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序章:燻ぶる王子



 王子。そう呼ばれることが苦痛だった。


 フリードリッヒという名がある。フリードリッヒ=ヴァン=ユゼウスという、ちちより賜った名があるのだ。


 王より任されし役職があり、王より下されし指令があり、王より課された使命がある。


 そうだ。この私には、王より与えられたものしか存在しない。


 王の子として在るから、王子。王の任命があるから、騎士長。王に指示されたから旅をして、王に命じられるままにひとつの解を目指し、求め続ける。


 このフリードリッヒには、内より湧き出でた願望もなく、自ら手にした栄光もなく、それらを望むべくもない。そう造られ(うまれ)、そう在り、目的地にて没する。ただ、それだけを求められている。


 心を得て間もない時分には、それらを疎むこともなかった。むしろ、誇らしいとさえ思っていた。


 王は偉大なる人物だ。このユーザントリア国を、実質的に一代で大国へと押し上げ、民からの信頼を勝ち取った。


 武力にて国土を獲得し、知略にて政を為し、羨望さえも寄せ付けない圧倒的な魂の輝きを放ちて、民をひとところに取り纏める。アンドロフ=ハイン=ユゼウスはあまりに偉大で、あまりに苛烈な暴君であった。


 私はその父の、若かりし頃を模して造られた人形であった。いいや、それでは少し語弊がある。


 私は――フリードリッヒという器は、若かりし王を模すべくと造られた出来損ないであった。


 私には心がある。それは、王のものとは違う。


 私は私の意志によって――他者からの強制によって、偉大なる暴君の足跡をなぞることを決定した。


 理解しているのは私だけなのかもしれない。あるいは、王は気付いているだろうか。しかしながら、私を取り巻くもののほとんどは気付かないだろう。


 いや。気付くに至る以前に、私をそうと見ていないだろう。


 私は王を目指す。その頂に辿り着き、並び立つ。それを求められ、求め、歩いている。


 あまりに単純で、そして致命的に矛盾した論理だ。私のこの願望は、王の中には決して存在し得ないものではないか。


 王にも目指した地点があっただろう。だがそれは、この現在に至るまでの道をなぞることではなかった。それだけは間違いない。


 王の前に道はなく、その歩みの後ろに輝かしい道路が作られる。私はそれをなぞっているに過ぎない。私は、王と同じには決してならない。


 それを理解したころからだったか。あるいは、因果が逆だったか。私は私の在り方に、強い苛立ちを覚えるようになった。


 私はフリードリッヒだ。私は王と同じ輝きを放たねばならない。だが、私はフリードリッヒなのだ。


 私は、アンドロフではない。アンドロフ王にはなれない。ならねばならぬからこそ、至れない。


 己の未熟を恥じた。己の不出来に幻滅した。己の可能性の狭さに、とてもではないが許容出来ないと突っぱねたくなった。


 それらよりも更に私を苛立たせたものは、そのいくつもの落胆を自らが受け入れてしまっていることだった。


 私は王子だ。私はフリードリッヒだ。私は王の子であり、王には成り代われぬものだ。


 諦念は、身を焼くよりも激しい苦痛を伴った。


 しかしとて、役割を放棄するわけにはいかない。王子として、騎士長として、王の姿を思い起こさせるべきものとして、昨日までも、明日からも、この国を巡る。


 そして今日も、王都より離れた南部の小都市を訪問して……


——何者だ——っ⁉︎ そこで何をして……な、何をしている——っ⁉︎


 訪れた街の、役場から少し離れた路地より、やや困惑の色を伴った怒号が聞こえてきた。それは、なにかしらのトラブルの発生を意味するものだった。


「何ごとだろう。ここは安全な街だと報告を受けているが……」


 王子。ここでお待ちください。我々で確認して参ります。と、将のひとりが私にそう言った。


 市民の諍いを、小競り合いを、私が対処しなければならない道理はない。なるほど、筋は通っている。


 だがしかし、王都の騎士団が出張る必要性はあるだろうか。意地の悪い考えとも思ったが、どうしてか口を挟まずにはいられなかった。


 街の憲兵だけでことは足りるだろう。私も、皆も、手を下す必要はどこにもない。であれば、ただ興味のみで首を突っ込むことに問題はないだろう。私がそう言えば、そこに道理も必然性も感じずとも、皆は首を縦に振る他ない。


 私は王子で、騎士長なのだから。


 別段理由などは存在しなかった。小競り合いに関心があったわけでも、それすら許さず諭してやろうなどと思い上がった考えがあったわけでもない。


 ただ、苛立ちがそうさせたのかもしれない。


 私は何を求めている。答えは……既に知っている。


 眼前に続く道を断ちたい。その先に輝く大きな背中を追い越したい。私の後ろにこそ道が出来るべきだと、傲慢にもそう言って憚られない存在になりたい。


 フリードリッヒは、フリードリッヒとして栄誉を手にしたい。


 王ならば些事に気を向けまい。そう思ったから、ただそれだけがあれば理由としては十分だった。


 私は将の静止も振り切り、声のした路地へと歩を向ける。


 まだ少しの言い争いが続くその場所へ、一歩、また一歩と進み……そして……


「…………っ⁉︎ な、何が起こっているのだ……?」


 私はそこに、憲兵に囲まれた中で堂々と振る舞う、全裸の男を見つけた。見つけてしまった。


 後にそれが、私のすべてを書き換える出会になるなどとは考えもせずに。

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