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第三百四十八話【さらっとしてる】


 次の日も、昼間にはある程度の自由が許された。

 騎士団の手伝いをして、迎えが来るまでのあいだは話も相談も出来て。でも、時間になったらまた部屋の中へ戻らされる。そのくらいの自由。


 それで……やっぱり、日が暮れるころに王様がやって来た。

 また、未来を知る視点からこの国を評価して欲しい、と。そんなことを言って、わくわくした顔を俺に向ける。


 そんな子供みたいな王様に、なんの忖度もなく思ったままを打ち明ける。

 この世界は不便で、危険で、けれど美しい――地に足を着けて生きたからこそ思う、人間臭さの強いところだ、と。


 ある日は、魔獣の脅威について……元の世界にはいないとは言わず、すでに隔離されるか、克服されるか、あるいは上回るだけの知識や技術が根づいていると語った。

 たぶん……だけど、これは誇張でも嘘でもない。現代に魔獣がいたらきっと、とっくに対策が成されていると思う。

 危険ではあるけど、だからって対処出来ないものじゃない。少なくとも、重火器や罠の性能はずっとずっといいんだから。


 またある日は、食の事情やその衛生についても語った。

 調理法や調理器具の発展はもちろん、複数の国の交流による食文化の進化についても。

 これもやっぱり、具体的にはどんなものが……とは話せないけど。


 またまたある日は……と、そんな生活が、かれこれ五日ほど続いた。

 王様は絶対に暇じゃないだろうに、一日も欠かさず俺のところへ来て、疲れた顔のひとつもせずに、興味深そうに話を聞いてくれる。


 それで、なんとなく王様と話をするのにも慣れてきたころのことだ。


「デンスケ様。国王陛下より、解放の令が出ました。本日はご自宅へお戻りください」


「……国王様から、解放……の、許可が下りた……んですか?」


 今日はなんの話をしてあげようかな……なんて考えながら朝の支度を終えた俺に、いつも部屋から出してくれる役人さんはそう言った。

 数日話をしてみて、様子を窺ってみて、国に害をなす存在ではないと認めて貰えた……のかな。


 だとしても、これまた急な…………いや、そうだよな。

 話はまだ途中だったし、もっともっといろんなことを聞きたそうにしていたけど、それはそれ。


 あの場に現れた王様は、王様であって王様ではない。あくまでも個人として俺に会ってくれていた。

 だから、王様として……公的な存在としての決定に、意思を挟み込むことはないんだ。


「……短いあいだでしたけど、お世話になりました」


 報告を受けて、まずは役人さんにお礼を言う。解放されるからって、不誠実な態度を取るのは忍びないから。


 形としては、やっぱり拘留されていた……ってことになるんだろうか。だとしたら、お世話になりましたは変かな?

 でも、朝夕と毎日迎えに来てくれていたんだ。やっぱり、お世話にはなってるよ。うん、間違ってない。


 けど、役人さんは返事もしてくれなくて、いつも通りに送り出してくれただけだった。

 あるいはこの人も、私情を挟むべきでない立場にあるんだろう。一応、俺は被疑者だったんだろうし。


「……しかし、そうか。案外早かったと思うべきか、五日もかかったと思うべきか」


 もう王様とも話せないし、不自由だけどめちゃくちゃ快適な部屋で寝泊まりも出来ない。

 そう思うと、体感的にはあっと言う間だったな。ちょっとさみしささえ感じる。


 でも、解放されたことは素直に喜ばないとね。

 何はともあれ、またマーリンのもとへ戻れるんだ。どんなにいい部屋に住ませて貰うより、ふたりでいられることのほうが大切だよ。


「おはようございます。今日もあっち手伝えばいいですか?」


「おう、おはよう。今日は……ああ、いや。荷物少ないし、あっちはいいや。代わりに……」


 さてと。それじゃ、戻る前にやることはちゃんとやらないとね。

 そんなわけで、今朝も騎士団のもとを訪れて、調査の準備を手伝おうと思った……んだけど。


「……あー、いや。うーん。今日はなんにもすることねえな。まあいいや、一応あっちに顔出してくれ」


 ふむ。どうやら今日は、大がかりな調査は予定してないらしい。その都合で、朝の準備も少しで済むんだろう。

言われるままに荷物の積み込みを手伝いに行っても、そこにはもうほとんど作業を終えたみんなの姿があった。


「おはようございます。手伝いに来たんですけど……なんか、今日はあんまりすることないんですって?」


「やあ、おはよう。今朝はご覧の通りだよ。部隊もほとんど非番だからね、やることがないんだ」


 君も今日は帰って平気なんじゃないかな。なんて言われてしまうと、それはそれで困ってしまう。

 今から帰ると……お店の準備はもう終わってそうだし、かと言っても市場へ行くには遅過ぎるし。

 まあ、営業の手伝いくらいは出来るけど……


「……それが必要だと判断したら、お店開けてないよな。だとすると……うーん」


 それでも、人手があるに越したことはないか。幸いと言うかなんと言うか、ここは俺がいなくても何も困らなさそうだし。


「それじゃあ……すみません。報告だけして今日は帰ります」


 普段ならこんなことあり得ないだろうに、さっさと帰る俺をみんなが優しく見送ってくれた。

 うん……普段はめちゃめちゃ忙しいって、この数日で知ったからね。準備とか事後報告含めると、騎士団の仕事ってかなり多いんだ……


 今日くらいはみんなの休息になればいいなぁ、問題が突然起こらないといいなぁ。なんて祈りながら、ひとり王宮の敷地外へと出る。

 門番さんとも久しぶりに顔を合わせたから、ちょっと驚かれてしまった。たぶん、泊りがけの遠征に同行したと思われた……かな?


 それにしても、たった数日ぶりに街へ戻っただけなのに、なんだかもう懐かしさと言うか、ノスタルジックな気分がふわっと湧いて……


「まるで王宮がホームみたいな気分になってるの、普通に危ないから修正しよう。お前は庶民。お前は貧乏旅人。その日暮らしのつつましい生活をするんだぞー」


 気分だけ生活水準が高まってるの、日常が破綻しそうで怖い。いわゆるあぶく銭ってやつ。いや、銭は貰ってないけどさ。


 じゃあ、このちょっとだけ浮ついた気分を覚ますためにも、さっさとお店に戻って、それなりに忙しいところを手伝うとしようか。

 マーリンのことだから、ひとりだと難しいと思ったとしても、お客さんのためにお店を開けてる可能性は高い。


 もしそうなら、てんてこまいになってるかもしれないからね。

 準備も料理も片づけも平気だろうけど、呼び込みとか接客は並行してやりようがないし。


 そんなわけで、ちょっとだけ急ぎ足で繁華街を目指し、にぎわう人混みを押し分けて進む。

 いつもお店を出してた場所が近くなれば、馴染みのあるおいしそうな匂いも漂ってきた。やっぱりひとりでもやってたんだ。


「マーリン、ただいま。ごめん、ずっと留守にして。手伝う……よ?」


 頑張るいい子は報われないとね。そう思って、すぐにでも仕事に取りかかろうとお店に飛び込むと……そこには、マーリンともうひとりの姿があった。


「はいらっしゃい、空いてるとこに席作るからそこ座って……って、あれ。なんだ、兄サンじゃねえか」


「チェシーさん。もしかしなくても、手伝ってくれてたんですね」


 そこにいたのは、宮廷魔術師ルードヴィヒさんの飼い主……もとい、付き人のチェシーさんだった。


 そっか。王様からマーリンへ連絡が行くなら、縁のあるルードヴィヒさんを経由するか、そうしないにせよ一報くらいは入れてても不思議じゃない。

 それで、ルードヴィヒさんから話を聞いたチェシーさんが、ひとりじゃ大変だろうと手伝いに来てくれた……と。


「……本当に、どうしてあんな変質者のところで手伝いなんてしてるんですか……? こんなに良識にも常識にも溢れてるのに……」


「おう、褒めてくれてどうも。だけど、あいつを引き合いに出されちゃ褒められた気になんねえからやめてくれよ」


 それはたしかに。今の言いかただと、変質者の仲間のくせに……みたいなニュアンスになりかねなかったね。


 とまあ、冗談はさておいて。

 少し話を聞けば、俺が想像していた通りの筋書きで手伝いに来ていたと教えてくれた。

 本当にどうして、こんなにも優しい人が、あんな変態の付き人をやっているんだろうか……?


「ま、なんだ。ルードヴィヒから話が来た以上、王宮絡みで忙しくしてたんだろ? だったら今日は休んどきな。もうひとり手伝いが必要なほど広くもないんだし」


「あはは……そう、なんですよね。そんなに広い場所は取れなくて……」


 あれ、なんかちょっと刺された。そんなつもりはなかっただろうけど、ちいせえ店だなと馬鹿にされてしまったぞ。

 とまあ、それもさっきの意趣返しのつもりなんだろう。これでおあいこ、的な。あいかわらずさっぱりした人だ。


「あ、デンスケ。おかえり。お店は任せてね」


「マーリン、ただいま。ごめんね、ずっと留守にして。明日からはちゃんと手伝うからね。えっと……」


 チェシーさんと話をしていると、調理中だったマーリンがこっちに気づいて……任せてね。ふん。と、やる気に満ちた顔だけ見せてくれた。

 えっと……あの、もうちょっと……こう……おかえり! どこ行ってたの! さみしかったよ! 的な、そういうリアクションがある……とばかり……


「……もうひとりでお留守番出来る歳になったんだね……」


「……アンタ、ルードヴィヒのこと言えないくらい気持ち悪い自覚はあんのか?」


 ひどい! 今度は明確に刺された! 誹謗中傷だよ!

 いや、これ言うとルードヴィヒさんをめった刺しにすることに……もうチェシーさんが思いっきり刺してたわ。じゃあいいか……


 どうやらマーリンは、俺が思っていたよりもずっとずっと平気だったみたいだ。

 それが成長を感じさせてうれしいのか、それとも親離れみたいでさみしいのか。なんだか複雑な気持ちが胸の奥に渦を巻いてしまった。


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