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第二百九十二話【隣にいる人】


 教会で開催された魔術教室は、どうやらずいぶんと簡単な……初歩的なという意味でも、簡易的なという意味でも、簡単なものだった。


 講師に呼ばれた魔術師は、ボルツで出会ったオールドン先生と同じように、国に雇われた調査員のひとりのようだ。

 どういった経緯かはわからないけど、こういう部署に派遣されたんだろう。


 そう。教壇に立っていたのは教師ではなかったんだ。魔術師ではあるけど、教師ではない。これは重要な部分。


 魔術師ってのは、どうしても自己中心的で、自己実現が最優先な生きかたをしているわけだから。

 それが悪いってことじゃなくて、人に何かを教えるのに向いてる性格をしてないんだ。


 もちろん、悪口じゃないよ。

 そういう生きかたを、自己研鑽を積み上げてきたからこそ、他者に意識を向けるのが得意じゃない。そういう性質というだけ。


 とまあ、そんな前置きをして上で、だ。

 教えるのに慣れてない魔術師が、子供を相手に……それも、魔術師の家に生まれたわけでもない子供を相手にするとなると、これがなかなかどうして。


 起こりうる可能性としてはふたつ。

 ひとつは、先走って生徒を置いてけぼりにしてしまうパターン。もうひとつは、文字通りのおままごとみたいな易しさの授業になるかだ。


 で、今回の教室では、その後者が実演されていた。もちろんこれも、悪口なんかじゃない。

 だって実際、そうしなくちゃ伝わらない、理解出来ないような小さな子供が主な相手だったからね。むしろ、そういう場としては大成功だったと言える。


 でも……それじゃあつまんない、面白くない層が、今日に限って紛れ込んでしまってたわけだ。


「ふわぁ……おはなし、終わっちゃった。ビビアンが教えてくれたことばっかりだったね」


「こらこら、あくびなんてしないの。せっかくの機会なんだから、ちゃんと復習もしなさい」


 自分はやってたかと言われると耳が痛いけど、この立場になるとつい言っちゃうね、復習って。


 しかしながら、教えられた内容のほとんどは、ビビアンさんに叩き込まれた知識……どころか、オールドン先生にさらっと教えて貰った情報の羅列に過ぎなかった。

 俺でさえそう思えるくらい知ってる話ばかりだったから、マーリンが眠たくなるのも無理はない。


 で……だ。眠たくなってるのは、何もマーリンだけじゃない。

 もうひとり、知識の有無は別としても、もう立派な大人の知恵を持ったお仲間が、少し離れた席にいる。


「……声、かけてみるか」


 教室にもうひとりいた場違いな大人は、宮廷魔術師ルードヴィヒさんの使用人、チェシーさんだった。


「こんにちは、チェシーさん。偶然ですね、こんなところで」


「ん? 誰だ……って、ああ。魔導士サンに、お連れの兄サン……えっと……デンスケ、だっけ」


 名前を憶えて貰えてたとは、これはちょっと予想外。俺はあくまでも魔導士の添え物程度に扱われるつもりでいたから。


 チェシーさんは俺達の姿を見ると、目を丸くして……困り果てた顔で首をかしげてしまった。

 うん……その反応は予想してた……


「ルードヴィヒのところへ来るくらいだから、てっきり腕の立つ魔術師だとばかり思ってたが……もしかして、王子様はあいつを教師にしようと思ったのか?」


「あ、あはは……いえ、似たような話かもしれないですけどね。笑いごとじゃない……」


 うん、全然笑えない。実際、そこが問題で突っぱねられたわけだから。

 しかし、突っぱねられている以上、先生になってくれというお願いも、それに対する承諾もなかったことは、チェシーさんも察するところだろう。


「もう一度、チャンスを貰いましたから。次はスパッといいとこ見せて、実力を認めて貰いたいな……と。そのためには……基礎のお勉強がどうしても必要で……」


 なんとも不甲斐ない話だけど、頼るアテがなくてこんなところに流れ着いてしまったんだよね。

 役所の人も、魔術に詳しいわけじゃないだろうからさ。こんなところがあるよ。と、心からの善意で教えてくれたことだろうけど。


「基礎……ねえ。ルードヴィヒがちょっとだけ文句言ってたぜ。あまりにお粗末だ、ってよ」


「うっ……す、すみません……」


 俺が謝ってるのは変……かな。変だね。

 少なくともこの件は、マーリンのためのもので、マーリンが責任を負わなくちゃならないことだ。

 としたら、俺がそれを肩代わりするようなことはすべきじゃないんだろう。本人のためにも。


 でも、当のマーリンはなんのこっちゃとわかってない顔をしてる。

 別に、無責任なわけじゃないんだけどね。暗号を自力で解いて、次の課題に向けて取り組んでる真っ最中なんだ、本人としては。


「……アタシはよ、魔術なんてこれっぽっちもわかんないから。魔導士サンがどうして突っぱねられたのか、あいつが何を気に食わなかったのか、想像も出来ないけど……」


 でも。と、チェシーさんはため息をひとつ挟んで、のんびり顔のマーリンへと視線を向ける。

 その目には、小さくない苛立ちがこもっている……ように思えた。


「……あんな変態でも、すごいやつなんだ。すごい宮廷魔術師相手に、こんなとこに来なくちゃならないようなのを紹介されたと思うと……さ」


「……すみません。ルードヴィヒさんを失望させてしまったことは、本当に申し訳ないと思ってます」


 やっぱりそうなる……よな。そりゃあ当然、俺にもマーリンにも、まだ何もないんだから。


 チェシーさんの苛立ちは、不信感は、全部フリードへと向けられている。

 仮にも宮廷魔術師を相手に、どうしてこんなのを紹介なんてしたんだ。侮っているのか、と。


 彼女は魔術師じゃないし、あるいは宮廷魔術師の本当のすごさも理解してないのかもしれない。

 それでも、ルードヴィヒさんのそばにいるものとしては、侮辱にも感じられたことだろう。


「……でも、その評価も覆してみせます。少なくとも、マーリンにはその力がある。王子に推薦される魔導士の力は、必ずおふたりにも証明しますから」


 俺の言葉に、チェシーさんはまたため息ひとつ挟んで、今度は俺へと視線を向ける。

 そこには苛立ちも敵意もなくて、純粋な好奇心がこもっているように見えた。


「兄サンはなかなか熱い男だな。いいね、気に入った。それじゃあ、少なくともアタシは期待しとこうかな。あのボンクラがどう思ってるかは知らねえけどさ」


「期待しててください。必ず、すごいもの見せますから」


 まあ、見せるのは俺じゃないんだけどさ。

 でも、マーリンのことはいっぱい自慢していく。なぜなら、マーリンたそは拙者の家族も同然なので。


「ところで、チェシーさんはどうしてここへ? 魔術師じゃない……助手として雇われてるわけじゃないんですよね、あの感じだと」


「……あの感じってのは、あのボンクラのどの辺を見た感じの話だ……?」


 そりゃあ……もう……ねえ。うん、ここはあんまり掘り下げないでおこう。

 少なくとも、本人の口から語られたところからの推察が主だ。魔術師じゃない、って。それでも、世話をしているって。


「……ま、なんだ。アタシも将来は心配だからさ。使えるものは全部使わねえと」


「使えるもの……? 将来……って……」


 宮廷魔術師の世話人なんて、将来安泰もいいとこだろうに。

 それとも、俺が思ってる以上に……その……薄給なんだろうか、宮廷魔術師。あんなにぞっこんな相手に、まともにお給料出せないくらい苦しいんだろうか。


「あそこにいられる期間も、もうそう長くないだろうからな。次を探すとしても、アタシに出来る仕事じゃ、今の半分も稼げないだろうし」


「長くない……って、どういうことですか? あ、えっと……そっか。任期とかあるんですね、やっぱり。公的な組織の、その偉い人の使用人なわけだから」


 なるほど。と、納得する俺を、チェシーさんはちょっと馬鹿にしたような顔で笑った。

 全然的外れ、これっぽっちもかすってない……ってこと? え? そんな遠い答え出したつもりもなかったけど……


「ちげえよ、全然。そんな真面目な話してねえから。単純に、あいつの好みから外れるってだけだ。被虐嗜好の小児性愛者の変態だからな」


「……あっ、なるほど……」


 ドマゾのロリコンでしたか……救いようのないド変態ですな……じゃなくて。


「せっかく宮廷魔術師の使用人って肩書きを得たんだ、これを使わねえ手はねえだろ。ちょっとでも魔術の手伝いを覚えれば、魔術師助手の募集も受けられるしよ」


「お、おお……なんてたくましい。なるほど、それでこんなところへ」


 理由と動機と状況は違えど、目的だけは俺達と同じだったんだな。面白い縁もあったものだ。


 しかし、やっぱりチェシーさんもここは物足りなかったみたいで、魔術を教わる場をほかに探すつもりらしい。

 せっかくの縁だ、俺達も同行しよう。それに、術そのものは教えられるかもしれないからね。


 だから……ほら、マーリン。俺の背中に隠れてないで出ておいで。

 知り合いだよ。もう友達と言っても過言でないよ。すっごい気さくな、打ち解けやすい人だから。ほら、ほら……あれぇ……?


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