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第二十八話【歩き出す権利】


 街に滞在して一ヶ月。この世界にその単位があるかはわからないけど、大体三十日が経過した。

 懸念は……残念ながら、現実のものとなりつつある。


 ここ数日の間に舞い込んだ仕事……退治しなければならない魔獣は、まったくのゼロだった。


 それ自体は喜ばしいこと、街の平和を示すうれしい指標……なんだけどさ。

 それでなんとかお金を稼いでいた俺とマーリンにとっては、どうにも困った話になってしまう。


 かと言って、もっと魔獣が出て欲しい、街が危険にさらされて欲しい……なんて考えは浮かんでこない。そこまで性根も腐ってない。


 だからそうなると、代わりの仕事を探す……のが、一番正しい選択なんだろうけど……


「……うん。マーリン、やっぱりここを出発しよう」


 俺が出した結論は、また別の街を目指して出発する……この街では仕事を探さない、というものだった。


「デンスケがそうするなら、僕も……でも、どうして? みんな、やさしいよ……?」


 その結論に、マーリンは首を傾げていた。

 彼女にとっては、この街がはじめて自分を受け入れてくれた場所だから。大なり小なり愛着があるんだろう。

 それに、他へ行って受け入れて貰えるかがわからない……って不安も。


 でも、俺は決めた。

 この街を離れる……のは、結果としてそうなるってだけ。

 俺が決めたのは、これから先の俺達が……マーリンが目指すべき幸せの形について、だ。


「この街はもうすっかり安全になった。みんな、マーリンに感謝してる。だからこそ、マーリンはここに残るべきじゃない」


 だからこそ。と、そう伝えても、彼女は理解出来ないだろうか。

 でも、嫌とは言わない。俺の言うことに従う、俺の後ろに付いていく。まだ、その段階。

 一度の成功の影響もあるだろうけど、俺の存在が大きくなり過ぎてる気もするな。


 ただそれも、今に限れば楽でいい。こういう考え、いつか自分の身を焼きそうで怖いんだけど……まあそれだって、今に限れば無視していい。


「マーリンはもっともっと多くの人を、場所を、世界を救えるハズだ」

「魔獣に困らされてる街は、何もここだけじゃない」

「だったら、ここで足を止めて、仕事を探して、のんびり暮らすだけはもったいないと思うんだ」


 のんびり暮らしたいし、暮らさせてあげたいとも思うけどね。

 でも、一ヶ月お世話になって出した結論がそれだ。


 マーリンの力は大き過ぎる。

 危険な場所を平和にするにはもってこいの……いいや。それでも過剰なほどの力。


 そう、過剰なんだ。

 そして、ただでさえ大きなその力は、平和が長く続けば続いただけ、別のものにすり替わってしまう。


 遠くない未来に、彼女はこの街でも疎まれ始めるだろう。

 少なくとも、魔獣の脅威がこれから先に増大するのでなければ。


「……マーリンはもっともっと贅沢を言っていい」

「街ひとつを救って、街ひとつに住む人達に感謝されて。友達は……まだ出来てなさそうだったけど」

「でも、それはまだ、小さな願いが叶っただけだよ」


 嫌な事情、考えは伏せて、マーリンには前向きな理由だけを説明する。ずるい……かな。悪いやつなんだろうな。


 でも、それが完全な嘘っぱちってわけでもないんだ。

 マーリンにはもっとたくさんの幸せがあっていいし、それを望むべきだとも思う。


 それに……これは、マーリンのためとか一切なしの勝手な願望。

 俺は……マーリンが英雄になる姿を見たいと思ってる。


 だって、かっこよかったんだ。

 知らない世界で化け物に襲われている俺を、颯爽と助けてくれたその姿が。


「行こう、マーリン。もっともっと多くの人と出会って、多くのものを見よう。俺と一緒に」


 俺のお願いに……絶対に頷いてくれるとわかってる卑怯な命令に、マーリンはやっぱり首を縦に振ってくれた。デンスケがそうしたいなら……って。


 ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、今までに見たことのない顔をした。

 それはきっと、さみしさなんだ。


 何かを手に入れたから、それを失いたくないって気持ちがどうしてもある。

 それを今まで見なかったのは、本当に何も持ってなかったから……なのかな。


 もっといろんなとこへ行こう。もっと大勢と仲良くなろう。もっともっと、称賛される日々を送ろう。

 それが大変な道のりだとしても、魔術師マーリンには喝采こそがふさわしいんだ。


「さて……そうと決まったら、だな。領主様に報告に行こう」

「ここを出てくことに決めた。先に終わらせないといけない仕事……解決しないといけない問題はないかって。同じこと、街の人にも聞かないと」


 今はまだ、危険が遠ざかって日が浅いから。きっと惜しまれるだろうし、不安にもさせてしまう。でも……


 もし……もしも、マーリンがどこかに定住する日が来るとしたら。

 それはきっと、何かを守るための存在じゃなくて、みんなで戦うための仲間として受け入れて貰える場所だ。


 魔術師マーリンと肩を並べて戦ってくれる英雄や、あるいは彼女を受け入れてくれる警察組織とか。


 もしくは……いつか、ちゃんと社会性が身に付いたら。

 力を隠して、ただの流れ者として、それでも受け入れて貰える場所を探す……とか。

 うん、それが一番理想。でも、一番遠い道のり……かな。


 結論を出したからには、早く行動しよう。長居したらしただけ、別れるのがつらくなるだろうし。


 そういうことで、俺達はすぐに領主の屋敷を訪れた。

 近く、この街を離れようと思う。だから、今のうちに解決しないといけない仕事があれば回して欲しい、って。

 結果としては、旅費をここでまとめて稼げるから、判断を下す時期は間違ってなかった……かな?




 そして、さらに十日の滞在後。

 街から離れた水源の魔獣の討伐。街から離れた林での調査。

 ほかにもいくつかの、この街からは少し遠いところでの仕事を終わらせて、出発の日を迎えた。


「お世話になりました、領主様。こんな身元も知れない子供ふたりを受け入れて貰って、寝るところも仕事も融通して貰って。感謝してもしきれません」


「いえいえ。助けられたのは我々も同じです。貴方達が現れなければ、街はまだしばらく不安に見舞われたことでしょう」


 街からは少し遠いところに範囲を広げてまで、俺達に仕事を振ってくれた……路銀を調達させてくれた……んだろう。

 最後の最後まで警戒されてた気はするけど、ここの領主は本当に優しい人だった。


 そんな領主に挨拶を済ませて、街でお世話になった人にも顔を出して、そして俺達はいつか入ってきたのとは違う門をくぐって街を出た。

 石壁に囲われた、今はもう不安と戦う必要のないこの街を。


「さて、これからどうしようか。一応、ここから近い街については聞いてきてる。それに、その中でもふたつの街には紹介状も書いて貰ってる」

「レールの上を歩けば、またしばらくは困らないと思うけど」


 ほんと、至れり尽くせりとはこのことだろう。

 領主に敷いて貰ったレールの上を歩けば、きっとすぐに仕事を回して貰えるだろう。

 前にやったみたいに、憲兵相手に力を見せつける必要なんてない。


 その上を歩かなかったとしても、レールが続く方向へ進めば、ひとまずは安心な街へと辿り着く。

 教えて貰った街は、どこもそれなりに魔獣の脅威が迫ってる場所ってことだったから。


 で……その事実をもう一回確認して、わざわざ言葉にした理由。マーリンにそれを尋ねたのは……


「……今度も、マーリンが決めるべきだ。人間として生きるって選択肢を俺が出した。そして、マーリンが決めた。それで今は、これから生きていく場所の選択肢が三つ並んでる」


 今度も、最後の決定を彼女にさせたい。いや……彼女が本心から嫌がるものは、出来るだけ避けたい。

 だから、いくつかの選択肢を提示してから、選んで貰いたい。


 マーリンは俺に対して信用が過ぎるから。自分で決める癖を付けてあげたいのと、俺が言えば嫌なことでもやってしまいそうな危うさがあるから。


 そんな本音はちょっと隠しておいて、俺はマーリンに決定を求めた。

 すぐにでも仕事を貰える場所か、前と同じように自分からアピールをしないといけない場所か。あるいは……と。


「……えっと……ね。僕は……」


 マーリンはじっと俺の顔を見て、僕は……の、そのあとに続く言葉を静かに飲み込んだ。

 僕は、デンスケが行きたい場所に行きたい。たぶん、そういう類いの言葉が出かかってたんだと思う。


 でも、彼女はそれを飲み込んだ。

 決めてと言われたから、それに従う……って、結局はそういう原理なんだけど。でも、自分で決めようと頑張ってくれる。


 しばらく悩んで、うなって、首を傾げて、俺の顔色を窺って。紆余曲折を経に経て、マーリンはついに結論を出した。


 まだちょっと不安そうに、俺の手をぎゅっと握って、彼女はその決定を、自分の言葉で伝えてくれた。


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