がいて、マーリンまでいる。ともすれば、過剰な戦力となるだろう。団としての実績ことなくとも、個人の能力についてはすでに知られているのだ」


 少しは融通を利かせられないものか。なんて愚痴をこぼす姿の、それはまあ王子らしくないこと。

 傲慢ではあるんだけど、しかし……自分が危険にさらされるのを望むのは、立場のある人間としてはどうなんだ。


「認められてるからこそ、組織として不安定なうちに無理はさせたくない……って、そういう判断かもよ。少なくとも、マーリンがまだ子供だってのは知られてるわけだし」


「……なるほど、その視点はなかった。君やマーリンを失えば、それは国にとっても大き過ぎる損害となる。それを危惧している……か」


 少なくとも、俺達が連携して魔獣と戦った実績は一度もないからね。

 旅のあいだは当たり前のことだったけど、王都に来てからは一度もやってない。なら、不安に思われるのは当然だろう。


 フリードもそれで納得してくれたみたいで、困った顔をしながらもうなずいている。

 まったく、もっと信頼して貰いたいものだ。とか、そんなこと考えてるのかな。


 でも、三人で戦うのは本当に久しぶりだ。俺も、ここのところは騎士団に混じっての討伐作戦しかしてなかったから。

 それに、強化魔術を貰うのもどれだけぶりかわからない。どんなだったか、ちょっと感覚が曖昧だ。


 そういう意味では、簡単な仕事から回して貰えたのは朗報だったと言える。

 まあ、俺が役に立たなくても困らないメンツが揃ってるから、過保護と言われたらその通りなんだけど。


 そして、俺達はのんびり歩いて目的の街に到着した。

 調査と魔獣退治は明日、明るくなってから……って、思ってたんだけど。

 マーリンが張り切るもんだから、その日のうちに全部終わらせてしまった。終わらせてしまえた。


 なんか……久しぶりに見ると、やっぱりインチキくさいね、マーリンの魔術。ひとりで全部やっちゃったよ。


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