第三百四十四話【まるで何ごともなかったかのよう】
翌朝、開けられない扉が向こうから開けられて、約束通りに俺は自由の身となった。
とは言っても、騎士団の遠征に合流して、それが終わったらまた迎えが来るんだろうけどさ。
それでも、見張りをつけられることもなく、手錠をかけられることもなく部屋から出して貰えた。
これは……昨日の晩のやり取りで、最低限の信頼は勝ち取った……ってことだろうか。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
そして、今朝は早くから騎士団のもとを訪れると、みんなから不思議なものを見る目を向けられてしまった。
まあ……そうだね。いつもはお昼から来るからね。朝はお店やらないといけないって、みんな知ってるから。
「どうしたんだよ、こんな早くに。まさか、もう店畳んだのか? 調子よさそうだったじゃねえか」
「ああ、えっと、そうじゃなくて……」
当たり前の反応だけど、そんな縁起悪いこと言わないで。店は大丈夫、ちゃんと軌道に乗ってるから。
「実は……えっと、なんと言いますか。ちょっと込み入った事情になってまして」
はてさて、どう説明したものかな。
身元が怪し過ぎて拘束されてる……と、素直に打ち明けるのは、あまりにも間抜け過ぎるだろう。
でも、あんまりあからさまな嘘をつくわけにもいかない。すぐバレるだけだし、すごく不義理だから。
「ううん、本当になんと言えばいいのか。面倒に巻き込まれたとか、店がどうにかなったとか、そういうネガティブな理由はないんで、安心はして欲しいんですけど……」
「なんだそりゃ。まあ、悪いことがあったわけじゃないならいいけどよ」
これ以上深く聞かないほうがいいか? と、直接そう尋ねられては、力なくうなずく以外にない。
マーリンには説明してくれた……って、王様は言ってたけど、きっとそっちも事情は伏せたままなんだろうな。
ただ、しばらく帰らないよとだけ伝えたに過ぎないんだろう。それでも十分ありがたいけどさ。
「それにしたって、今朝は妙に元気がねえと言うか……気がかりを残してきたって顔だな。なんでも話せとは言わないけど、出来ることなら相談はしろよ」
「ありがとうございます。これが相談していいことなのかがわかったら、真っ先にみんなに打ち明けますから」
なんだよそれ……と、ちょっとだけ怪訝な目を向けられてしまった。まあ、そうだね。その反応は正しいね。
しかしながら、俺がどうであれ騎士団の仕事は変わりっこない。変わるわけがない。
まあ、いつもならこの時間はいないから、これから何をするのかはわからないけど。
「朝のこの時間って何するんですか? その……遠征の前に仕事があるとすら思ってなかったんですけど……」
「はは、そうだよな。これから命張って戦いに出るかもしれないのに、その前に仕事なんてねじ込まれるわけないよな。はは。ははは」
壊れた。俺が変なこと言ったから、みんなが一斉に壊れてしまった。ご、ごめんって……
どうやら、出発前の準備をするだけ……ではないらしい。
命がけで戦う騎士の、出発前の一番ナイーブな瞬間にまで仕事をねじ込むのは、こう……労働基準法違反とかにならないんだろうか。
「まあそんな顔すんなよ、重たい仕事があるわけじゃないさ。お前が思ってるようなことにはなんねえって」
「簡単な作業……出発準備とその確認をする……だけ……じゃないなら、えっと……」
このリアクションを見るに、簡単な仕事ってだけじゃなくて、お昼からの遠征にもかかわる作業をするんだろう。
それもそうか。これから大事な任務だってのに、それに集中出来なくなるような仕事の振りかたなんてしないよね。
「準備と確認はお前の言った通り、作業のうちには入らない。だけど、それを報告する仕事はちゃんとあるんだよ。めんどくせえったらありゃしないけどな」
「準備の報告……ですか。えーと……」
つまり……持ってく物資や人数なんかをちゃんと報告する……的な。無駄遣い厳禁の精神だろうか。
そうか、ここも王宮とて、予算には限りがある。浪費は出来ないんだ。
過剰な荷物を持って行って、不慮の事故で失ったなんてことになれば、次からの遠征にも支障をきたしかねないもんな。
「……それはつまり、俺に出番は……」
「回ってこねえわな、当然。ま、荷物の準備だけ手伝ってくれ」
うーん……不服。まあ、帳簿つけるような仕事を振って貰えるわけはないんだけどさ、あくまでも外部の人間だし。
けど、そういうことなら気が楽だ。少なくとも、新しいことを覚える必要もないし。
荷物の準備だったら、いつも使わせて貰ってるだけあって、多少はわかる……気がする。
「それじゃあ、馬車のほうを手伝ってきます」
「おう、よろしくな。無茶はすんなよ。身体はデカいけど、意外と力はないからな、お前」
うぐっ。去り際に刺すのやめて、ちょっと痛い。
力はない……わけじゃないけど、さすがに毎日鍛えてる騎士団と比べたらね。
たぶんだけど、単純な筋力が劣っている以上に、身体の使いかたが違うんだろうな。
とまあ、そんなのは役に立たなくていい理由にならないからね。
手伝うと言ったからには、出来る限り張り切って、怪我だけはしないように、全力で頑張るぞ。
「おはようございます。今朝は早くから来たんで、積み込むの手伝いますよ」
準備中の馬車のもとへ向かえば、そこにはあまり馴染みのない顔ぶれが揃っていた。
これはきっと、いつもお世話になってるのが出発する部隊で、彼らが補給や支援を行う部隊だからだろう。
そんなところへ混ざっても大丈夫なものかと不安にもなったけど、どうやら俺の顔はそれなりに知られてるらしくて。
みんな笑って迎えてくれて、噂は聞いてるとかなんとか、もてはやしてくれた。いやはや……うへへ。
「外から来て遠征に加わってるだけでもすごいのに、それがまだここへ来て何か月と経たないんだもんなぁ。君は本当にすごいよ」
「おいおい、もうちょっとうまいこと言えないのかよ。すごいしか言ってねえぞ、お前」
みんな、本当に楽しそうに俺の話をしてくれている。すごいすごいって、笑って褒めてくれる。
これは……もしかしたら、勘違いされているのかもしれない。
俺自身の力よりも、フリードのあと押しのほうが大きなきっかけになったって、知らないだろうから。
それでも、頑張った甲斐があったな……って、そう思えた。
フリードのおかげでここにいるのは否定出来ないけど、フリードに全部任せてここに来たわけじゃないから。
「っと、そうだそうだ。君、なんでも王子と面識があるそうだね。けれど、名のある貴族でもないんだろう? 不思議な縁と言うか……」
「ああ、ええと……フリードリッヒ王子とは……なんと言いますか。偶然なんですけど、旅の途中で出会いまして……」
旅? と、みんなして首をかしげて、一瞬だけ手を止める。止めさせてしまった。いかんいかん。
しかし、すぐに作業を再開するあたりに、みんなのプロフェッショナル性を感じる。頼もしいなぁ。
「はい。俺はもともと、どこにも留まらずに旅をしてたんです。そんなときに……どうしてか、護衛のひとりもつけずに放浪していた王子と出会いまして……」
「ぶっ。な、なんだそりゃ。いや、待てよ……なんか聞いたことあるな、噂でだけど。少し前に、王子の行方がわからないって、役人が慌ててたとかなんとか……」
それはたぶん、最初の放浪のときだろうな。やることやらずにとりあえず飛び出してきちゃったときの、周りに迷惑をかけまくったほう。
で……そうか。そっちが噂になってて、そのあとのことを知られてないってことは……二回目は本当にちゃんとしてから出てきたんだ。よかった……
旅の話、王子との縁の話で少し盛り上がって、それでも準備は着々と進められた。
俺は……なんか、あんまり役に立った感じがないけど、友達は増えた……うん。友達……もしかして俺、遊んでただけ……か?




