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第三百十一話【道は途絶えず。しかし……】


 王宮騎士団との遠征は、これと言って大きな問題を迎えることなく終わった。

 魔獣が現れれば、部隊が即座に対処する。これを何度か繰り返しただけ。


 そう。何度か、繰り返した。それが当たり前のことのように、驚きも怯えもせずに。

 まるで事務作業のように淡々と、騎士団は魔獣に対処していた。それは、俺達がやっていたのとは根本的に違うものに思えた。


「お疲れさまです、デンスケさん。緊張も不安も、身体を疲れさせる大きな要因になりますから。今日はゆっくり休んでください」


「ふう……お疲れさまです。みんなに比べて何もしてないも同然なのに、俺だけ息あがってるの……はあ。精進します」


 情けないなんて言ってる場合じゃないからね。早く追いついて、並んで、追い抜かさなくちゃ。でないと、フリードの隣へは行けない。


 それでも、やっぱり違和感……自分だけが異質なものに思える感覚は無視出来ない。

 ロイドさんに見送られた帰り道に、買い物ついでにひとりそんなことを悩んでみる。


 俺達はそれを、特別なこととして向かい合ってきた。

 魔獣が現れる。その危険に街や村が晒される。それを退治して、みんなから感謝される。それが、俺達にとっての魔獣退治。


 別に、感謝されないことが不服なんじゃない。そんなわけない。だって、人知れず戦ったことも何度もあるんだから。

 じゃあ、いったい何に引っかかっているのか……は、わかってるけど、理解出来てない。


「ルードヴィヒさんとの接触が、マーリンの精神的な成長を促すためのものだったとしたら。今回は、俺に何かをさせようと……気づかせようとしてる……のかな」


 フリードは無意味なことをしない。俺達を探してあてもなく旅をするようなやつだけど、不必要な遠回りはしないハズだ。

 少なくとも、あいつにとっては遠回りじゃなかった。どれだけ時間をかけてでも俺達を探し出すことは、それだけ重要だった……と、今になればそれもわかる。


 事実、こうして王宮内部に食い込めそうなところまで来てるからね。

 王子にとっては、大きな駒を手に入れるための必要な浪費だったんだ。


 そう前置きしたうえで、マーリンの件をちゃんと振り返ってみる。

 ルードヴィヒさんを紹介された件。そして、ルードヴィヒさんに請われたからと言えど、街の魔術師とのいさかいにわざわざあいつが顔を出した理由を。


 それはきっと、そうしなければならなかった……そうしたうえで、ようやく隣に並べる駒として成り立つと思ったから……じゃないかな。


 マーリンには常識がない。魔術師としての、当たり前の基礎がない。それをフリードは、多少なりとも知っていた。

 知っていたから、自分の知る中で最も優れた魔術師に指導を頼んだんじゃないかな。


 少し前のままのマーリンじゃ、どこまで行っても飛び道具にしかならない。本人の能力がどれだけ高くても、あとには何も続かないから。

 だから、いつか人を導く立場になることも考えて――そこまで考えなくちゃならないあいつだから、すでに特別なマーリンにさえ課題を与えたんだ。


 じゃあ、俺には何を求めているんだろう。何を求めて騎士団に同行させたんだろう。


 ロイドさんいわく、俺はどこでも一番輝くとかなんとか、そんなことを言われたらしい。

 それがもう変な話と言うか、本当に俺のことを見てたのかと疑問に思うところだけど、それは一回忘れて。


 やっぱり、俺は魔獣を倒す力を……そのうえで、大勢に希望をもたらす影響力を求められている……と、思う。

 少なくとも、そういう話を、目標を語ったからこそ、あいつも俺達と一緒に旅をしてくれたわけだし。


 むしろ、そういう青臭い理想を掲げてるところ以外、見るべきものなんて何もないだろう。

 初対面が全裸だった面白いやつってだけで買われてたら……それはもう、この国がおしまいってだけだ。


「……強さを求めてない……わけじゃない。だったら、あのとき俺に強さを自覚させる必要はなかったわけだし」


 強いことを求められている。魔獣を蹴散らす強さを必要とされている。

 けど、それだけじゃない。あいつの言う“輝く”って言葉の意味は、ただ強いだけじゃない気がするんだ。


 ビビアンさんのところを出発してから、俺達は憧れて貰うために魔獣と戦い続けた。

 憧れがあれば、ほかの人も魔獣と戦えるようになるかもしれないから。そうして、大勢に希望を届けたいと思ったから。


 もしかしたら、あいつはそれじゃ足りないと思ったんだろうか。それとも、その理想のためにはまだ未熟だって言いたいんだろうか。

 訓練された騎士団さえも憧れるような英雄になればいいのか。それとも、誰もが憧れる騎士になればいいのか。

 あるいは……


「……明日、もっと頑張らないと。俺だけ置いてかれちゃ笑えないよ」


 気づけば買い物も終わって、無意識のうちに帰路に就いていた。

 いかんいかん、外でぼんやりし過ぎた。買い物、ぼったくられたりしてないだろうな……?


「あっ、デンスケ。おかえり。たいへんだった? おつかれさま」


「ただいま、マーリン。買い物……してきたんだけど、同じこと考えてたんだね」


 家に着く少し前で、背後から声をかけられた。おかえり。と、にこにこ笑うのは、同じように買い物袋を提げたマーリンだった。

 どうやら、まったく同じタイミングで買い物に行ってたらしい。


「あはは、買ってるものまでほとんど同じだ。俺もマーリンも、すっかり王都の生活に馴染んだもんだね」


「えへへ。同じこと考えてたんだね。おいしいもんね」


 おいしい。とは、袋の中で別に包まれたお肉のことだろう。味の好みもすっかり同じになってしまった。

 生ものが多いからちょっと心配ではあるけど、しかし食料品の買い物が被るぶんにはそこまで問題にもならないかな?


「帰ったらすぐご飯にしようね。いっぱいあるから、いっぱい食べようね。えへへ」


「今日のうちに全部食べなくても……いや。食べれるときにちゃんと食べる癖つけとかないとね。身体は資本って言うし」


 食いしん坊発言はいいけど、そんなに大食い出来ないだろうに。

 しかし、おいしいものが多ければ幸せになれる。これは世界の真理のひとつだ。

 今日はこの偶然に感謝しながら、ごちそうを山ほど食べるとしよう。


 明日からも、まだまだ頑張ることは多いんだから。



 そして、十日が経った。

 毎日のように遠征に繰り出す騎士団に、同じく毎日のように同行する俺。

 それでも、部隊との連携はなかなかうまく行かないし、かと言って個人でも特別な成果を挙げてもいない。


 そんな現状が、ちょっとだけ強く背中を押すようで、気持ちも身体も焦ってしまってしかたがない。


「イライラしてもしょうがない、むしろマイナス。何もいいことないぞ。だから落ち着け……」


 王宮内での準備中、馬車での移動中、そして現場での点呼の最中にも、無意識に体のどこかしらが震えていた。

 まあ、いわゆる貧乏ゆすりってやつだよね。こんなの出るほどストレスたまったことなんてなかったのに。


「頭ではわかっていても、身体も心も焦ってしまう……ですか。まるで、少し前の私を見ているようです」


「ちょっと前のロイドさん……? ロイドさんもうまく行かなくてイライラしたことあるんですか?」


 それはもう。と、さらりと答えた割には、顔もしぐさも困り果ててしまったって感じだった。

 もしかして、今も……なんだろうか。今も、王子から預かった新入りを、どうにもうまく育てられないな……みたいな。


「大丈夫ですよ。時間が経てば、ものごとに慣れれば、人と馴染めば、その悩みは解決します。おおよそのことは、ですが」


「……俺はまだ、この部隊に、魔獣退治って仕事に慣れてないだけ……ってことですか」


 そう言われてしまうと、まあそれ以外にはないよな……とも思うけどさ。

 もうちょっと何か……一発逆転とは言わないけど、一歩でいいから前に進んだ手応えがあれば変わりそうなのに――


「――っ! 今の音は――」


 パン! と、いきなり大きな破裂音が轟いた。それは、すでに部隊が突入した森の向こうで鳴っていた。

 魔獣の発見を知らせる合図……じゃない。その合図よりも前に、交戦状態に入った合図が届いたんだ。


「隠れていた群れに奇襲を受けたようです。デンスケさん、はぐれないようについて来てください。至急援護に向かいます」


「はい。なんとしてもついて行きます、気にせず飛ばしてください」


 この部隊は優秀だ、誰も彼もがちゃんと強い。

 それでも、魔獣の脅威が低減されるわけでもないし、奇襲に遭えば少なからず動揺は生まれる。


 そして、この優秀な部隊が任されるのは、ほかの街じゃ見ないような、特に危険度の高い魔獣の処理だ。


 少しだけ嫌な予感がする。誰かが死んじゃうんじゃないか……なんて考えが、過ぎたものじゃないと思えることが怖い。


「デンスケさん、後方の警戒をお願いします。奇襲があったのならば、姿を隠すのが上手い魔獣が潜んでいる可能性が高いです」


「わかりました。任せてください」


 後方の警戒……なんて言われてるけど、これまで十何人も通った道の、その後ろから襲ってくる可能性はそう高くない。

 一番安全そうな方角を任されたんだろう。


 でも、だからって気を抜いていいわけじゃない。

 もしも俺のほうから襲われるとしたら、それだけ狡猾な魔獣だってことになる。


 ちゃんと警戒しろ。ちゃんと観察しろ。ちゃんと、ちゃんと。どんな小さな問題も見落とさないくらい、今この瞬間は全神経を集中させるんだ。


「後方……異常なし。魔獣が襲ってくる気配は――」


――パン! パン! と、連続して破裂音が聞こえた。進行方向から……さっき奇襲を受けた部隊から発せられたものかもしれない。

 そして……おそらくそれは、連絡用の信号じゃない。魔獣を倒すために銃を撃った音だ。


 先頭部隊は緊急の状況にある。連続して発砲されたってことは、単一の個体をひとりが狙ったんじゃないってことだ。

 もしかしたら、群れに囲まれてる可能性だってある。急がなくちゃ――


――って、きっと、俺以外のみんなもそう考えたんだろう。

 優秀な騎士団のみんなも――その指揮官のロイドさんも。


「――ロイドさん――っ!」


 俺がその人を呼ぶより前に、魔獣の咆哮と、そして男達の悲鳴が聞こえた。

 進行方向――とは違う、左右の暗い茂みの中から、狼の魔獣の牙が、急いでいた部隊を襲ったんだ。


 そして、その陰で地面を這っていたトカゲの魔獣が、ロイドさんの足に食らいつき、彼の身体を棒切れのように振り回すのが見えた。


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