第三百十七話【さあ、】
俺は特別になれないかもしれない。
そこそこ強いとか、身体が大きいとか、魔獣と戦い慣れてるとか、そんなのは普通の中の優秀さにしか繋がらないかもしれない。
だけど、俺の身体は――俺の身体を呼び出してくれたマーリンは、誰がなんと言おうとも特別だ。
「――これで――最後だ――っ!」
気づけば、周りにはもう魔獣の姿がない。殴って殴って殴り続けて、手の感覚がなくなったころ、そのことに気づいた。
だから……これは、ある種の見栄。はったり。でも、必要なものとして大声で叫ぶ。
周りが見えていた。数も数えられていた。
みんなにはどう見えてたかわからないけど、俺はちゃんと正気だったんだってことを示すための咆哮。
俺は、特別なんだ。特別な強さがあるから、特別な身体があるから、こんなにも無茶なことが出来る。
こんなにも無茶なことをしても、みんなのことを守れるし、自分もちゃんと無事でいられる。
そのことをなんとしても示さなくちゃならないから、沸騰した脳みそで無理矢理絞り出した答えだ。
周りにはもう魔獣の姿はない。そして、大慌てで怪我人を手当てする味方の姿もない。
あるのはただ、異様なものを見る目をこちらに向ける騎士団の姿だけ。
もしかしたら、その根底にあるのは怯えかもしれない。
おぞましいものを見たと、恐ろしい所業だったと、肝を冷やした人ばかりだっただろうか。
なら……いや。だからこそ、俺はここに名乗りを上げなくちゃならない。
狂人であってはならない。精神に問題を抱えていると思われてはならない。
俺はこのときに、誰よりも勇敢で、誰よりも頼りになる戦士として、みんなから憧れて貰わなくちゃならないんだ。
「――っ。ど――うだ! このやろう!」
で……がんばって出したセリフがこれだった。
仮にも劇を演じる側だったものとして、もうちょっと気の利いた言い回しは出来なかったのかと頭も痛くなる。
でも、それがかえって良かったらしい。
みんなの表情からぴりぴりした緊張感がふっと消えて、一斉に歓声を上げて駆け寄ってくれた。
ちょっと余裕がなくて、人間味を感じさせる演技だった……と、前向きに捉えよう。
うん……演技でもなんでもなかったんだけど、実際のところは……
「デンスケお前――っ! そんなこと出来るんだったら、今までなんでやらなかったんだよこのやろう! はっはは!」
「うぐっ……ちょっと刺しながら褒めるのやめてください。誰かが怪我する前に吹っ切れてたらとは、俺もちょっと思ってるんで……」
今までずっと二の足踏んで、その結果ロイドさんが大怪我してると考えたら、すごく……こう……いかん、胸がきゅってなる……
もっとも、最初からこうだったらロイドさんが怪我しなくて済んだか……は、正直わからない。
無茶する俺をフォローするために、むしろもっとひどい……それこそ、命にかかわるような怪我をした可能性だってある。
だから、最初からこうしてたら……みたいなことを思いあがるつもりはない。
ないけど、それはそれとしても、言われたら気にするから刺さないで欲しい。
「――違う! 違う違う! お前ら何やってんだ! 先に怪我を見せろ! 思いきり噛みつかれてたじゃねえか!」
「お、おおっ! そうだ、そうだった! デンスケ、あぶねえだろ! 何やってんだ!」
大歓声に沸き立つ中で、ひとりの騎士がどうやら冷静さを取り戻してしまったらしい。
出来ればみんながちゃんと冷静になってから、ゆっくり出来る状況になってから説明したかったけど……まあ、しょうがないか。
「えっとですね、それについては……」
「じっとしてろ! 横になれ! 止血だ! それと湯を沸かせ! ありったけのタオルを準備しろ! 馬車もこっちまで連れて来い!」
出来ればみんながちゃんと冷静になってから、ゆっくりできる状況になってからじゃないとこうなるよなぁ……って、思ってたんだよね。
ひとりが冷静さを取り戻せば、当然みんなも迅速に対処し始める。
さすが、鍛え抜かれた騎士団は違うね。もう誰も俺のことを褒めてなくて、人命救助最優先の動きをしてるよ。
でも……でも、出来れば大ごとになる前に話を聞いて貰いたい。
俺は大丈夫なんだって、あの行動にはちゃんと大丈夫な裏付けがあったんだって、先に知って貰いたいんだ。
「あ、あの! 大丈夫ですから! 俺は本当に大丈夫なんで、先に説明させてください!」
「デカい声出すな! 安静にしてろ! 怪我人が言う大丈夫なんて、酔っ払いの酔ってないと何も変わんねえよ!」
そ、それは遺憾。本当に大丈夫なんだって。というか、もう怪我人じゃないんだってば。
しかしながら、それをどれだけ言葉で伝えても信じては貰えない。
だって、現実として俺の身体は血まみれ泥まみれで、赤というより真っ黒になってるから。
それでも、すぐにみんなの顔色が変わる瞬間はやってくる。
これも、出来れば言葉で説明して、納得して貰ってからにしたかったんだよね。だって……
「……怪我が……傷がない……? そんなわけない、だって……
「……そんな化け物を見るような目で見ないでください……いや、我ながら化け物みたいだとは思ってますけど」
こういうリアクションになるのは目に見えてたから……
治療のため、止血のためにと装備を外す段階になって、一番親身にしてくれてたひとりが青い顔をした。
それを見た隣の男が、そんなにひどいのか。って顔でのぞき込む。
で……ふたり揃って顔を真っ青にするから、周りにいた全員が異変に気付いて……
「だから! 大丈夫なんで! 説明させてください! というか! こんなことになってるのが俺だって時点で、なんとなく察するところがあるでしょう!」
このままだと全員がパニックになる。その直前くらいで、俺は出来る限り大きな声でそう呼びかけた。怒鳴りつけた……とも。
「俺の身体は特別なんです。特別……な、魔術を使って貰ってるんですよ。治癒能力が桁外れに高いんです。そういう術を、マーリンが埋め込んでくれてるんです」
「治癒能力が……高くなる魔術……? そ、そんなもの聞いたこと……」
だったら、辺り一面を焼き払う魔術は見たことあるんですか! なんて言えば、みんなは黙るしかない。
ここにいるみんなは、いつかマーリンの魔術を目の当たりにした騎士団だから。嫌でもあの光景は思い出せるだろう。
「俺は魔術師じゃないんで、詳しいことはあんまりわかってません。ただ、マーリンは俺に、怪我をしてもすぐに治る術をかけてくれてます」
まさか、異世界から召喚するついでに付与してくれた……なんて話が通じるとは思ってない。
それでも、あの規格外な魔導士の力なんだと言ってしまえば、どれだけ現実離れしていても説得力を持たせられる。
みんなの表情はまだ困惑の色を残したままだけど、それでもちょっとだけ納得はしてくれたみたいだ。
もう誰も疑問を……そんなものがあるのかと、一番根っこの部分にある疑問を俺に投げたりはしない。
「この力は……残念ながら、俺にしか使えないみたいです。だからこそ、俺も特別なんです。こんな力を貰ってるからこそ、王子は俺をここにねじ込んだんですよ」
自分の力を示す、成果を挙げる。それが目的だった。それだけが正解だと、ずっと思ってた。
でも、違う。俺が特別になるとしたら、俺を特別だと思わせるには、あのふたりの力を、名前を借りるしかない。
鍛え抜かれた騎士団の中で、俺が特別に輝く方法。ちょっとだけ思い当たったそのやりかた。
それはやっぱり、特別なやつらに認められて、同じ場所に立っているんだと誇示することだった。
「俺はどれだけ怪我しても平気です。即死したり、失血死しなければ。だから――だから俺が、みんなを……この国を守る盾になります」
これが、勇者と呼ばれた俺の決意だ。
フリードには地位がある。知識もある。知恵も、人脈もある。そもそも、とんでもなく強い力がある。
そんな男の隣に並ぶなら、そいつの背中に乗ってるものを守る力がなくちゃ話にならないだろう。
みんな、まだ疑心暗鬼な目で俺を見ていた。それでも、その奥には間違いなく輝きが灯っている気がする。
強引だったけど、やり過ぎだったかもしれないけど、これで俺は特別さを知らしめることが出来たんだ。
帰りの馬車で質問攻めにされるそのときになれば、もう不安も緊張もどこにも残ってやしなかった。




