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第三百三十六話【そして、その日】


 会場の下見も終わった。その中のどこで開催するかも決めた。

 社交界の警護の仕事も受けられた。フリードに仲介して貰って、その場で貴族を招待することも出来た。


 やるべきことは全部やった。全部、全部。俺に出来ることは、考えつく限りで全部やったって自信を持って言える。


 そして、ついに当日を迎えた。


「……ふー。さすがに緊張する。いや……違うな。さすがに、緊張し過ぎてよくわかんなくなってる」


「固くなる必要はない。君は間違った主張をするのでも、難しい提案を押し通すのでもない。胸を張ってさえいれば、それだけで肯定されるほど洗練された意見を提出するのだ」


 緊張して手が震える俺に、フリードは今日も今日とてやたらと過剰な期待を乗せてくれる。

 お前がそういうこと言うから、余計に緊張するし、失敗出来ないって気持ちになるんだろうが……


「デンスケ。胸を張るのだ。虚仮でもいい、背筋を伸ばせ。ただそれだけで認められる、それだけの実績が君にはあるだろう」


「そ、そんなに大きな実績を上げた記憶は……」


 王宮騎士団のみんなからは認められてる……と、思う。それなりに。もしかしたら、腹に据えかねてる人もいるかもしれないけど。

 それと、今回の件に関しても、後ろ盾となる人は何人もいる。フリードを筆頭に、王都でも有数の権力者だ……とまでは言えないけど。


 でも、何人もの人が俺のアイデアを信じて乗っかってくれたんだ。

 緊張して縮こまって、それが原因で失敗した……なんて、とてもじゃないけど、そんな結末は許されない。


「……うん、よし。大丈夫、なんとかなる。俺は今日、偉い人やすごい人を言い負かすために来たんじゃないんだから」


「ああ、その通りだ。今日、君のもとに集うのは、君の提案を前向きに受け止めようとするものばかり。恐れることなど、どこにもありはしない」


 恐れてたわけじゃないけど……まあ、心境の分類としてはそれが近いのかも。


 今日来るのはみんな味方。あるいは、話を聞いて味方してもいいかもと思ってくれた人。

 それと、ミラーさんから紹介して貰った、話さえすればきっと味方してくれるだろう人達だ。


 大丈夫、今日は完全にホーム。言うなれば、身内公演みたいなもの。

 俺とは直接面識がなくても、俺の友達が呼んだ友達が見に来てるだけだと思えば、学外公演に比べて圧倒的に気が楽だ。

 こんな考えかたで本当にいいんだろうか……?


「そろそろ時間だな。私も手伝いたいが……しかし、それは君の望むところではないのだろう?」


「おう、フリードはじっとしててくれ。お前が表に出ちゃうと、俺じゃなくて王子に賛同したってことになるからな」


 まあ、後ろに控えててもそういう扱いになっちゃいそうだけどさ。

 それでも、表面上くらいは繕わせてくれ。俺が提案して、俺が準備して、俺がみんなに伝えるんだ、って。


 それからすぐに、一組目のお客さんが現れた。そう、お客さん。

 俺は今日、これから、大勢の貴族と政治家を相手に、商売をする。可能性という、何よりも重たい商品をやり取りするんだ。


 王宮で、あるいはそれ以外のふさわしい場所で、招待するために、全員と一度は顔を合わせている。

 それでも、挨拶と今とでは状況も立場も違う。みんな優しげながらも、すごく真剣な目をこちらへ向けていた。


 期待されている。と、それがすぐにわかった。

 フリードが関わっている。ミラーさんが関わっている。それだけで、ここに来る人達の期待はすでに最高潮にまで高まっているだろう。


 期待を裏切らない……じゃない。その期待を、そっくりそのまま俺に向けさせるんだ。

 大丈夫、変なことさえしなければそれで成功する。そうなるように、ちゃんと準備してきたんだ。


「……ふう。皆様、お揃いになられましたね。それでは、早速ですが始めさせていただきます」


 席には飲み物も軽食も準備した。そうしたほうがそれらしいと、俺がそう思ったから。

 フリードにはちょっと怪訝な顔をされたから、実はふさわしくなかったのかもしれない。


 でも、俺は売り手。来てる人はみんなお客。なら、もてなす精神を全面に出すのが、ジャパニーズ商人あきんどの格式ってもんだ。


「本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。申し遅れました、私はデンスケと申します。現在は、王子の取り計らいもあり、王宮騎士団に仮の席を置いています」


 なんとなく聞いたことのあるような挨拶から初めて、今日の集まりの大まかな目的を説明する。

 いったい何をするつもりなのか……ではなく、どうしてここにこの人達を集めたのか、と。


 大義名分は興味を惹かない。そのことは、自分自身がよくわかっている。

 人間、話を聞こうと思うのはいつも、自分に利があるかどうか、不利があるかどうか。

 そして、どうして自分が関わらなければならないのか。と、そんな内容が示唆されたときだ。


 言うなれば、校長の話はまったく聞く気にならないけど、講演に来てくれた知ってる有名人の話は聞くのと同じ。

 関わりたい人の話ならみんな聞くんだ。ならまずは、関わるだけの価値があると示すべきだろう。


 俺はここにいる全員の味方だ。全員に、等しくチャンスをもたらす人間だ。

 そう主張するとともに、その根拠を明確に示してやらなくちゃ。


「この度、提案させていただきますのは、近く実用化がなされるであろう、蒸気機関車の運用、運行について。それがこの王都にもたらす、変革の波についてです」


 汽車のことは、本当に一部の人しか知らないからね。そのことを知ってるだけで、最低限のスタートラインには立っていると思って貰える。

 まあ、本当の本当に最低限、なんだけど。少なくとも、この時点で帰ろうとはされない程度の。


 足が震える。握った手のひらに汗が溜まる。でも、不思議と緊張感はない。絶対緊張してるのに、変な話だけど。

 まあ、ここにいるすごい人達を説得するなら、ちょっと変なくらいは我慢しよう。これはこれで都合がいいんだから。


 この国には、遠くない未来に大変革が訪れる。

 汽車の登場、普及、定着は、人と物の流れに革命を起こす。


 今までに存在した仕事の一部が消滅し、考えもしなかったような作業が多発する。

 だからこそ、これは商機である。その波に乗りさえすれば、どれだけでも需要を飼い慣らせるのだ。


 人と物が溢れかえれば、この中心の王都を囲うように存在する、受け皿の王都の需要も増す。

 それに、受け皿の質も自ずと高くなる。


 これからの商売は、この中心の都だけでなく、受け皿の都にまで手を広げるだけの甲斐があるだろう。

 何よりも、それを可能とするだけの運搬手段が確保されるのだから。使わない手はない。


 そして、そんなものが生まれ、使われるようになれば……


「必ず、汽車を動かす人員が必要となります。運転士でも、整備士でも、あるいは客引きであったとしても。仕事を求める人の数は、今の何倍にも膨れ上がるでしょう」


 俺の話を聞いて、みんなどこか納得の表情をしていた。と言うよりも、このくらいは言われなくてもわかってただろう。

 だから、みんなの関心はまだ先にある。そのわかりきった未来を前に、お前はどんな備えをするつもりだ、と。


 その未来が本当に訪れるように、お前は私達の前に道を拓くつもりがあるのか、と。


「――ですが、この未来が訪れるには、小さくない障害が立ちはだかります。それは、今も国中を脅かす、魔獣の存在です」


 大丈夫。俺はやれる。やる。

 この国にちゃんとした未来が訪れるように、俺にはやれることがあるんだ。


「私が――私と、魔導士マーリンが。王子の率いる調査部隊に加わり、北方の魔獣の調査を行います。国中に線路を張り巡らせられるように、道を切り拓いてみせましょう」


 この宣言には、みんなどこか懐疑的な表情をしていた。

 でも……ほんの数人、俺の事情を――魔導士マーリンの実力と、王宮騎士団に現れた勇者の活躍を知る人だけが、興味深そうに目を細めているのがわかった。


 これ以上は俺から語ることはない。あとはただ、説明をするだけ。もう、心を伝える時間は終わりだ。

 そう思ったら……な、なんか、いきなり身体が軽くなったぞ。準備してた原稿の通りに喋るだけって、本当にらくちんだなぁ……


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