第三百五十九話【下される審判】
王子の自分ではない。フリードはそう言って、王様の前で俺を呼んだ。
たったひとり、国民に希望を与える存在があるとすれば、それは自分ではなく俺だと、そう宣言した。
その言葉は、とても重たいものに思えた。いや、事実として重たい意味を持っているのだろう。
血に定められたわけでもない。生まれに責任を負ったわけではない、王子の自分とは違うもの。
掟に縛られたわけでもない。責任に強制されたわけではない、公人の自分ではありえない道。
凡庸に生きる権利を持ち、特別である権利を持たないハズの俺が、その対極にある王子の隣に並ぼうとしている。
そのことを以って、フリードは俺を、勇者と呼んだ。
「――彼が成すから民は希望を抱く。ほかでもない、皆から信頼を勝ち取った彼だからこそ意味がある」
各地を渡り歩き、ただのお人よしとして戦い続けた俺だからこそ、他人事ではなくなる。
そんな説明を隣で聞かされて、俺は……
「デンスケ。私は知っている。君は、本来ならばこのような場にふさわしい生まれではない。それでも、この場にそぐわない男ではない。その姿を、今こそ王に見せるのだ」
それは……ええっと、気の利いたことを言え……ってことでいいのかな?
あいかわらず遠回しな言いかたばっかりだけど、普段からそれに慣れておいてよかった。
こんなとこで漫才してたんじゃ、呆れられて話にならないところだ。
「……其方、この場で、余に、意見するか。それがどのような意味を持つか、理解しておるのか」
「……すう。はい。この玉座の間で、国王陛下の御前で発言することの重みは、身をもって実感しております。それでも……私は、王子のご期待に応えたい」
この王様は、あのドアノブのない部屋で話を聞いてくれた王様じゃない。
正真正銘、この国の最高権力者。その気になれば、俺なんて簡単に消してしまえる。誇張抜きで、そういう立場の存在だ。
それでも、フリードが呼んでくれたなら。俺はそれに応えたいし、応えないといけない。
そのために頑張ったし、準備もした。覚悟は……もうちょっと時間が欲しかったけど、腹をくくるくらいは出来てる。
「国王陛下。私は、この国に未来を――あとから最善だったと笑える未来を引き込みたいのです。後悔はあっても、それに縛られずともよい未来を」
この言葉は、なんの偽りもない本心だ。そして、王様はそれを知っている。
今になって思い出したわけじゃない。ずっと、うっすらと覚えていた。
俺は、嫌な未来を視たから――マーリンがくれた未来視の力があったから、それを避けたくてこんなことを始めたんだ。
誰かが嫌な思いをするのは、それを見せつけられるのは、どんなに神経の太いやつだって嫌だし、気が滅入る。
少なくとも俺は、人の不幸を笑って見ていられるほど図太くない。もちろん、自分が嫌な思いをするのもごめんだ。
だったら、それなりのことはしたい。出来る予防はするし、出来ないなら逃げようと呼びかける。
誰かがつらい目に遭って、それを見て嫌な思いをするくらいなら、さっさと逃げろって怒鳴るほうが精神的に楽だから。
それに……これは、俺だから出来ることでもあるんだ。
「国王陛下。私を……どうか私を、フリードリッヒ王子と共に戦わせてください。王宮騎士団ではいけないのです。どうか、私を特別な席に座らせてください」
厚かましいお願い過ぎて、自分でも何言ってるのかわかんなくなってきちゃった……
だけど、こればっかりは取り繕いようもない。だって、本当にその通りだもの。特別扱いを要求してるのは事実だもの。
でも、それを願うだけの理由は――願ってもいいだけの根拠はあると思ってる。
フリードは俺を凡庸だって言ったけど、いやまあそれは事実で間違いないけど、ただ凡庸なだけの男でもないから。
王様は知っている。信じてくれているなら、とっくにわかっている。
俺は、未来を知っている。特別でもなんでもない生まれの、あまりにも異常な出自が原因で。
「他の騎士よりも実績のない其方を、格別な戦力としてもてなせ……と。其方はそれを、そこな騎士の前で発言するか」
「……っ。すう……はい。ロイド卿は私にとって恩人であり、師とも呼べる存在です。だからこそ、その恩義に報いるために。最大の成果を挙げられる場が欲しいのです」
ちょっとだけ、ぎくりとした。わがままを咎められたことよりも、そのわがままが周りを腐すものだと気づかされたから。
そう……だ。俺が騎士として特別扱いを受ければ、それに嫌な顔をする騎士は少なくないだろう。
みんないい人だったし、交友のあった人達は笑って祝福してくれるかもしれないけど。それでも、内心は穏やかでいられない人もいるだろう。
だって、みんなもっと高い地位を――待遇も責任も、もっと多くをと求める人ばかりだから。
それに、ロイドさんは無念の退陣を余儀なくされたんだ。
怪我がなければ、今もまだ最前線で指揮を取っていただろう。新しい騎士団の立ち上げにだって、一時的なものでなく、騎士長の席を手にしたハズだ。
そんな人の前で、わがままを言って特別扱いして貰うことが、本当に正しいのかと。そう問われると……どうしても、胸は痛む。
だけど、痛んだって止まっちゃいけない。それで足を止めるなら、こうして背中を押してくれたロイドさんを裏切ることになる。
そっちのほうが礼を欠いてるし、心情的にもそんな姿は見せたくない。
「国王陛下。どうか私に機会をください。王子の掲げる理想は、私にとっても最大の理想なのです」
でも……俺にはこうやって頼み込むことしか出来ない。これで本当に機会をくれるとも、王様の心をわずかでも動かせるとも思ってない。
だけど、それでいい。俺の言葉は、フリードの背中を押すためのものだ。
俺がちゃんと堂々としていれば、フリードも胸を張れる。フリードが前を向いていれば、王様もちゃんと取り合ってくれるハズ。
「王よ、彼の言葉を聞いたか。彼の心を見たか。彼の輝きを、その胸に刻み込んだか。彼こそが、雲を払う英雄足り得るのだ」
フリードはそう言うと、俺のすぐ隣に並んで、そしてそのまま背中を叩いた。
よく言ったと褒めてくれた……わけじゃないんだろう。並んだからには、ここより後ろに退くなって言いたいんだ。
だったら俺は、どこにも目を背けないし、一歩すらもたじろがない。
今、フリードが引いた線の上から、王様と向かい合い続けよう。
「必ず成果を挙げる。月影の騎士団は、必ずこの国に恩恵をもたらすと確信させるだけの成果を。王よ、私の願いを聞き届けたまえ」
フリードの……願い、か。そう……だな。これはあくまでも、フリードのお願いなんだ。
そうすることで国に利益が出るって、それはあくまでも建前。いや、それが最善だと本気で信じてるけど。
でも、そうしたいのはフリードの、俺達の勝手。だから、この構図は変わらない。
それで、王様はこのお願いを聞いてくれるのか。
反抗期の息子のわがままを聞くようにはいかないだろうけど、この筋の通った主張を聞き入れてくれるのか。それとも……
「……よくわかった」
「っ! では……」
ふう。と、口も開かずにため息をつくと、王様は眉間にしわを寄せ、ひと言だけこぼした。
そんな姿を前に、フリードはちょっとだけ喜んで……でも……
「フリードリッヒよ。其方は未熟に過ぎるようだ。しばし、ひとりで反省せよ」
「――っ! 王よ! なぜだ! なぜ、私の願いを――本懐を理解しようとしない! 貴方は真に民を思う心を持ち合わせないのか!」
王様の答えは、拒絶だった。
それからはもう話し合いでもお願いの場でもなくなって、フリードは別室に連れて行かれて、マーリンとロイドさんはそのまま帰らされてしまった。
で……王様相手に意見したバカな庶民は、またしてもドアノブのない部屋に押し込まれてしまった。




