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第三百三十九話【突然の】


 結果が出れば、フリードから連絡が入る。そう思って、じっと待ち続けていたある日のこと。

 騎士団の手伝いも終わって、買い物でもして帰ろうか……と、王宮をあとにしようとしたところ、不意に声をかけられた。


 声の主は……知らない人だった。格好を見るに、王宮内の役人さん……だろうか。


「デンスケ様ですね。陛下より遣わされました。ご同行いただけますか」


「……陛下……国王様から……? ええと……」


 威圧感のある態度というわけでもない。それでも、要件を隠してついて来いとだけ言われれば、さすがの俺でも警戒する。

 まずもって、本当に王様からの遣いなのか、と。


「……失礼いたしました。私はヘルマンと申します。かねてよりの活躍をお聞きになさり、直接会って話をしたいとおっしゃるのです」


「王様が、私と会って話を……ですか?」


 またなんとも、言い直されたとて要領を得ないと言うか、言葉足らずな説明だこと。

 ここが王宮で、変な人が立ち入れるような場所じゃないって前提がなければ、ただの詐欺だろうと無視するところだ。


 しかし、ここは王宮で、ただ変なだけの人がいるわけもないから。

 きっと、言葉を濁さなくちゃならない事情があって、こんな説明になってしまったのだろう。


「どうぞこちらへ、ご案内します」


「……はい」


 しかしせっかちな人だな。と言うか、こっちが断るとか、用事があるとか、そんなのはこれっぽっちも考えてなさそう。

 まあ、王様から呼び出されたとあったら、それ以上に優先される用事なんてないだろうけどさ。

 この人にとっても、王様からの命令を遂行する以上に優先するものはないだろうから。ぶっきらぼうになってもしょうがないのかな。


「……すみません、歩きながらでもいくつか尋ねていいでしょうか。なにぶん突然なうえに、信じられないようなことが起こってますから」


「はい、構いません。陛下は貴方を連れてくるようにと命ぜられただけで、そこに強制連行という意図は含まれていませんから」


 あっ、よかった、ちゃんと話せば話せる人だ。めっちゃおっかない単語が聞こえた気がするけど。


「その……私の活躍を聞いて、自ら会って話をしたい……と、王様がおっしゃられたのですよね。その……ええと……」


 さて。まず、真っ先に確認したいことがある。

 それは……まあ、なんと言うか。この話は本当のなのか……ってところから。


 いや、わかってる。そんな嘘ついてこの人にメリットがないし、むしろその嘘がバレたらなんらかの法に触れそうだから、絶対に嘘なわけがないんだ。

 でも……状況的にはそうだとしても、あまりにも現実味がなさ過ぎる話だから。疑ってしまうと言うか……


「フリードリッヒ王子より、日々報告を受けておられたのです。王宮騎士団に匹敵する、この国でも随一の武力を誇る戦士なのだ、と」


 ん、んん? また説明が下手と言うか、いきなりだな。まあ、話が早いのは助かるけど。

 それからヘルマンさんは、王宮内で……特に、王様と王子とのあいだで交わされた報告について、話せる範囲で話してくれた。


 王宮騎士団での俺の活躍は、ちゃんと全部報告されていた。王様もそれをちゃんと聞いていた。

 そして、騎士団以外との関係や行動についても、ある程度は把握していた、と。


「宮廷魔術師ルードヴィヒ様とも親交があり、王宮内での信頼を急激に獲得している、たいへん有望な若者なのだと。王子は毎日のように訴えられておりました」


「そ、そこまでしてくださっていたのですね、フリードリッヒ王子は」


 そりゃそうだろうけど、第三者からちゃんと話を聞くと……さすがに感極まってしまうと言うか。震えるくらいうれしい。


 フリードは王子で、それこそ俺の力を借りなくても大概のことはなんとでも出来てしまう男だ。

 それが、本気で俺の手助けを求めてるのかと思うと、やってやろうという熱い気持ちがふつふつと湧いてくるよ。


「……ただ、陛下はいつも、王子の報告に強い関心を示すことがありませんでした」


「え……そ、そうだったんですか。いや……それが当然ですよね。いくら王子からの推薦とはいえ、名の知れた貴族でもなんでもないですし……」


 フリードの推薦だけでは、関心を向けるだけの理由にはならない、か。それもやっぱり、なんとなくわかってたことだけど。


 しかし……だとすると、話がなんだか変な方向にねじれてしまう。

 俺に関心がない、フリードの推薦を尊重する気がない。のならば、どうして俺を呼び出したりなんてしたんだろう。


「……デンスケ様は表情が豊かですね。文字通り、何もかも顔に出てしまうほどに」


「うぐっ……そ、そうらしいんです。誰からも言われてしまって……」


 たまにこっち振り向くだけの人にまで筒抜けになるのかよ、どんだけ顔に出るんだ。

 いや……このくらいの観察眼がなければ、王様の周りで働くなんて出来ないということだろう。そういうことにしておこう。


「……私も、陛下の気変わりには首をかしげるばかりです。しかしながら、それは単に、私では想像も出来ぬだけの思慮深さをお持ちになられるというだけの話」


 ならば、私が疑問を持つことも、理由を考えることも、不必要なことでしょう。と、ヘルマンさんはそう言って、少しだけ早足になった。


 もしかして……ちょっと怒ってるのかな。疑問なんて必要ないと言ってたけど、だからって溜飲が下がるわけじゃない。

 どうしてこんなやつが……って気持ちはちゃんとあるから、話をしてて不快になってしまった……とか。


「着きました。どうぞ、こちらへ。ここから先には、私は同行いたしませんので」


「は、はい。ありがとうございます」


 っと、どうやらそんな感情的な理由じゃなさそうだ。

 もう目的地付近だったから、話題が終わったところで切り上げたかったのね。次の話題になってからだと、着いたよって言いにくいから。


 そうしてぶっきらぼうなヘルマンさんに案内されたのは、大きな大きな、ひと際大きな扉の前だった。

 この奥に王様がいる……そう思えば、この重厚さ、荘厳さは、過剰なものとは到底思えない。


「お待ちしておりました、デンスケ様。どうぞこちらへ」


「っ。お、お願いします」


 何をお願いするんだ? と、そんなつっこみは横にどけといて、だ。

 ヘルマンさんが開けてくれた扉をくぐると、そこには……いきなり玉座なんてこともなく、また別の使用人さんが待っていた。

 これは……あれかな。立ち入っていい範囲が決まってるのかな、役人ごとに。


 こっちの使用人さんはなんにも話をせず、まっすぐな廊下をまっすぐに案内してくれるだけ。

 たぶん、玉座がすぐそこだから、無駄口を叩くわけにはいかないんだろうなと察せられる。

 そもそも、俺もそんな余裕はなくなってきた。さすがに……ね。


 そして、長いような短いような廊下を歩き終えれば、また大きな扉の前で立ち止まる。

 それからただひと言の挨拶もなく、使用人さんは扉を近衛に開けさせて、自分は廊下の端へと下がってしまった。


 扉が開ききるのと同時に、俺は近衛に促されるままその部屋へと足を踏み入れる。

 一歩。また一歩と前へ進むたびに、身体がどんどん重たくなる錯覚に陥った。これが、一国の主を前にする重圧なのか。


「――其方そなたがデンスケか」


「――っ! は、はい!」


 しばらく進めば、声が聞こえた。向こうからこっちが見えたから、こっちから向こうが見える距離まで来たから……ではないのだろう。


 王だ。そこにいるのは、まぎれもなく王なのだ。

 広い玉座の間にて、座してこちらを睨むその姿こそ、俺が認めさせないといけない相手――この国そのものと言っても過言でない存在。


 俺は今、誰の助けも受けられないまま、なんの備えもないままに、ひとつの国を前にしている。


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