第三百五十五話【王子の覚悟】
新たな騎士団を設立し、俺をそこに引き抜く。そのやり口が違法でないと前置きして貰って、ようやく本題へと入った。
フリードが全権を握る新しい騎士団――月影の騎士団は、少数精鋭の実行部隊のみの編成となる。
騎士長としてロイドさんを招き、彼の推薦によって団員の召集を行う予定だそうな。
そしてその騎士長なんだけど。残念ながら、ロイドさんはもう現場に戻ることは出来ない。
だから、あくまでも一時的なもの。推薦、召集を終えたら、集まった騎士の中から新たに一名の騎士長を任命するんだって。
で……なんだけど。そうやって新しい組織を作ること自体は納得したし、その意義も理解してる。
でも、そのために既存の組織……それも、王宮に所属する騎士団から人材を引っこ抜くのは、本当に大丈夫なんだろうか……?
「無論、すでに契約を結んでいる個人と無断で契約を交わせば、民営公営にかかわらず違法となる。たとえ法で縛られずとも、あくどい行為で間違いあるまい」
しかしながら。と、フリードはそこからまた話を続けて、この件が違法性を持たない根拠を説明してくれた。
「これはひとえに、私が王宮に属するものだからだ。もしも、外部から同じような働きかけをすれば、直ちに法で裁くことも出来るだろう。だが……」
「……内部の犯行なら早々バレない……なんて話じゃないよな? えっと、つまり……」
あくまでも組織内部での独立だから、違法性は問われないだろう……ってことかな?
俺が導き出したその答えに、フリードもロイドさんもうなずいてくれた。
「そのとおりです。だからこそ王子は、私に白羽の矢を立てたのでしょう。現状の私は、王宮騎士団に所属しながら、しかし騎士としての職務をまっとう出来ないでいる」
「当人の意思がまだ残っているにもかかわらず、活躍の場を設けられない。これは、独立の動機としては十分なものになるだろう」
えっと……と、すると何か。フリードは怪我をして戦えなくなったロイドさんを利用して、隠れ蓑にすることで、この独立の言い訳にしようってことか。
なんか……それもそれであくどい気はするけど……
「そんな顔をしないでください。もちろん、命令されたから従っているわけではありません。たしかに、私の中にあるのです。現状に対する無力感、不満が」
「……じゃあ、あくまでも利害の一致……ってことですか? ロイドさんも、やっぱりまた戦いたい……って……」
もう一度戦線に立ちたいって、そう思うんだろうか。俺のその問いには、苦笑いを浮かべて首を振った。
ロイドさんの中にある未練は、剣を取って戦うこと……でない部分にあるのかな。
「私は、貴方に余計なものを押しつけてしまったのではないか……と、そう思ってしまうのです。もちろん、傲慢なことと、見くびった考えだと自覚しています。ですが……」
それでも、確かめずにはいられない。ロイドさんはそう言うと、視線をマーリンへと向けた。
話の内容は全然わからないけど、みんな真面目な顔をしてるなぁ。じゃあ、邪魔しちゃダメだよね。って顔で、じっとしていたマーリンへと。
「彼女を見ていれば、そして言葉を交わせば、貴方がどれだけ心優しい人物かを思い知る。その中で、貴方を置いて戦列を離れてしまったことが、心残りだったのです」
俺を置いて……か。それは……いつか、大怪我をしたそのとき、その日に、俺にかけてくれた言葉のことだろうか。
歩みを止めるな。とても恐ろしい光景だったかもしれないけど、それでも前へ進むんだ、と。
それは、俺の事情を……俺がただ騎士団の一員として戦ってるわけじゃないことを、なんとなく察しての言葉だったと思う。
今になってしまえば、もうおおよその話は把握してるんだろう。
俺がどういう人間で、今何をしようとしているのかがわかったからこそ、心残りがある……ってこと、なのかな。
「再び剣を取るわけではありません。しかし、貴方の背中を押すことが出来るのなら。あとは時を待って田舎へ帰るのを待つだけのこの身を、王子にゆだねてみようと思ったのです」
「……と、そういう事情だそうだ。言っただろう、君は少なくない味方に囲まれているのだと」
ロイドさんが話し終えれば、どうしてかフリードが得意げに割り込んできた。
お前、もうちょっと空気読めよ……とは、なるほど。これは、俺のほうが空気読めてなかったんだな。
「デンスケ。君がこの王都を訪れて以来、民はその活躍を目にしてきたのだ。君の行動に、その善性に、心動かされたものが多くいる」
ロイドさんが語った心残りは、憂いなんかじゃなかった。
ロイドさんは、戦列を離れて、騎士として戦う機会を失ったことで、俺の成長を見届けられないことが悔しいって言ってくれてるんだ。
「……っ! なら、これからもっと大勢に、それももっと大きな活躍を見せなくちゃならないってわけだな」
「ああ。そのための月影の騎士団だ。君が照らした暗闇の道こそ、民に希望を見せるのだ」
うん? あん? またなんか変なこと言いだし……俺を月に例えたうえに、それを騎士団の名前にしやがったの……?
何考えてんだよ。王子の名前を取れよ。って言うか王子を何かに例えろよ。なんで俺なんだよ。じゃあなんで俺が騎士長じゃないんだよ!
「……でも、それで本当に解決なのか? そりゃ、お前の組織に所属すれば、処遇は全部お前が決められるんだろうけどさ。だけど、そもそもの問題が解決してないだろ」
なんかつっこむところ増えてちょっと忘れかけたけど、これはあくまでも、問題を解決出来た場合の処置……なんじゃないだろうか。
そのことにやっと頭が回って、フリードを問い詰める。
王宮騎士団に入れられる前に、あるいは入れられたあとに、新しい騎士団に引っこ抜いてしまおうってのはわかった。
そうすれば問題が解決することも、そのためにロイドさんが手伝ってくれるのも。
だけど、根本的なところが解決してない。
王様の命令で決まったことを、果たしてフリードはひっくり返せるのか。それが難しいから、今までさんざん悩んでたんだ。
例の商談もまとまって、俺を味方してくれる人が増えたのもわかる。
それでも、相手は国王。誰よりも強い権力者だ。
月影の騎士団の独立が認められたとして、その人事に王様が……おおもとの組織を纏める権力者が口を挟まない、挟めないなんてことはないだろう。
「ふむ。まったく、痛いところを突いてくれる。それについては、まったくもってその通りだ。何を言い開きすることもない」
って言いながら開き直るの、すっごいタチ悪いな……
王子にそれされたら、俺達はもう何も言えないんだけど。
しかし、フリードがそんなことわかってないわけも、俺達相手に権力でゴリ押そうなんて気がないのも知ってる。
だから俺は、そのあとの言葉をじっと待った。
「先に言った通りだ。正面から打って出る、と。私が、王と直接向かい合い、話をつける。味方は増えども、最終的にはこれ以外に決着はあるまい」
「……それで、勝機はあるのか」
なくとも作ろう。と、フリードはそう言うと、深々と頭を下げる。
俺に、マーリンに、ロイドさんに。この場にいて、この問題に巻き込まれるみんなに対して。
「私の力が及ばねばそこまで。君達全員に、不要な、そして不当な引け目を感じさせることになるだろう。不安にさせることは申し訳ないと思っている」
フリードはそう言うと、しかし謝っているとは思えないくらい強い視線をこちらへ向ける。
確信……ではなく、覚悟を以って。この先の結末を保証しようと言うらしい。
「必ず勝つとも。でなければ、この先に未来がないのだから」
そんな悲壮感漂うことを、自信満々に言うやつがあるか。
でも……どうやら、本当にそれしかないらしい。
王様の決定に逆らえるとしたら、現状では王子のフリードしかいない。戦うとすれば、フリードに任せるしかないんだ。
負けても死ぬわけじゃない。なら、出来ること全部やって、フリードを全力でサポートしよう。
腹は決まったから、俺はフリードの言葉に出来るだけはっきりと頷いた。




