第三百五十四話【新たなる一団】
フリードから話を聞いたその翌々日。また、そのフリードが、閉店後の店に姿を現した。
今度の用事は、商談を取りまとめる日時が決まったって報告だった。
これについては本当に報告だけ……考えたのも、準備したのも、実行したのも全部俺だから、フリードも口を出さずに見守ってくれたんだろう。
決まったって報告と、励ましの言葉だけを残してすぐに帰ってしまった。
で……それから四日。その予定されていた商談の日。
その日……なんだけど。なんと言うか……俺としては、すごく……拍子抜けな一日となってしまった。
と言うのも、考えて、準備して、実行して……それがうまく行ったから、認められたから纏まった商談なわけで。
つまるところ、そこからは波乱も万丈もなくて、とんとん拍子で話が進んだのだ。
それならいいことじゃないか。と、自分でも思う。
でも、拍子抜け……ガッカリしてしまったのにも、これまたやっぱり理由がある。
その理由は、話を進める中心にいたのが、俺じゃなく、フリードでもなく、俺が推薦したバケットさんだったことだ。
もちろん、これは予定通りなんだ。
バケットさんならやれるだろう。貴族相手でもうまく立ち回れるだろう。
何より、俺が望んだとおりの形にしてくれるだろう。って、そう思って頼んだんだ。
と言うかむしろ、俺が真ん中にいたんじゃ話が進まない可能性だってあった。
いろんな人から才能があるとかなんとか持ち上げられたけど、そんなものがあったとしても、経験は圧倒的に足りてないんだから。
提案と実行は話が変わる。俺に出来るのは、考えて、準備して、実行……大勢に声をかけて、実行の下準備になる部分を済ませることだけ。
残念だけど、これが現実で、覆しようのない実力差ってやつだ。バケットさんはやっぱりすごい。
で、まあ、その……なんと言うか。真ん中にバケットさんがいて、その周りを貴族が囲んでいて。
そんな光景を、立案者としてはたから見ていたわけだけど。
それがもう……なんともさみしいのなんの。
この件に限れば、いつだって当事者だったからさ。自分の手を離れたんだなって実感が湧くと……ううん。惜しいことしたかなぁ……とか、思ってしまう。
もっとも、俺が抱えるって話だったら、みんな乗ってこなかった可能性も高いんだけど。
それで、だ。うれしい成功のハズなのに、どうしてかちょっぴりさみしい思いをしたそれからさらに三日。
また、閉店後の店にフリードが姿を現した。お前……そろそろ大きな騒ぎが起きかねないぞ……?
「お前な……そろそろほかの連絡方法を考えないと、いつか大ごとになるぞ。それで変な噂とか立とうもんなら、場合によってはお前の下に入れなくなる可能性だって……」
「む。すまない、うかつだった。しかしながら、朗報はどうしてもこの手で持ち出したくてな」
うかつで済むか、それでもし何かあったら……朗報?
見ればフリードは、怒られてる最中だってのに、なんとも達成感に満ちた表情をしているではないか。これはいったい……
「……も、もしかして……? もしかして、いい方向に話が転びそうなのか?」
「ああ。やはりこれも、公の場では話せない。私も手伝う、すぐに片づけて場所を移そう」
だぁ! だから! それをやると問題になるかもしれないって言ってんの!
なんかもうなあなあになりつつあって、俺も平気でため口使っちゃってるけど! 問題になったら俺もお前も困るんだから!
あいかわらず変なところで考えが足りないフリードを追い払って、マーリンとふたりで急いで店を片づける。
朗報なんて言われたからには、胃も痛まないし、不安で悩むこともない。なんて幸せなんだろう。
そしてまた例の建物を訪れれば、中にはフリード……と、もうひとり……
「……ロイドさん? やっぱり、ロイドさんだ。お久しぶりで……は、ないですね。しょっちゅうお邪魔してますもんね」
「ふふ、そうですね。二日ぶりでしょうか。お久しぶりではありませんね、デンスケさん」
うっ。なんか、この人ってこんな冗談みたいなこと言えたんだ……という気持ちと、もしかして怒られてる……? という不安が一挙に……
とまあ、ボケてる場合ではなくて。
何せこの場は、王子フリードリッヒの御前。ロイドさんに限って、不敬な態度を取るわけがない。
すぐに真剣な面持ちになって、しかし……いつもの柔和な笑顔をこちらへ向けている。
「……っ! フリード……リッヒ王子。もしや……この場にロイド卿がいらっしゃるということは……」
俺が配属される部隊は、ロイドさんが指揮する部隊になる……ってこと?
あれ? いや、でも……ロイドさんはケガでもう戦線復帰出来ないから、指揮官を交代したわけで……?
「ごほん。改めまして、ご挨拶させていただきます。私はロイド=カステール。この度、新設される月影の騎士団の騎士長を、一時務めさせていただきます」
「……新設……月影の……?」
それは……ええと……つまり、指揮官だったロイドさんが、現場を引退して……騎士長として大出世……ってこと?
それは……それは、すっごく……すっごくめでたいな。じゃなくて。
「もしかして、その騎士団って……」
「はい。フリードリッヒ王子のもとに、王宮騎士団にも劣らぬ気高い騎士の一団として、この国を守るのです」
っ! そ、そうか。その手があった……その手ってどの手? えーと……?
い、イマイチ話が掴めない。えっと……俺は、王宮騎士団に入れられそうになってる。で、それだといろいろと困る。
だから、それを阻止しようとフリードが根回しをしてて……
「正面から打って出る。デンスケ。私は君を、月影の騎士団の指揮官として迎え入れたい。つまるところ、これは……」
「……ヘッドハンティング……いや。その……えーと……ごめん。なんかちょっと嫌な単語が浮かんだ。これって……その……」
タンパリングとか、談合とか……いや。わかってる。この場合、それらが当てはまるわけじゃないことも、そういう法がこの国にないかもしれないことは重々わかってる。
だけど……なんか……こう……
「……それは……だ、大丈夫なやつ……なんだよな……? あとになって……お前も俺もマーリンも、果てはロイドさんまで巻き込んで断罪……なんてことには……」
その、いわゆる……水面下での交渉ってやつだ。
しかも、一方がもう一方の提示を把握したうえで、隠れて交渉を行う。つまるところ……かなり、あくどいやりかたの……
いや。いやいや。いいや。違う。そう、違うんだ。
この国には法があって、それが俺の知ってるものとはかなり違うのは事実。
それにそもそも、今の俺は完全にフリーな状態で、誰ともどことも契約を結んでないんだから。
なら、どんなに怪しかろうともこの交渉に問題はない……ハズ。こんな法律に詳しいわけないだろ……わかんねえよ……っ。
「安心してくれ。たとえどのような法を振りかざしたとて、私が退けるとも」
「っ⁉ もしかして……もしかして、ちゃんと違法なのか……? ちゃんと違法なことを、力だけで解決しようとしてないか⁈」
お前、たまに王子パワーを全力で振りかざすときあるよな。やめてくれ、心臓がどうにかなっちゃうよ。
しかし、どうやらそういう頭の悪い暴走作戦というだけではないらしい。
それからフリードは……フリードとロイドさんは、懇切丁寧に事情を説明してくれた。
冷静な大人がいて助かった……




