第三百二十八話【増員というより求人】
「――そりゃまじかよ。本当にそうなるんだとしたら、たしかに商売になりそうだけど……」
王宮騎士団とはまた別の後ろ盾を手に入れる。そのために、俺は貴族相手の商売を始める。
その商売について詳しく説明すると、バズは半ば疑心暗鬼な状態ながらも、興奮した様子で期待の眼差しを向けてくれた。
「なる。絶対になる。こればっかりは間違いない。でも、これを商売にするには、俺の力だけじゃダメだ。もっと大きな資本の力を借りなくちゃならない。だからこそ……」
「貴族に信用させられる……鎖で繋いだって安心させられるってわけか。はー……」
貴族相手の売り物は、おいしい野菜でも、安くて丈夫な鉄鍋でもない。
金も権力も持つものが求めるのは、自分を裏切らないという確信と、裏切られないと思わせる他者からの信用だ。
なら、俺が売るべきものはその前者。
ものを、情報を、あるいは可能性をやりとりする相手として、裏切らない商人だと思われるようにならなくちゃいけない。
それで……なんだけど。バズがそれを難しいって言ったのは、俺にある才能が、あくまでもものを売る……金を儲ける能力だと思っているから、だ。
俺自身はそんなに突出した才能があるとまでは思ってないけど、バケットさんに教えられたぶん、それなりにこなせる自信はある。
でも、その自信が全く役に立たないぞって、そういう忠告だ。
もちろん、そのことは俺もわかってる。
ひとりでは出来ないからこそ、貴族の財力に頼るしかない。そうでなければ成り立たないと思わせることで、俺から裏切るメリットが存在しないと理解して貰う。
必要な信用を得るという点では、たしかにこれがプラスのポイントにもなる。
でも、根本的なところではデメリットだ。
だって、力が足りないことの証明でしかないんだ。そんなの、手を貸さない理由にもなるだろうから。
「とりあえず、やろうとしてることはわかって貰えたみたいだな。それで……だ。もしも本当に実行に移すとしたら、お前はどうする」
さて。本題はここから。
バズに話を理解して貰うこと、可能性を見出して貰うことは、あくまでも前提条件に過ぎない。
俺にはさしたる財力もなければ、資本に繋がるような人脈もない。
それでも王宮内で立場を手に入れるには、単純な頭数を揃えて、とにかく出来ることを増やして、動ける範囲を広げるしかない。
この男も俺と同じ、しがない商人でしかないかもしれない。それでも、王都から近い街の農家の大勢と繋がりを持っている。
そういう人達から応援して貰えるなら、民衆の支持を受けられるという商品を手に入れたことにもなるだろう。
ほかにも候補はいるけど、話を持ち出したのはバズだから。出来ることなら、一番最初に味方に引き入れたいけど……
「……も、もうちょっと考えさせろ。お前さんをそそのかしたのは俺だからよ、簡単には断らねえよ。だけど、可能性のない道に飛び込む余裕はねえんだ」
「うん、わかってる。前向きに考えてくれるだけで、選択肢に入れてくれるだけでいい。あとは俺が、参加しがいのある条件を揃えてくるだけだ」
……やっぱり、簡単には首を縦には振らない……振れないよね。
バズは申し訳なさそうに目を伏せてるけど、俺から見ても賢明な判断だと思う。
俺が提案した話は、あくまでも俺目線の……俺の持ってる、数少ない特別な要素を前提とした商売の話だから。
バズからはそれが見えてない以上、決断は下せないだろう。
「それじゃ、話が進んだらまた声かけるよ。そのときには、きっとうなずかせるからな」
「お、おお。出来ることなら、商売で会社を立てて、そっちに誘って欲しいんだけどな」
それは……うーん。面白そうだけど、面白そうだけで始められることじゃないしなぁ。
そもそも、フリードと一緒にいようと思ったら、王都を離れる日も少なくはないだろうしさ。
そんなわけで、バズと別れた俺達は、またしても市場へと戻ることにした。
まだもうひとり、話をしたい相手がいるんだ……けど。
「……この時間だと、もうあっちかなぁ。いや、そもそも……」
正直、期待は薄いよな。ただでさえ、もう誰もいない時間帯だし。
「……ねえ、デンスケ。さっきの、えっと、バズと話してたのって、どういうこと? なんの話だったの?」
「ん? えっとね、えー……むずかしいな、説明が」
市場へ戻る道中に、隣にいながらずっと蚊帳の外だったマーリンから、説明してよと催促された。
しかし、マーリンにお金の話は……買い物の範疇ならいざ知らず、商業の話になると、噛み砕くにも難しくて……
「……まあ、そうだね。ほら、俺は……マーリンが呼んでくれた俺は、その時点で特別だろ? だから、それを使って……もっと大きい、すごいお店を出そうかな、って」
「デンスケは……僕が呼んだから、特別……? 僕が……えっと……特別……」
大事な友達、だね。ふん。と、元気いっぱいにそう言ってくれたので、それが世界の理で間違いないですぞ。
なんだってこんなにもかわいらしいんですかな、マーリンたそは。
「あはは、まあそういうことでいいよ。俺はマーリンの、一番大事な友達だからね。だからこそ、見えてるものがあるんだ」
「……えへへ。一番大事な友達、だよ。デンスケも、僕が一番大事……かな? だったら……えへへ。うれしいな」
んぬわぁんだってこんなにもかわいらしいんですかなぁ! マーリンたそは!
そんなの、一番大事に決まってますな! と、久しぶりに頭を撫で回してあげれば、うれしそうに笑顔を向けてくれる。うーん、天使。天使ですぞ。
「っと。道のど真ん中で遊ぶもんじゃないですな、ごほん。ま、今は難しくても、そのうちわかりやすくなるよ。もうちょっと待っててね」
「うん、わかったよ。デンスケは、大事な友達だからね。どれだけでも待つよ」
それはつまり、話の内容はいっさい理解出来なかった……と、そういう宣言でいいのかな……?
まあ、しょうがないはしょうがないんだけど。そもそもは商売なんてしたことないし、それに……それ以前の問題でもあるからね。
そうしてマーリンとじゃれながら戻れば、もう市場には人の影はひとつも見当たらなかった。
まあ、バズとここを離れた時点で、かなり閑散としてたしな。
「もう目ぼしい売り買いは終わったとはいえ、ここまで人がいなくなるもんなんだ。こんな時間に来ないから、知らなかったや」
しかし、これじゃあ目当てのあの人とは会えないな。しかたない、次の場所へ行こう。
あの人と会えるとしたら、ここか、あとはもう一か所……なんだけど。でも、そこにも必ずいるわけじゃないからなぁ。
「……しょうがないか。マーリン、先に買い物だけして帰っててくれる? 行っても無駄足になっちゃうかもしれなくてさ」
ちょっと遠いし、先に帰ってご飯の支度と明日の準備をして欲しい。と、そうお願いすれば、マーリンはちょっとだけさみしそうな顔をしたけど、素直に従ってくれた。
ごめんね。本当にごめんね。ついさっき一番大事な友達とかなんとか言った矢先に、まさかひとりで帰れとか言われるとは思わなかっただろうね……
「……でも、あの場所に連れてくわけにはいかないからね。ごめんね……」
それでも、マーリンに悪影響を及ぼすくらいなら……と、身を切る覚悟で送り出そう。
出来ることなら、あんな変質者どもとは関わらせたくないからね。
そしてマーリンを見送った俺は、市場を離れ、慣れた道を歩き出した。
目的地は……ミスターさんの店……を、開く予定らしいあの場所だ。会う予定なのはもちろん……




