第三百六十話【予定通りの訪問者】
また、ここへ帰ってきてしまった。
そんなボケたことを、ひとりぼっちの部屋の中でふと思う。
またここへ、ドアノブのない部屋へぶち込まれてしまった。王様相手に意見して、ちゃんと怒られてしまったんだ。
自覚はあるけど、実感が薄かった……んだろう。今になって、胃がキリキリと痛み始める。
「……はあ」
頭の中で、胸の奥で、王様の言葉が何回も何回も繰り返される。
それを、そこな騎士の前で発言するか。
王様のその言葉は、これ以上ないほど的確で、正しいものだったと思う。
俺は、特別扱いを求めている。フリードの隣に並ぶという、この国でも類を見ないほどの特別扱いを。
それを、あろうことか国のために戦う騎士の前で願うなんて、なんて無礼で、気の利かない、身勝手な男だろうか。
わかってる。そんなの承知の上で、それでもフリードの隣にふさわしくなりたくて、この王都で頑張ってきた。
わかってるんだ。そんな非礼や不遜を貫き通さなくちゃ、あいつの隣には並べないって。
わかってたから、こうして意地を張って……で……
「……はあぁ……」
ここに逆戻り……と。はあ。
ため息が何回もこぼれて、胃の痛みも忘れるくらい頭が痛くなる。
本当に……本当の本当に、俺は身の程知らずだったんだなぁ、って。
本当に偶然の出会いだった。そして、あり得ない勘違いだった。
奇跡みたいな確率を超えて、狂気じみた間違いを犯して、俺はフリードと一緒にいる。
そのことを、もうちょっと重たく受け止めておくべきだったのかもしれない。自分ではちゃんとわかってたつもりだったんだけどなぁ……
「……はあ。いや、過ぎたことを悔やんでもしょうがない。そもそも、俺が悔やむようなところはどこにもなかった」
悔やもうにも、今日はほとんど何もしてないに等しいからね。
フリードに背中を押されても、王様の前に立つべきじゃなかった……って、それを後悔すれば、こんなことにはならなかったのにって思えるのかな。
でも、それは絶対にあり得ない。そんなことしたら、どうしてフリードの期待に応えようとしなかったんだって、もっと大きな後悔を背負うことになる。
だから、俺には後悔すべきものはない。あいつと出会ってから今の今まで、全部を繋ぎ合わせたとしても。
それに……だ。それに、半ば確信じみた予感があるんだ。
俺がまたこの部屋に押し込まれたのは、いったいどうしてだろうか。と、そう考えたときに、ひとつの答えがポンと浮かぶ。
王様は、俺を捕まえようとも、裁こうともしていない。また、話を聞くために王宮へ留めたに過ぎないんだ。
そのことは、ここが罪人を捕える檻でないことからも間違いないだろう。
まあ……問題は、だからってすぐには出して貰えないことと、出して貰えることが確定してもいないことなんだけど……
「たのもう。おお、やはり平然としておるな。この部屋はもう慣れたものだろう。其方なら、この程度では動じる由もないか」
「――こ、国王様⁉ ど、どうしてこのようなところへ⁉」
まったく同じ反応だのう。と、開かないハズのドアから顔を出した王様は、またなんとも渋い……つまんなそうな顔でそう言った。
いや……うん。まったく同じ反応と言うか、一言一句間違いなく同じこと言っちゃったのはそうだけど。
それはたしかに、芝居をする人間としては反省しなくちゃだけど……じゃなくて。
「そのような顔をするでない。其方も、この部屋へ通された時点で察するところもあっただろう。また、このようにして余が姿を現すのではないか、と」
「……はい。今でも、あの数日の出来事はすべて夢幻だったのではないかと思ってしまうほど、あり得ないことだとはわかっているのですが……」
ちゃんと現実だったし、そして今もその変な現実が続いてしまっている。これはもう、ちょっとした悪夢だよ。
でも、やっぱり予想通り……と言うか、王様の予定通りなんだろう、これが。
フリードの主張に対して、そして俺の意見に対して、公的な場では聞けない話をここでしたいんだ。
「ふむ。余が何を求めてここへ来たか、既に理解しておるようだな。まこと、其方は聡い。フリードリッヒが肩入れするも道理だろう」
「光栄です。ですが……その、本当によろしいのでしょうか。本来ならば、王子はともかく、私は公に断罪されてもおかしくないわけですから……」
それを咎めることなく、こうして私的に話をしようってのは、王として……公人として、ちょっと問題ではないのか。
自己保身七割、純粋な疑問三割でそう問えば、王様は目を丸くして首をかしげてしまった。そ、その反応はおかしいと言うか……
「では其方は、裁判にかけられたかった……と、そう申すか。いいや、それ以前に。其方は自らを、裁かれねばならぬ悪逆を成したと自覚するか」
「……それは……その、立場をわきまえず国王陛下に意見したのですから……」
それの何が悪となるのか。王様は眉をわずかに動かすこともせず、堂々とそんなことを言い放った。
王様から……権力側からそれを言われてしまうと、俺からは……もう何も言えないんだけど……
「王に意見することが、王の決定に反対することが、いったいどうして罪に問われよう。であれば、憲法の頭に定められた文言ひとつで、民の半数は罪人となってしまうわい」
「え、ええと……申し訳ありません。その……」
ど、どんな憲法なんだ。国民の半分が罪人になっちゃうような文言が、冒頭からいきなり飛び出すって。
不安九割、恐怖一割でそれを尋ねようとすれば、王様は目を真ん丸にして、それからすぐに子供のような笑顔を見せた。
「おお、そうであったそうであった。はっは、其方はここより遥か未来の生まれであったな。ならば、今の時代の憲法など、知る由も義理もなかったか」
そ、その話、本気で信じてくれてる……? それとも、設定をちゃんと守ってて偉い……程度の認識でいる……?
どっちでも俺は構わないけど……少なくとも、今この場で裁かれない限りは。
「なぁに、簡単な文句にすぎぬ。国民皆、健やかに生き、労働に励み、税を納めるべし、と。民の半数は、未だ税を収めぬ歳の童か、病に臥せった老人であろう」
「……な、なるほど。三つの決まりをすべて守っているのは、元気に働いている大人だけ……なわけですね。え、ええっと……」
そ、それは……為政者ジョーク……? それとも、本気のやつ……?
あまりにも巨大な存在が相手だから、どのくらいボケていいのか、どこまで突っ込んでいいのかがわからなくて……た、対応に困るぅ……
「はは、そのような顔をするでない。其方は素直に過ぎる。余が真に暗君であったなら、あるいはその煎薬を噛んだような顔を罪としたやもしれんぞ」
「っ⁈ も、申し訳ございません。王子からも、誰からも、感情が表に出過ぎると何度も注意されるのですが、なかなか直らず……」
お、怒られるっ。ついに、ちゃんと怒られてしまう。
そんな勘違いで身構えたのがわかったのか、王様はまた大声を上げて笑って……そして、片手で口を塞ぎ、わざとらしくドアのほうを見た。
「余がこの場に現れたことは、誰に悟られるわけにもいかぬでな。其方は面白い話をしてくれるが、しかしあまり笑わせるでない」
「え、ええと……も、申し訳ございません……?」
お、怒られなかった……っ。よかった……
しかし、やっぱりお忍びで来てるんだ。てことはやっぱり、王様としてじゃなく、個人として俺の話を聞いてくれてたんだ、前回も。
「……さて。其方が余に何を意見しようとも、それで罰せられることはない。それを踏まえたうえで……しばし、話を聞いてはくれぬか」
「……今日は、私がお話を聞かせていただく立場なのですね。承知いたしました。感情はすぐに顔に出てしまいますが、しかし口は堅いと自負しております。ご安心ください」
ふふん。と、王様はニヒルに笑うと、なんともうれしそうに俺の頭を撫で回した。
うまいことを言う……って、褒められたのかな。え、えへへ……
でも……お忍びで来てまで、俺に聞いて欲しい話ってなんだろうか。
もちろん、主題はわかってる。わかってるけど……王様ほどの人が、それをどうして俺に相談しなくちゃならないのかがわからない。
わからない……けど。聞いてくれって言われたんだ。頼って貰えたんだよ、王様に。
こんなに栄誉なことはない。緊張も不安も全部あとまわしで、今はしっかりと話を聞かせていただこう。




