第三百八話【真正面から見た現実】
フリードから課された使命。それは、王宮騎士団に同行して、王様に認められるほどの活躍をすること。
そしてそれを、マーリンの強化魔術抜きで成し遂げることだった。
言われたときには、またとんでもなく難しい、そして危険極まりないハードルを準備してくれたもんだと思った。
思ったし、実際に口にもした。俺は別にそう強くもないんだぞと、言ってて悲しくなる文句を。
それでも、フリードはそれを撤回しなかった。
それはきっと、俺に対する変な信頼……だけが理由じゃないんだろうな。と、一日経った今、そんなことを思う。
まず、一番大きな理由。それは、マーリンの力を別の場所で使わなくちゃならないってこと。
マーリンには別の仕事を任せたい。と、フリードはそう言った。
それは、俺をひとりで行かせるから、そのあいだに別のことをして貰おう……って意味じゃないんだと思う。
マーリンに頼みたいこと、マーリンの力じゃなければ解決出来ない問題があるから、どうしてもそっちに行かせなくちゃならないんだ。
そしてふたつめの理由。これも結構大きい。
すごくすごく単純な理屈だけど、マーリンがいなくちゃ役に立てないと思わせないため……じゃないかな。
マーリンの強化魔術はすごい。とんでもなく強くなった気分になるし、実際にとんでもない強さを持っているような戦いかたも出来る。
さらには、その状態に身体を慣らすことで、強化されてなくても身体能力や反応速度が上がると言った副産物もついてくる。
この副産物のおかげで、フリードいわく、王宮騎士団の精鋭と同等の力を俺は手にしている。ほんとかよ。
でも、それは別に俺だけの話じゃない。俺にだけ許された特別な力なんかではないんだ。
もちろん、あれは人に合わせて調整しなくちゃならないものだったから、今すぐに騎士団全員を強化する……なんてのは難しい。
今の強化魔術だって、作るのに、そして慣れるのに時間がかかったからね。
それでも、出来ないことじゃない。時間をかけさえすれば出来るなら、それには大きな価値がある。それには、ね。
そう。特別なのはやっぱりマーリンであって、俺じゃない。
少なくとも今の段階では、そこそこ強い俺が、特別な魔術によって特別な強さを手にしている……と、そう評価されて然るべきだ。
そして、求められているのは特別な強さ……ではない。
必要十分な能力を満たしていれば、突き抜けた個人よりも、優秀な集団のほうが価値が高い。これは間違いない。
としたなら、マーリンの強化魔術は、俺をすごく強くするより、騎士団をほんのちょっと強くすることに使うべきだと判断されるだろう。
だから、フリードは俺を単品で評価させなくちゃならないと考えたんだと思う。
マーリンの魔術ありきで評価されると、あとになってほかの人、あるいはほかの組織に取って代えられてしまいかねないから。
まず、俺ありきである、と。
そう認めさせたうえで、強化魔術による上積みを見せることで、優秀さを認められた戦士を、特別な勇者に仕立てあげるつもりなんだ。
「……あっつ」
と、まあ。夜中にひとりでさみしく、そんなことを考えてたわけだけど。
もちろん、フリードからそう聞かされたわけじゃない。
あいつだったらそういうこと考えてそうだなぁと、勝手にこじつけてるだけ。
それも、俺に対する過大評価が、表向きだけのものじゃないという前提のもとに。
なんか……あれだな。自己評価めっちゃ高いやつみたいになってる。
しかしながら、むしろこれはフリードにしては冷静な……いつもみたいなやけくそ全肯定じゃない判断だとも捉えられる。
少なくともあいつは、今のままの俺じゃ王様は認めてくれないと判断したってことだから。
「……はあ。そりゃそうだよな。特別なマーリンでさえあれだけいろいろと課題をクリアしたのに、俺が何もなしに認められるわけないんだよ」
考えなくてもそりゃそうなんだけど、マーリンのことで手いっぱいで、しかも達成感は一緒に感じてたから、つい頭から抜けてたよ。
俺は特別じゃない。強いて言えば、魔獣と戦う力はそこそこあるけど、でもそれだってあくまでも個人の話。集団での戦闘は出来ない。
その点も加味して、個人として飛び抜けて優秀な戦士として売り込もうってことなんだろう。
「それにしても……はあ。出来るのかな、俺に。魔獣と戦うだけでもいっぱいいっぱいなのに」
返事はない。だって、マーリンは寝てるし、フリードはいないから。
誰も、俺が弱音を吐いても励ましてくれない。出来る出来ると肯定してもくれない。
まあ、だからこそのひとり言なんだけどさ。
マーリンの前ではあんまり弱ってるところを見せたくない。男の子として、すごくシンプルなプライドがある。
それとは別に、マーリンはもうやる気に満ち満ちてるんだ。それを、俺は出来ない、俺には無理と、足を引っ張って萎えさせるようなことは言うべきじゃない。
そして……フリードの前では、もっと言いたくない。
あいつは俺を信頼してくれた。なら、それには応えたい。これもやっぱり、男としての単純な矜持の話だ。
だから……人前では頑張るから、夜中のひとり言くらいは弱気でいても許して欲しい。誰に許しを乞うてるのか知らないけど。
そもそも、身体中が痛いんだよ、まだ。熱っぽさもだるさもすごいんだ。
プレッシャー抜きでも弱気になるって。風邪ひいて寝込んでるとき、もうこのまま死ぬんだ……くらいのテンションになるあれだよ。
「……はあ。二度寝出来たらなぁ……」
慣れてきてるし、そのうち平気でしそうだけどね、二度寝。
でも、それで寝坊したら問題だからな。昼間にしんどくならないなら、このままでも我慢しようか。
それに……幸せそうなマーリンたその寝顔を眺めていられるのは、間違いなく役得ですからなぁ。
それで、日が昇ってマーリンも起きて、お店を開けてお客さんを入れ始めたころ。
今朝もまた、チェシーさんが顔を出してくれた。どうやら、マーリンのことを気にかけてくれてるみたいだ。
「魔導士サンはあいかわらずだな。それで、あのあとどうなったんだ? ルードヴィヒの名前を借りられるようになったなら、それなりのことも出来るようになったんだろ?」
「……その口ぶりから察するに、勝手に名前借りていろいろやってますね……?」
虎の威を借るうんぬんとは言うけど、こうもあけすけだといやらしさもないね。
しかし、本当に強かだな、この人。宮廷魔術師の付き人って肩書きを、可能な限り使い倒そうって気概を感じる。
「えーと……まあ、あんまり公に出来ない話も多いんですけどね。でも、ひとまずマーリンは大丈夫そうです。認められたい相手にちゃんと認めて貰えそうだ、って意味で」
「ふーん……その口ぶりからするに、兄サンはまだ大丈夫じゃないみたいだな」
うっ。うまいこと言い返されてしまった感。ちょっと悔しいけど、事実だけに何も言い返せない。
「俺は普通ですからね。マーリンの隣で評価されようと思うと、普通のまま頑張ったんじゃだめなんですよ」
マーリンに文句があるわけでも、現状に不満があるわけでもないけど、実際のところはそう言わざるを得ない。
マーリンがあそこまで飛び抜けてなければ、そもそもはこんなハードルを準備されることもなかったわけだし。
「……でも、なんとかなりますよ。なんとかします。でないと、マーリンが頑張った甲斐がないですからね」
かっこつけるつもりはなかったけど、キザっぽいセリフになっちゃった。
でも、チェシーさんにはそれが好評だったみたいで、にやりと笑って背中を叩いてくれた。
うん、そうだ。なんとかしなくちゃ。マーリンもだし、フリードだって俺達をねじ込むために根回ししてくれたんだから。
それからお店が終わると、俺はマーリンと分かれて王宮へと向かった。騎士団に同行するために。
マーリンに置いて行かれないように、俺も結果を出さなくちゃ。




